築き上げた大切な資産を守り、将来へ引き継いでいきたいーー。富裕層の多くがそう願うと同時に、「事業承継」や「相続」など多くの不安を抱えている。そんな富裕層の複雑な課題に対し、トータルにサポートする資産管理・運用サービスを提供しているのが「プライベート・バンキング」だ。世界の富裕層の資産を守り続けてきた伝統あるクレディ・スイスは、日本では、純金融資産を10億円以上保有する富裕層へサービスの提供を行っている。ここでは、その日本のプライベート・バンキング事業を統括する共同本部長、大橋雅英氏及びクリスチャン・フーバー両氏と東京大学大学院経済学研究科教授 伊藤元重先生に、日本の金融市場とプライ ベート・バンキングのサービスについて話を訊いた。

伊藤元重氏
東京大学大学院経済学研究科教授


著書に『伊藤元重の経済がわかる研究室』(日本経済新聞社、2005年)(編著)、『伊藤元重のマーケティング・エコノミクス』(日本経済新聞社 2006年)、『危機を超えて すべてがわかる「世界大不況」講義』(講談社 2009年)など多数

アベノミクスで変わる資産運用環境

伊藤

アベノミクスによって、我々が今、生活をしている環境は、大きく変わりました。10年前、名目金利は1%でしたが、消費者物価がマイナス1%だったので、実質金利は2%ありました。これから黒田日銀総裁の政策が奏功した場合、名目金利が現状の0.5%で、物価が2%ずつ上がっていくと、実質金利はマイナス1.5%になります。この変化は非常に大きい。資産運用の巧拙が問われてくるわけです。 加えて、「失われた20年」と言われている間、私たちはしっかり金融資産を積み上げてきました。これをどう活かしていくのか。ここに大きなチャンスがあると思うのですが、金融の現場ではこの変化がどう映っているのか、まずはそこから伺いたいと思います。

大橋

過去20年を振り返ると、円のキャッシュを持っていた人が勝ちでした。でも、これからは円のキャッシュを持っているだけでは、資産価値が目減りしていくでしょう。特に日本の富裕層の多くは企業経営をされている方であり、自社株も含めると保有資産の大半が円建てという方もいます。このような方は、国際分散投資を真剣に考えていく必要があります。

伊藤

円で持っていた人が勝ったというのは、「結果オーライ」の話です。かつては「資産三分法」といって、預金、有価証券、不動産に分けるのが良いと言われてきましたが、これからは為替も加えて資産四分法にする必要がありますね。個人の資産を守るには、「1に分散、2に分散、3、4が無くて5に分散」というくらいに考えて良いと思います。

商品ではなくソリューションを提供する 人生に寄り添うパートナーとして

大橋

ただ、注意しなければならないのは、勧められるままに金融商品を買ってしまうこと。非常にいびつなポートフォリオになる恐れがあります。大事なのは、戦略的にじっくりと腰を据えて、中長期的な視点でポートフォリオを組むことです。プライベート・バンカーのような、お客様の状況をしっかりと理解している専門家のアドバイスを取り入れることも重要です。

フーバー

そうですね。クレディ・スイスでは「この商品が良いですよ」「このファンドのパフォーマンスが上がっていますよ」というようなプロダクト・プッシュ営業はしていません。私たちの使命は、お客様一人ひとりと対話を重ねながら、異なるニーズを把握し、そのニーズにあった資産運用のお手伝いをすることです。私たちは、富裕層のお客様を対象にしているので、資産状況、家族、今後の事業承継、資産承継などの幅広い課題について、ワンストップでサポートさせていただいております。お客様の個別の事情を正確に理解するには、まず、信頼関係を築く必要がありますのでそのための時間や労力も惜しみません。

伊藤

それはとても共感できます。たとえば病院に行くと、すぐに薬を処方したがる医者がいます。でも大切なのは、どのような薬を飲むかではなく、どんな食生活、運動、睡眠をとったら良いかという、トータルなアドバイスですよね。

クレディ・スイス銀行東京支店 
プライベート・バンキング共同本部長
クレディ・スイス証券株式会社 
プライベート・バンキング共同本部長
大橋雅英氏
クレディ・スイス銀行東京支店
プライベート・バンキング共同本部長
クレディ・スイス証券株式会社
プライベート・バンキング共同本部長
クリスチャン・フーバー氏
フーバー

欧州でも、昔は処方箋をどれだけ書いたかで医者の報酬が決まりましたが、今は良いアドバイスを患者さんに提供できたかどうかが問われるようになってきました。まさしく医療の現場がプライベート・バンク的になってきたといえるでしょう。

伊藤

健康の世界では皆さんわかっていること。自分のことをよくわかってくれているホームドクターがいたらとても幸せなことですよね。それと同様に、資産管理・運用の観点で幅広いソリューションを提供してくれるのがプライベート・バンキングですね。日本では、まだまだ聞き慣れませんが、どのようなサービスを提供しているのですか。

大橋

事業オーナーなどの富裕層向けに資産運用や事業承継、相続など幅広い課題に対し、包括的なソリューションをご提案しています。日本の富裕層には事業オーナーがとても多く、自分自身の資産をどうするかというのもさることながら、事業を展開していくなかで、世界情勢に関する情報も欲しています。お客様の多くは大変忙しくグローバルのマーケット情報を集めるような時間はありません。その点、我々は、お客様が必要とする詳細な情報をいち早く把握し、要点をまとめてお伝えできます。実際に、我々とのディスカッションを楽しみにして下さっているお客様が大勢いらっしゃいます。なかには海外との業務提携などで、我々にセカンドオピニオンを求められるケースもあります。

お客様同士をつなぐネットワーキングの場としても

フーバー

金融機関として、お客様のお役に立つディスカッションをすることも大事ですが、我々としてはお客様とお客様をお引き合わせして、お客様同士のコミュニケーションが生まれることも目指しています。たとえば「アジアに進出したい」あるいは「事業を売却したい」というお客様がいらっしゃった時は、潜在的な売り手と買い手をご紹介することができます。また、お客様向けのセミナーやイベントを開催しておりますが、我々のマーケットに関する見方を一方的に申し上げるのではなく、ディスカッションを通じて情報共有をしていただく場も設けています。公式なプレゼンテーションよりも、他のお客様の意見も聞けるこうした場の方が面白い、という意見もたくさんいただいております。

伊藤

アジアビジネスで最も大切な点は、「アジア」という地域で一括りにするのではなく、アジア各国の違いをしっかりと把握することが大切です。中国という巨大マーケットを制する前に、他の国でシェアを高めた方が有効なケースもあります。そういう細かい情報は、マスメディアでフォローすることができません。現地情報に強い金融機関とパートナーシップを組む意味は、そこにもありますね。