都市に大型複合施設が増加するにつれ、配送の効率化だけではなく、環境負荷の低減とセキュリティー対策の確立が大きな課題となっている。東京・六本木の東京ミッドタウンでは、ビルの設計・施工段階から環境負荷低減を視野に入れ、画期的な物流システムを築いた。東京ミッドタウンの運営・管理を行う東京ミッドタウンマネジメントが、佐川急便とのパートナーシップにより、人・物・車・情報を一元管理する館内物流システムを完成させたのだ。宅配便、バイク便、一般貨物を荷捌き場に集約して共同配送を行い、館内の車両の滞留、周辺の交通渋滞を緩和したのである。入館車両登録・事前申請制によって安全・安心も確保するなど、大型複合施設における環境負荷低減策のモデルケースとして注目されている。
旧防衛庁跡地の再開発に伴い、2007年3月にグランドオープンした東京ミッドタウンには、オフィス、商業施設、住宅、ホテルに加え、サントリー美術館、21_21DESIGN SIGHTや東京ミッドタウン・デザインハブなどが集積し、東京の人気スポットとして来場者が絶えない。延床面積は約56万4000m2、テナント数は約170。2万人が働く街である。それだけに、年間の荷物の取り扱いは100万個以上、物流車両は25万台以上にも上る。
「物流拠点並みの荷物量」と指摘する東京ミッドタウンマネジメントのプロパティマネジメント部施設サービスグループグループ統括、臼井聡氏は「館内物流と言えば宅配便などの共同配送を指すのが一般的ですが、東京ミッドタウンではトータルな館内物流システムを導入し、集配などを効率化するとともに、テナントに充実したサービスを提供しようという構想が、ビルの設計・施工段階から盛り込まれていました」と振り返る。
物流システム構築に当たって、東京ミッドタウンが目的としたことは4つあった。第1は「お客様へのサービス向上」で、館内は物流ルートが複雑になるため、オフィスや商業施設などに荷物を届ける宅配や直接納品(直納)を効率化し、集荷・配達時間を短縮するとともに、荷捌き場の混雑緩和や貨物用エレベーターの待ち時間を短縮すること。第2は「安全・安心」で、不審者や不審荷物の館内への侵入を防ぎ、館内の事故防止に努めること。第3は「環境負荷の軽減」で、館内はもとより周辺の公道の渋滞をなくし、CO2は排出量を削減すること。そして第4は「施設の保護」で、壁や床などを損傷から守る工夫を凝らすこと、だった。
これらのコンセプトを具現化したのが、オフィス、商業施設、住宅、ホテルなどの全域を対象とした革新的な館内物流システムである。最大の特徴は、物流関連業務を一元化し、佐川急便に一括委託したことだ。大規模複合施設の館内物流を手掛けた実績のある佐川急便は、それまでの経験からテナントや商業施設への直納車両と宅配車両の入退出状況に着目、館内はもとより周辺地域にも渋滞が生まれるのを防ぐように策を凝らした。
東京ミッドタウンでは、平日1日の平均入館台数は約700台だが、そのうち宅配便は6%に過ぎない。そのため「宅配便だけを一元管理しても館内物流の効率化は実現できない」と判断し、直納車両を含めた全納品車両を管理の対象にした。従来の館内物流では見られない取り組みである。実際には物流センターを設置し、そこでの管理・運営を通して人・物・車・情報の総括的管理を実現しようというのだ。
物流センターは、荷捌き場のあるタワー棟の地下3階に位置している。業務は入館申請の受付からスタートする。搬出入業者の管理には車両登録・事前申請制を採用、約700台の定期的な搬出入車両に年間許可証を発行し、また来館頻度が少ない車両には事前に申請書を提出してもらい都度許可証を発行することにより、一般車両の利用を抑制している。さらに荷捌き場への入場ゲートには誘導員を配置し、進入車両の許可証を1台1台確認している。荷捌き場からの館内への出入りは、セキュリティー確保のため、IDカードがないと通行できないようにした。IDカードは、許可証と駐車券を提出することで借りることができる。
