写真提供:共同通信社

「平成の経営の神様」「新・経営の神様」と呼ばれた稲盛和夫氏。しかし26歳で創業した京セラは、順風満帆のスタートではなかった。給与や賞与について従業員たちから責められた経験から若き社長は経営理念を掲げる。稲盛哲学の根底にある「心に描いたものは必ず具体化していく、心に描いたとおりの人生が出現していく」という考えからだ。本連載では、『一生学べる仕事力大全』(致知出版社)に掲載されたインタビュー「利他の心こそ繁栄への道」から内容の一部を抜粋・再編集し、稲盛氏が自身の人生と経営について語った言葉を紹介する。

 第3回は、若きベンチャー経営者としての悪戦苦闘と仕事への没頭を振り返る。

<連載ラインアップ>
第1回 稲盛和夫は、なぜ自衛隊の幹部候補生学校に入ろうと考えたのか
第2回 若き稲盛和夫が「会社を辞める」と瞬時に決意した上司の一言とは?
■第3回 「給料を上げてくれ」と迫る従業員たちに、稲盛和夫が返した一言とは?(本稿)
第4回 第二電電(現KDDI)創業時に、稲盛和夫が半年も自問自答した疑問とは?
第5回 稲盛和夫が指摘、一流大出身の幹部が経営する企業が“お役所体質”になる理由

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■経営理念に込めた思い

一生学べる仕事力大全』(致知出版社)

――私が改めて感銘を覚えるのは、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する」という経営理念です。よく20代でこれだけ完璧な経営理念を考えられたなと。

 そうですね。よう言うたもんですね(笑)。

――この頃から既に、利他の心の萌芽(ほうが)が表れていますね。

 この経営理念は会社を設立して3年目につくったんですけど、7~8名の若い高卒の従業員たちが突然やって来て、「給料を上げてくれ」とか「賞与を保証してくれないと安心して働けない」ということで、団体交渉みたいなことがありました。私は「いまは会社もできたばかりで何にもしてやれないけれども、俺を信じてついてきてくれ。きっと会社を立派にして、皆さんの待遇もよくしてあげるから」と説得し、命懸けで仕事をしました。

団体交渉:労働者側が団結して、多人数で使用者側と労働条件などについて話し合うこと。

 私の才能と努力と技術でもって、京セラをつくっていったわけですから、ともすると天狗になって自分のために経営していたかもしれません。けれども、そういう従業員に出会ったために、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する」という経営理念を思いつき、それに基づいて会社経営をしていこうと思ったんです。

――物と心の両方だと。この視点はどういうところから生まれたのでしょうか?

 私は若い頃から宗教的なことに大変関心を持っていまして、谷口雅春さんの『生命の實相(じっそう)』をはじめ、宗教の本をたくさん読んだりしていました。なので、物だけじゃなくて、心が非常に大事、心のあり方によって人生は変わっていくと思っていたんですね。

谷口雅春:[1893~1985]宗教家。兵庫県生まれ。「生長の家」創始者・初代総裁。

――稲盛哲学の根本に「思念は現実化する」というのがございます。

 心に描いたものは必ず具体化していく、心に描いたとおりの人生が出現していくと思っていまして、卑(いや)しい心を持っていると、卑しい人生になる。反対に、美しい心を持っていると、美しい人生になる。だから、自分の心を蔑(ないがし)ろにしてはならない。

 私はジェームズ・アレンの『「原因」と「結果」の法則』の言葉が好きで、よくそれを引用して講演などで紹介しているんです。

ジェームズ・アレン:[1864~1912]イギリスの作家。自己啓発書を多数出版。デール・カーネギー、アール・ナイチンゲールなどに影響を与えた。

「人間の心は庭のようなものです。(中略)もしあなたが自分の庭に、美しい草花の種を蒔かなかったなら、そこにはやがて雑草の種が無数に舞い落ち、雑草のみが生い茂ることになります。すぐれた園芸家は、庭を耕し、雑草を取り除き、美しい草花の種を蒔き、それを育みつづけます。同様に、私たちも、もしすばらしい人生を生きたいのなら、自分の心の庭を掘り起こし、そこから不純な誤った思いを一掃し、そのあとに清らかな正しい思いを植えつけ、それを育みつづけなくてはなりません」

 よりよい人生を生きていくためには、心を綺麗にして善きことを思い描くことが非常に大事だと、86歳になった現在でもつくづくそう思っています。