ニーズが高い事業承継

伊藤

プライベート・バンクの仕事は、資産運用以外にも多岐にわたっていますが、どのようなニーズがあるのでしょうか。

大橋

富裕層の大きな関心事のひとつは事業承継です。たとえばお子さんが複数いらっしゃる場合、財産分与だけでなく、誰に経営権を渡すかという問題が生じてきます。またこれも経営権に関わる問題ですが、出来るだけ自社株を売却せずに、相続税を払う方法を考える必要があります。来年1月からは相続税率が引き上げられるので、この点は非常に重要です。莫大な相続税を払うため、資産の一部を売却せざるを得ないとしても、ファミリー企業の場合、経営権を手放すわけにはいかないですからね。

伊藤

日本全体で今、オールドジェネレーションが持っている資産を、次の世代が、いかに有効に使いながら経済を活性化させられるのか、という点が問われています。事業承継しかり、相続税の仕組みもしかりです。政府もこの点については制度を変えていく必要性を実感しているはずなので、民間セクターとしても今後の制度の変化をしっかり見ていく必要があります。と同時に、制度が変わっていく時期にあって、現場でも日本にとって一番良い制度は何であるかを考えていく必要があるでしょう。

フーバー

また、企業融資をしていないという点が、プライベート・バンクのビジネスをするうえで、実はとても重要なことなのです。たとえばオーナー企業が銀行から融資を受けていた場合、その銀行に対してオーナーが個人的な悩みを相談するわけにはいきません。たとえば体力的に自信が無くなってきたので、そろそろ息子に事業承継をしたいなどと、借入をしている銀行に相談したら、どうなるでしょうか。借入に何らかの影響が及ぶのではないかと懸念されるオーナー経営者の方はいらっしゃいます。

プライベート・バンカーは、事業オーナーと本音で語り合うことが出来ます。中立的な立場で、事業オーナーと同じ目線で課題解決を支援できる、まさにそんな存在なのです。

伊藤

クレディ・スイスは、プライベート・バンクのビジネスがメインで、いわゆる商業銀行のような企業融資は行っていないということですね。

大橋

そうです。だから、弊社とのお付き合いを選んで下さっている事業経営者の中には、「企業との取引ではなく、私の方を向いてくれるから付き合っているよ」とおっしゃって下さる方が少なくありません。一般的に、プライベート・バンクのビジネスを掲げている金融機関はあるのですが、多くは本業ではありません。でも、クレディ・スイスは世界の従業員の6割が、プライベート・バンキングに従事しています。世界的にネットワークを持ち、投資銀行部門、資産運用部門などすべてを有する総合金融機関でありながら、中核ビジネスがプライベート・バンキングというのは、世界でも希少な存在です。

フーバー

日本ではまだ金融機関というと、商業銀行か証券会社しかないというのが現状です。そのため、なかなかプライベート・バンキングという分野が理解されにくいのですが、だからこそ我々のサービスのメリットを打ち出していく余地があると考えています。

事業オーナーと同じ目線で課題解決を支援する 優秀なスタッフを育成

伊藤

これまでのお話を伺っていると、プライベート・バンカーというお仕事は非常に多岐に亘る知識が必要だと感じました。優秀なプライベート・バンカーを育成するうえで、どのようなことを心がけていらっしゃるのですか。

フーバー

入行した直後に初期研修を行うとともに、継続的な研修も積み重ねていきます。社内で、プライベート・バンカーとしての認証プロセスがあり、その基準を満たさないと、仕事には従事できないことになっています。プライベート・バンカーは商品の細部まで理解している必要はありません。どうしても商品の細部を説明しなければならない時は、その分野の専門家をお客様のところにお連れすれば良いだけですから。それよりもお客様のニーズ、本当の意味での心配事が何であるのかを聞き出し、把握し、理解する知性と能力が求められます。

大橋

知識としてはマクロ経済から始まり、ファンドや為替に関する知識など9科目の試験があり、プライベート・バンカーは必ずそれに合格する必要があります。さらに、こうした金融知識に加え、お客様とどう関係を構築していくかという、ソフト面のトレーニングも行われます。金融知識はあって当たり前で、その他、事業承継やM&Aなどの話題をお客様側から振られても、自分の考え方を即座に述べられるようにしておく必要がありますし、お客様と親しくなるなかで、お食事やワイン、アートのお話などもある程度共有できる教養の高さが必要です。また、原則として担当プライベート・バンカーの変更は行いませんので、長期にわたってお客様との信頼関係を構築できる人間力も問われます。

フーバー

事業オーナーの方は非常に高い知識と教養をお持ちですから、我々も同じレベルでディスカッションできるだけの能力を身に付けておく必要があります。それと共に、事業オーナーの特性を理解して、ビジネスの提案が出来なければだめです。事業オーナーは日々、意思決定をしており、パートナーである我々にも迅速な決定とアクションを求めてきます。ですから、クレディ・スイスではプライベート・バンカーに必要に応じた決定権限を持たせています。

海外口座の開設サービスも提供

伊藤

他にクレディ・スイスならではのサービスはございますか。

大橋

海外口座の開設をサポートするサービスに力を入れています。日本に居ながらにして、チューリッヒ、シンガポール、香港の3拠点に口座を開設できるというものです。現地には日本人、あるいは日本語が出来る担当者がおり、口座開設およびその管理をお手伝いさせていただきます。お客様の事業、およびご家族の国際化に伴い、こうしたニーズはますます高まってくると考えています。たとえばご子弟がスイスのボーディングスクールに留学した場合など、口座をスイスに開設しておけば、その担当者に現地での生活に必要な相談をすることもできます。また、チューリッヒの口座の場合は、取引そのものも、日本のプライベート・バンカーを通じて行っていただくことが可能です。

伊藤

本日のお話を伺って、金融分野も今後はセグメンテーションが大事になることが分かりました。ベーシックな層に提供するサービスがある一方、プライベート・バンキングのように極めてハイエンドな層に提供するサービスもあり、金融機関によって、どこを中核のビジネスにするのかが明確に分かれていくのだと思いました。本日はありがとうございました。