現本社を擁するシャープ堺工場(筆者撮影)

 シャープが白物家電の国内生産から撤退すると表明した。台湾・鴻海の傘下に入り、再建は着実に進んでいるはずのシャープに何が起きているのか。実は「白物家電、国内生産撤退」発表の前月、筆者である中田行彦・立命館アジア太平洋大学名誉教授は、戴正呉社長と面談していた。かつてシャープで液晶研究所技師長などの要職にあった中田氏が、戴社長の真意を分析する。(JBpress)

「すり合わせ国際経営」の予測どおり進む

 シャープは、白物家電の国内生産を撤退すると8月3日に発表した。

 日本のものづくりは、空洞化して終焉の道を歩むのか? はたまた、グローバル競争に勝ち抜く道を歩むのだろうか?

 シャープは、八尾工場での冷蔵庫生産を来年9月までに止め、白物家電の国内生産から撤退する。栃木工場での液晶テレビ生産も年内に打ち切る。親会社の台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の製造拠点などを活用した海外生産に切り替え合理化を図る。

 私は、「すり合わせ国際経営」を2015年から提唱しているが、シャープはそのビジネスモデルの予測通りに進んでいる。

 鴻海グループ副総裁からシャープの社長に就任した戴正呉(たい・せいご)氏は、8月3日の「社長メッセージ」で、八尾工場での冷蔵庫の生産打ち切りは、「コスト競争力強化が最重要課題。約2年前から慎重に検討を重ね、『苦渋の決断』に至った」と説明した。

 戴社長に面談し、私の持論である「すり合わせ国際経営」を説明する機会を得た。

 この「すり合わせ国際経営」と、戴社長の鴻海流「日本型リーダーシップ」から見ると、「2年間の検討を重ね、苦渋の決断」の意味が良く理解できる。

 その理由を、順序だてて説明していこう。

 シャープは、債務超過から、台湾の鴻海精密工業の出資を仰ぎ、再建を推し進めている。鴻海グループ副総裁の戴氏がシャープ社長に2016年8月に就任した。

 そして、2017年度決算は4年ぶりの黒字になった。

 また、シャープは、東芝パソコン事業の買収を、2018年6月5日に発表した。(参照: 「シャープと東芝、何が運命を分けたのか 東芝パソコン事業を飲み込むシャープ復活の軌跡」

戴社長の人柄と鴻海流「日本型リーダーシップ」

「もう液晶の会社ではない。ブランドの会社になる」

 戴社長は、2018年6月20日のシャープ株主総会でこう宣言した。(参照: 「シャープOBが株主総会で見た鴻海流合理化精神 脱液晶を宣言したシャープ・鴻海連合の「光と影」

 株主総会で、取締役と監査役の報酬を上げることに反対する意見に対して、戴社長は毅然と述べた。

「私は、昨年の報酬はゼロです。利益が出れば報酬を得る。『有言実行』である。本当は、私ももらいたくない。でも、会社の運営を正常化しないといけない。次になる社長は、給料をもらいます。給料をもらうのは当たり前だからです。2020年3月に私が辞めても、次の社長が報酬をもらえるように、報酬を受け取ります」

 戴社長の人柄を一言でいえば、「清貧」である。

 日産のカルロス・ゴーン氏は、フランスのルノーから日産に乗り込み、まずはコストカットで日産を立て直した。海外から日本企業にきて、コストカットで立て直すという点では、戴社長と非常に似ている。しかし、大きく異なることがある。

 カルロス・ゴーンは、2017年の役員報酬として10億9800万円を得ている。

 これに対して、戴社長は0円である。まるで「メザシの土光さん」ではないか。

 また、ゴーン氏は、ルノーから30人のチームで日産に乗り込んだ。戴社長は、鴻海からシャープへただ1人で異動した。

 戴社長は、本社機能を堺工場内に移転する際に、創業者の早川徳次氏の銅像をも旧本社から移設し、出勤時に一礼するのを欠かさない(図1)。シャープ社員でもここまで創業者に敬意を払っている者はいまい。それほど早川徳次氏を尊敬し、経営信条を継承しようとしているのである。

【図1】 シャープ本社にある創業者・早川徳次の銅像と経営信条(筆者撮影)

 戴社長の「経費削減」は徹底している。

 株主総会は、堺工場にある本社見学者ホールで行い、株主総会の横断看板も演台の花もなく、簡素な造りである。従来の、旧大阪厚生年金会館を借りて行った従来の株主総会とは雲泥の差がある。

 極めつけは、日本での住まいだ。戴社長の住まいはシャープの社員寮だ。堺工場に新しい寮「誠意館」が建設されてからは、この社員寮に移った。新しい寮は個室に風呂・トイレが付いているが、以前住んでいた寮は風呂・トイレが共同だった。

 カルロス・ゴーン氏は「乗り込んできた外国人経営者」だ。その意味では戴社長も同じだが、ゴーン氏とは異なる「清貧」に徹する姿勢が、シャープの社員から信頼を寄せられる源泉となっている。

 リーダーシップとは、リーダーのパワーで生まれるものではない。

 最近のリーダーシップの研究では、リーダーとフォロワーの相互作用が注目されている。「喜んで付いてくる人達」、つまりフォロワーが重視されているのだ。

 ゴーン氏が、チームで乗り込み、高額の報酬を得るのを「西洋型リーダーシップ」と呼ぶとすれば、戴社長のリーダーシップは大きく異なる。「清貧」で、創業の精神を継承しながら、鴻海流で「有言実行」する。これにより、フォロワーからの「信頼」を得るリーダーシップなのである。

