パリの中でもとりわけ人気の高いサンジェルマン界隈の一角に、日本茶の専門店がある。その店の名は「寿月堂」。角地に面したガラス張りの店は、外からでも何やらよそとは違うおしゃれな雰囲気が見て取れる。
パリだから味わえた古き良き日本
パリ「寿月堂」。設計は、隈研吾氏扉を押して中に足を踏み入れると、中央のカウンターの一部に茶釜が置かれていて、そこからちょうどいい具合に湯気が上がっている。
この店は、日本から空輸した新鮮なお茶と、それにまつわる品々を扱うブティックであるが、5客ほどの椅子がしつらえられたカウンターでは、実際にそれらをゆっくりと味わうことができる。
奥の席に腰かけて、お茶を一杯いただくことにする。メニューを開くと、抹茶とマロンのシロップ漬け、玉露とチョコレートなど、一風変わったお茶菓子の取り合わせが興味をそそる。
それも、チョコレートなら「メゾン・ド・ショコラ」や「ピエール・マルコリーニ」、抹茶のフィナンシェはお向かいの店「ジェラール・ミュロ」といったパリの名店製揃いである。
パリ寿月堂「新しいところでは、『クリスチャン・コンスタン』とコラボレーションしたクッキーがあります」と、店長の丸山真紀さんがにこやかに説明してくれる。
では、そのクッキーとほうじ茶をお願いすると、黒い塗りの折敷に、肌合いのよさそうな急須と湯呑、そしてお菓子がなんともいい具合に並べられて正面に置かれた。
豆しぼりのお手ふきが隅にちょこんと添えられたあたりも、なんとも日本人らしい心配り。
つまり、外国ではちょっとお目にかかれない「良き日本」と相対した気持ちがする。オリジナルのクッキーとともにいただくほうじ茶の味もまた、そのお膳立てにふさわしい格別な味だ。
お客さんはほとんどがフランス人
店長の丸山真紀さん「まるで日本の、ちょっといいお鮨屋さんにいるみたいな気分です」と、率直な感想を口にすると、それもそのはず、このカウンターは、日本でもおそらく高級料亭か一流の寿司店でなければ使われない、木曾檜の一枚板なのだと、真紀さんが説明してくれた。
「そもそも海外に店を出したいというのは、私の父(丸山海苔店の現社長)の長年の夢でした。『やるからには、本当に良いものを』という気持ちがありましたから、設計も隈研吾先生にお願いして、ここに使われている竹なども日本から運んで完成させました」
2年がかりの準備期間中、日本とパリとの間でコーディネートの役割を果たしたのは、真紀さん。20歳の時に交換留学生として来仏した経験が生きている。
「寿月堂」がオープンしてから1年になるが、そのことを尋ねれば、「非常に良い感触をつかみました」との答え。
お客さんはフランス人がほとんどで、既に常連さんも少なくないという。折しも、日本食はブームの域を超えて既に定着した感があるし、店の立地が良いことも手伝って、口コミやメディアを通じて広がったことは想像に難くない。
パリでは玉露がよく売れる
店内には、日本の専門店さながらの本格的な茶道具が並ぶ「不思議なんですけれども、日本とは違う売れ方をするんですよ。例えば、日本では玉露などはあまり売れないお茶ですが、パリでは玉露がよく売れます」
「『ギョクロをください』とはっきりとおっしゃる方もいますし、名前を覚えていなければ、『あのいちばん良いお茶はなんといいましたけっけ?』と。だから、玉露を入れるための道具一式を買う方もいらっしゃいます。どうやら、パリには、玉露愛好会というのがあるらしいですよ」
真紀さんの観察によれば、玉露を指名買いするのは、身なりのきちんとした男性が多いという傾向。もしかしたら、玉露はエグゼクティブなパリジャンたちの間で、密かなブームになっているのかもしれない。
また、母体である築地の丸山海苔店の海苔や昆布などの食材もここでは扱っているのだが、それをパリの最高級ホテル「ジョルジュサンク」のシェフが愛用していることがきっかけで、5月からはホテルのラウンジや喫茶のメニューに「寿月堂」のお茶を3種類ほど載せることになった。
パリ最高級のホテルのシェフも愛用
地下にはさらに見事な焼物や漆器が。週末にはここでお点前のデモ ンストレーションなどがある真紀さん自身が2回ほど出向いて、ホテルのギャルソンたちにお茶の入れ方を講習したうえでの試みである。すると、ホテルの顧客が店に買いに来るようになったのだという。
「中東の方が多いです。彼らはお酒を飲まない方々ですけれども、お茶には馴染みがありますよね。ただし、普通、彼らが飲むのは甘いお茶ですけれども・・・」と、真紀さん。
なるほど。日本茶が広まる可能性は、こんなところにもあったのか、と、思わず目を丸くしてしまった。
パリのお茶処の話題をもう1つ。
「茶室が出来上がりましたので、いらしてください」と、食品関係を得意とするプレスから案内があった。
1898年創業の茶の仲買人が茶店を新規オープン