入荷・出荷の取り次ぎ業務では、それぞれの宅配荷物をバーコードで管理、取り次いでいるほか、バイク便の取り次ぎもする。取り次ぎ後は物流センターのスタッフがテナントに配達あるいは集荷する仕組みだ。館内に熟知したスタッフが配達することで、作業は迅速になる。また、物流センターの制服着用者だけが入館するので、安全・安心の確保にもつながる。
貨物エレベーターは4枚扉の大型をはじめとする大小20台を荷捌き場と連携しやすい場所に配置し、館内の移動を効率化している。施設保護の面では、荷物用エレベーターの内部をはじめ、搬出入導線に養生を施しているうえ、共用部保全のためにエアー台車を使用するよう指導し、常時貸出用として約40台を備えている。
東京ミッドタウンの館内物流システムについて、佐川急便の秋山正樹・営業部営業開発課課長は「安全・安心は全てのお客様にとって不可欠ですが、テナント様は物流を集約化することによって本来のビジネスに集中できるようになります。また、施設内を熟知した専任スタッフが館内配送を行うことで、施設管理者様は効率的に施設を運用でき、施設修繕費のコストを削減できます。さらに、周辺地域への違法駐車をなくし、交通渋滞を緩和できます。これらは物件そのものの価値の向上に貢献しますから、誘致競争のとき、優位性の強化につながるわけです」とメリットを強調する。
ちなみに、宅配業者など物流業者にとっては、駐車料金や配送委託のコストはかかるものの、館内のテナントへ直接配送すれば1日掛かりになるところを、物流センターへの取り次ぎ手続きは10分程度で済むので、人と車を有効活用できるというメリットがある。つまり、テナント、施設管理者、物流会社すべてにメリットをもたらすシステムであり、それへの評価が管理・運用を一段と円滑かつ充実したものにしている。
運用を開始して4年目の現在、開業当初に発生した車両が館内に滞留し、近隣に溢れ出すという事態はなくなり、テナントにも利便性を評価されている。「スタート時に比べると、物流センターの人員は25%ほど減少し、車両の平均滞在時間も17~18分から14分ぐらいになりました」と、秋山課長は東京ミッドタウンの館内物流システムが進化している様子を説明する。
とりわけ各方面から注目されているのが、環境負荷の低減だ。東京ミッドタウンマネジメント 環境推進室の小林浩康氏は「東京ミッドタウンは大規模なだけに、単体の事業所としては比較的多くのCO2を排出するので、その削減が重要な課題になっています。環境推進室で作成している『On the Green』というミッドタウンにおける環境への取り組みを紹介しているパンフレットでも、館内物流の一元化に触れていますが、事前申請などによって搬出入車両を削減し、ビル内の駐車時間短縮や周辺の交通渋滞緩和の実現を目指しました。目下のところ、荷物用エレベーターの効率的運用による省エネ化をはじめ、館内物流システムとしてかなりの成果を上げています」とする。
東京ミッドタウンマネジメントが佐川急便をパートナーに選んだのは、館内物流のパイオニアとしての実績を高く評価してのことだった。「私どもはビルマネジメントについては経験を積んできましたが、物流についてはまだまだ未熟です。また、物流会社間の調整などについては、ほとんど経験がありません。そこで、大規模複合施設で様々な経験を積んだ佐川急便さんのノウハウが不可欠だと考えたのです」と臼井氏は説明する。
一方、佐川急便の秋山課長は「東京ミッドタウンの館内物流システムは、施設のオーナー様と施設管理者である東京ミッドタウンマネジメント様に、私どもの考え方に同意して頂けたからこそ実現できたプロジェクトなのです」としたうえで、「安定した館内物流を構築するためには、施設所有者様、施設管理者様、荷主企業様の意識改革と協力が不可欠です」とする。
また、「最近は物流に環境対応を求められるお客様が多くなっており、今後建設される大型複合施設では、館内物流は必須になっています。その際、物流の動脈であるエレベーター数や容量、物流導線の設計など、適正な館内物流システムを構築、運用するには、設計段階からパートナーシップを組んで頂くことが成功の鍵です」と提言する。テナントの業務効率向上に貢献し、環境負荷低減を実現した東京ミッドタウンの館内物流システムは、今後の大型複合施設のモデルケースとして、様々な施設での展開が期待される。