 言うなれば、戴社長のスタイルは、鴻海流「日本型リーダーシップ」と言える。

「すり合わせ国際経営」が予測するシャープ・鴻海提携

 その戴社長の下でシャープと鴻海の提携が目指す方向を考えてみよう。

 筆者は、日本の強みである「すり合わせ」を発揮し、弱みである「グローバル化」を克服して、これらを統合するビジネスモデル「すり合わせ国際経営」を提案した。

 このモデルを、2015年2月に出版した『シャープ「液晶敗戦」の教訓』に記した。

 このビジネスモデルに基づけば、シャープと鴻海の提携は、補完関係にあり非常によい組み合わせだと提案した。当時はまだ鴻海のシャープ本社への出資は決まっていなかった。

 債務超過のシャープに対する出資を、産業革新機構と鴻海とで争ったのが2016年1月。その結果、鴻海が勝って提携が実現したのだ。

戴社長に説明した「すり合わせ国際経営」

 実は筆者は、この7月に、戴社長からの依頼により、私の考え方を説明する機会を得た。

 シャープ株主総会後に、戴社長が段上から降り、株主たちと握手して回られた。

 この時に、私も戴社長と握手する際に、自著である『シャープ「企業敗戦」の深層』を手渡していた。戴社長からの「本人ですか?」との問いに、既に読んでくれているのかという感触を得ていた。

 それから間もなく、戴社長から連絡をもらい、面談の機会を得たのだった。

 シャープ本社で対面した戴社長に、私は「すり合わせ国際経営」など、私の考え方を説明した。

 2016年3月に出版した『シャープ「企業敗戦」の深層』では、従来の持論「すり合わせ国際経営」モデルを拡張した「すり合わせ国際経営2.0」を提案している。その考えを改めて述べさせてもらった。

「すり合わせ国際経営2.0」のコンセプトを図解すると以下のようになる(図2)。

【図2】「すり合わせ国際経営2.0」のコンセプト
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 このモデルの第1の肝は、実空間における『「すり合わせ」による「知識共創」』だ。

「すり合わせ」とは、一言でいうと、「複雑に依存する要素からなるシステムを紐解き、解を見出すこと」である。また、「お互いの知識を共有し相手の状況を見ながら微調整を繰り返す」とも言える。日本は、組織間で協力して「すり合わせ」て、ともに価値創造する、特にモノより知識を創造する「知識共創」が得意である。

 この「『すり合わせ』による『知識共創』」を、日本で行うことが重要である。研究開発力を持ち、「すり合わせ」の得意な日本企業が最も力を発揮できる分野だからだ。

 一方、この「すり合わせ」と対極にある考え方が、「モジュール化」である。「モジュール化」とは、一言でいうと、複雑なシステムを小さな部分に分割し、これらを組み立てることである。

 例を挙げると、アップルがiPhoneを構想しデザインし、日本や韓国から液晶や半導体の「モジュール」を集め、鴻海が組み立てる、といった構図だ。鴻海は、単なる組立だけでなく、生産技術を取り込んでいた。しかし、鴻海の主事業である電子機器受託生産(EMS)は、利益率が低い。このため、鴻海は、上流への事業拡大を狙って、ブランドと研究開発力を持つシャープに投資したのだ。

 第2の肝は、「すり合わせ」で「知識共創」したものを、どのようにグローバルに展開するか、つまり「知識発散」と名づけているプロセスである。生産コストや、後のマーケットを考慮して、グローバルな最適な場所で生産するのがよい。つまり「最適生産地」だ。

「知識共創」を日本で行い、グローバルな最適国で生産する。これが「すり合わせ国際経営」の要諦である。

 筆者がこれらの考え方を説明した後、戴社長から質問があった。

「『すり合わせ国際経営』の提案は、鴻海がシャープに出資してからですか?」

「いいえ。シャープへの出資以前の2015年からで、基本は変えていません」

「国際垂直統合」実現、そして「共創」への期待

「すり合わせ国際経営」をさらに深く分析すると、「国際垂直統合」と「共創」に分けて考えられる。

 シャープの亀山工場は、上流の部品である液晶パネルと、液晶テレビ組立の工場が同一場所にあり、「垂直統合」と呼ばれる。

 グローバルに上流と下流を連携することは、「国際垂直統合」と呼ぶ(図3)。

 シャープは研究・開発に強く、鴻海は生産・販売に強い。このため、両社の強みを活かした「国際垂直統合」によりグローバル競争に展望を持てる。

【図3】「国際垂直統合」から「共創」へ

 この「国際垂直統合」で、今回の「シャープ白物家電撤退」が読み解ける。

 シャープの役割を3分野に絞り込む。「技術開発」「サービスなどの企画」「高付加価値のデバイス」である。「生産」は鴻海が中国等にもつ拠点を活用して行う。これで経営再建に向けた足場を固めるのである。

 戴社長は、こう発言している。

「国内生産は技術力のあるデバイスに限り、商品は海外で生産する」

 まさに、私が2015年に提唱した「すり合わせ国際経営」の神髄だ。

 戴社長は、8月3日の「白物家電撤退」発表に際しては、こう言っている。

「約2年前から慎重に検討を重ね、『苦渋の決断』に至った」

 シャープと鴻海の提携の意図である「国際垂直統合」の視点からすれば、グローバルな「最適地生産」は「必然」である。しかも、トップダウンでなく、従業員のコンセンサスを得ながら進めようとされる。まさに、戴社長の鴻海流「日本型リーダーシップ」と言えるだろう。

 戴社長との面談の最後で筆者は聞いてみた。

「シャープと鴻海が一緒になって価値創造する『共創』が重要です。例えば新興国向けの液晶テレビを開発・生産するプランはどうですか?」

「開発のスピードが遅い。このため、国内と国外の組織に分ける計画だ」

 これが、戴社長の回答だ。

 今後のシャープと鴻海の「共創」に期待する。