11月19日、東京地検特捜部は日産本社も家宅捜索した

(国際政治学者・舛添要一)

 2018年11月19日、フランスのルノー、日産、三菱自動車を管理下に置く辣腕の経営者カルロス・ゴーン会長が金融商品取引法違反で東京地検特捜部に逮捕された。このニュースは寝耳に水であり、東京発のこのニュースは世界中に衝撃を与えた。 

 容疑内容は、役員報酬の過少記載、海外の住宅購入費や投資資金等の私的目的への支出などとされているが、これから本格的な捜査が始まり、詳細な取り調べが行われる。また、検察と日産との間で司法取引が行われたという。

 そこで、ここではルノー・日産・三菱自の三社連合(Alliance)の背後に見えるフランス政府の思惑、マクロン大統領とゴーン会長との関係などについて解説したい。

極秘捜査を貫いた東京地検

 まず、東京地検の極秘裏での捜査情報が一切事前に外に漏れなかったことが驚きである。もし、ゴーン氏が日産のみの経営に携わっていたのなら、特定のマスメディアに意図的にリークしたり、敏腕記者が捜査関係者に取材してスクープ記事に仕立てたりしたかもしれない。

 しかし、ルノーの筆頭株主フランス政府との関係を考えれば、情報管理を徹底して、フランス政府の干渉を招かない形で動いたものと思われる。

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 ゴーン氏とは食事を共にしたこともあるが、「定期的にパリと東京を往復する生活は大変ではないですか」と尋ねると、「もうすっかり慣れて大丈夫です」と元気に語っていたのを思い出す。今回、地検は羽田空港に彼の乗るビジネスジェット機が到着するのを待ち受けて任意同行をしたのである。

 同時に、横浜の日産自動車グローバル本社やゴーン会長の自宅の捜査が行われている。

「対独協力」のかどで国営化されたルノー

 私は若い頃フランスで研究生活を送ったが、ルノーの大衆車「4CV」にはよく乗ったものである。そのルノーの歴史を少し振り返ってみよう。フランスの技術者ルイ・ルノーは1898年に後輪駆動のシステムを発明し、翌年には小型自動車を市販して成功し、ルノー社を立ち上げた。

 その後、ルノーは順調に売り上げを伸ばしたが、第二次大戦が始まり、ドイツ軍の猛攻にフランスは敗退し、1940年6月にパリが陥落し、ヒトラーに占領される。占領下、ペタン元帥がヴィシー政権の首相になって間接統治を始めるが、ルノー社はこの政権に協力する。それは生き残るために仕方のなかったことであり、ほとんどのフランス人がそうしたが、連合軍がナチスを撃退し、ドゴール将軍が帰還し政権に就くと、「対独協力」のかどでルノーは国営化されてしまう。

 戦後は「ルノー公団」として再出発する。こうして、フランス政府がルノーの経営に深く関わることになったのである。

 今でも、フランス政府がルノーの筆頭株主であり、15%の株を保持している。フランスは、アメリカのような経営風土ではなく、極論すれば社会主義的な政府の介入が多い国である。筆頭株主の政府がルノーの経営に口を出すのは当然だという空気である。

ゴーン批判を続けた大臣時代のマクロン氏

 マクロン大統領は、前大統領である社会党のオランド政権の下で、経済産業デジタル大臣を勤めた。オランド政権は、2014年に株式を長期に保有する株主の議決権を2倍にすることのできる「フロランジュ法」を制定したが、これを活用してルノーへの政府の支配権を拡大しようとしたのが、マクロン大臣であった。

自動車業界きっての「コストキラー」 カルロス・ゴーン容疑者の栄光と挫折

AFPBB News〕仏北部モブージュにあるルノーの工場を訪れたエマニュエル・マクロン仏大統領(左)と、ルノー・日産・三菱連合(アライアンス)のカルロス・ゴーン会長兼CEO(2018年11月8日撮影)。(c)Etienne LAURENT / POOL / AFP

 当時のフランス政府は約2割のルノー株を保有していたが、2015年、マクロン大臣は、政府の議決権が翌年4月には28%くらいになるように画策した上で、ルノーと日産を経営統合させようとしたのである。そうなると、フランス政府の支配権が強まるので、日産を代表してこれに抵抗したのがゴーン会長であった。

 このゴーン会長の抵抗が功を奏し、またオランド大統領の調停もあって、2015年末にはフランス政府が日産の経営に介入しないことで合意に達したのである。

 マクロン大臣はまた、ゴーン会長の巨額の役員報酬に対して厳しく批判してきたことも付記しておこう。

 ところが、ゴーン会長の仇敵であるこの銀行出身の若いエリート大臣が、2017年5月の大統領選で当選する。今度は一大臣ではなく、国会元首、大統領となったのである。ゴーン会長としても、ルノー退任も覚悟せねばならない事態となった。

 しかし、今年の2月の人事ではゴーン会長の続投が決まった。大幅な若返り人事が行われると予想されていたのが、このような結果になったのには、ゴーン会長がマクロン大統領の要求を飲んだからではないかと思われても不思議ではない。

 マクロン大統領は、予てからルノー、日産、三菱自動車の三社の経営統合を進めることを主張しており、ゴーン会長は、続投するために、その主張の少なくとも一部は容れたのではなかろうか。

日本政府は”クーデター”を察知できていたのか

 ゴーン会長は、経営統合という形ではなく、それぞれの会社が自由に活動をしながら協力し、緩やかな統合を図るというのを理想としていた。そのために三社すべての会社の会長に自ら就任し、その存在をいわば「扇の要」として理想を実現しようとしたのである。しかし、マクロン大統領が誕生すると、その理想も妥協の余儀なきに至ったようである。

 そうなると、日産はフランス政府の傘下に入ってしまうことになり、これは日産プロパーの日本人幹部にとっては愉快な話ではない。そこで、ゴーン会長の今回の容疑対象である不正を内部告発することによって、一種のクーデターを行い、ゴーン追放となったのではなかろうか。

 私が知りたいのは、日本政府は今回の件にどこまで関与しているのか、またこのような「クーデター」の動きを事前に察知していたのかということである。本当に何も知らなかったのなら、政府としての体をなさない。

 フランス政府に対抗できるのは日本政府である。日本の企業が、外国政府の支配下に入るのを黙って見ているようでは話にならない。

 また、これも推測の域を出ないが、役員報酬の過少記載の背景には、高額報酬を問題にするフランス政府からの批判を避ける目的もあったのではなかろうか。

 フランスは、アメリカとは異なる。天文学的な役員報酬を問題にしないアメリカと違って、フランスは労働組合の強い社会主義的な国である。マルクスより前に、世界で初めて社会主義を体系的に思想化したのはフランスである。

 フランスと日本は似ている点もある。今回のゴーン会長逮捕劇の裏に、日本とフランス、ルノーと日産、官と民の関係をめぐる複雑な関係があることを忘れてはならない。