図書館の蔵書を思わせるような、お茶のレパートリー場所は、「ジョルジュ・カノン」というお茶の専門店の中。サンジェルマンとモンパルナス界隈の間と、さきの「寿月堂」のある辺りと比べるとツーリストはやや少なくなるものの、これまたなかなかいい立地にある。
残念ながら、茶道の点前がある茶室のオープニングデーには行かれなかったのだが、日を改めて訪ねてみた。
店に入るとまず、壁一面に並んだ茶の缶の眺めが印象的だ。その種類は何十という数ではおさまらない。ゆうに100を超えるレパートリーである。
それもそのはず、「ジョルジュ・カノン」は、1898年から続く茶の仲買人で、世界中の産地からヨーロッパにお茶を輸入してきており、パリの有名ホテルとの取引も少なくないという。ただし、店舗としては、ことしの春にスタートしたここが初めてなので、そのキャリアや力量ほどには、一般的な知名度は高くなかったということになる。
地下には茶室とエステティックルームが
エステティックルーム。左にはシャワーコーナーも完備さて、その店内であるが、奥はサロン・ド・テになっていて、お茶はもちろんのこと、簡単な食事もできる。
例えば、そのメニューの一例を挙げると、雲南茶で煮た卵が添えられたサラダ、スモークサーモンの一品には、玉露の葉がアクセントになっていたりと、いずれもお茶にちなんだメニューになっている。
そして地下に降りると、お目当ての茶室が、確かにあった。パリの既存の建物の中の一部を利用した、仏人建築家の手によるものというが、なかなか本格的なしつらえになっている。
ここでは、予約に応じて、茶道の点前が披露されるという。さらに、お隣にはエステティックルームが設けられていて、マッサージや指圧などが受けられる。
「本当は、お茶から取ったエッセンシャルオイルを使ったトリートメントをしたいところなのですが、今のところそれはないので、お好みのお茶を楽しみながら、オーガニックオイルを使ったマッサージなどでリラックスしていただくというシステムです」と、お店の女性。
お茶にまつわるあらゆる魅力を提供
お茶がどこかに使われた「ジョルジュ・カノン」のサロン・ド・テ のメニュー。 ボリュームたっぷりのサラダには、雲南茶で煮た卵がつまり、ここは店まるごとが、あらゆる方面からお茶の魅力と可能性を提供しようというシステムなのだ。
「フランスでのお茶ブームは、そうですねぇ、15~20年くらい前からになるでしょうか」とは、この店のお茶のスペシャリストであるカトリーヌ・ルージュヴォントルさん。
「食物について、例えば、ダイエットやオーガニック、ヌーベルキュイジーヌなどへの人々の関心が高まってくるにつれて、お茶はその中でも中心的な役割をするようになってきたように思います」
「良いものを少し、という食の志向は、お茶の品質の違いについての関心にも表れてきているように思います。日本人はお茶の味覚にはとても長けていると思いますが、フランス人はまだ、白茶と紅茶の違いが分からないというのが普通です」
「ただし、フランス人にはワインでの蓄積がありますから、産地の違いや栽培方法、摘み方などの違いは、説明をすれば、とても興味深く耳を傾けます」
この店で扱うのは、まさに世界中の産地のお茶。100グラム79ユーロ(1ユーロは約134円)のウーロン茶(Da Hong Pao)を筆頭に中国茶がだんぜん多く、セイロン、インド、日本、台湾などと続いてゆくリストは何ページにもわたる。
世界中のお茶というお茶を扱う
お茶のエキスパート、カトリーヌ・ルージュヴォントルさんでは、なにが一番売れるのかと問えば、「それは難しい質問です」とカトリーヌさん。
「なぜなら、売り手によってとても影響されるからです。これは悪いことではないんですよ。だって、初めて見聞きするようなお茶ばかりなわけですから」
「お客さまからは『朝飲むための』とか、『テインが少ないもの』といった希望を言っていただいて、それに応じでこちらがいくつかお薦めします」
「しかも、できれば、フレバリーティーや、ブレンドでないピュアなものをお薦めしたいと思っています。そうすることで、お茶の本来の味を知っていただけると思うので」
この道30年のカトリーヌさんは、実はインドネシアで育ったというバックボーンを持ち、パリに戻り、中国語を改めて勉強した時に、お茶のことも併せて学んだという人なのだ。
それほどまでのお茶通ならば、彼女自身はいったいなにを好むのかが気になるところ。すると意外にもうれしい答えが返ってきた。
「日本の緑茶を飲みます。そもそも中国茶は現地で良いものを知ってしまっているので、うるさいということもありますが、パリでは中国の緑茶よりも日本の緑茶の方が良いものが手に入ります。新鮮さがまず違いますね。アーティチョークの香りがするような新鮮さといったらいいか・・・」
ちなみに、なかんずく静岡茶が彼女のお好みだそうである。















