仮想空間で「一部の人が楽しむもの」と思われがちなメタバースだが、活用方法によっては「小売業界の新たなビジネスチャンス」となる可能性がある。今回は「バーチャルアキバワールド」の取り組みを通して、そのビジネスチャンスをひもといてみたい。

※この記事は「次世代の小売流通」をテーマとした研究会「Next Retail Lab」が2023年5月26日に開催したフォーラム「メタバースとリアルの融合がもたらす顧客の新体験価値」を取材したものです。

バーチャルだけの閉じた空間にしないことが重要

 「メタバースの可視化を目指した」と語るのは、総合広告会社 ジェイアール東日本企画(以下、jeki)の光富憲太朗氏。「バーチャルアキバワールド(以下、VAW)」の立ち上げメンバーだ。VAWとは秋葉原駅とその周辺を再現したオリジナルのバーチャル空間。jeki、JR東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)、VRサービス法人・HIKKYの3社がメタバースを体験するきっかけづくりにつくったものだ。

 これをつくった2022年3月当時はメタバースが一般化する前で、メタバースという言葉自体の認知度もほとんどなかった。そこで、現実世界の秋葉原駅にVAWの入り口となるゲートウェイ・モニュメントを設置し、併設のオブジェのQRコードをスマホで読み取ると、専用アプリをダウンロードせずにVAWにアクセスできるようにした。VAWとの接点を現実世界の秋葉原駅に作ることで、メタバースになじみの薄い人にもその世界に入りやすくしたのだ。

秋葉原駅に設置されたゲートウェイ・モニュメント。メタバースを可視化する試みとしてメタバース世界への入り口をあえて現実世界に設けた
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 しかも、VAW内には山手線31番目の駅となる「シン・秋葉原駅」をつくり、現実世界の秋葉原駅や周辺を散策するのと同じような体験を可能にした。VAWをバーチャルだけの閉じた空間にするのではなく現実の駅での体験世界と融合させることで、リアルとバーチャルの秋葉原駅の利用者からの興味関心を集めることに成功、SNS上での話題づくりにも結び付いた。
*:「シン・秋葉原駅」はコラボ期間中当時の限定名称。正式名称は「バーチャル秋葉原駅」

「VAWでは改札を通過する、電車に乗るなどの日常体験ができるのはもちろん、現実世界にもある広告や店をあちこちで目にすることで、より現実世界に近い感覚を味わうことができます。ヱビスビールの記念缶体のQRコードからVAWにアクセスできたり、反対にシン・秋葉原駅構内の広告や商品が現実世界にもあるなど、ユーザーはリアルとバーチャルの融合を体験できます」(光富氏)

 メタバースならではのメリットも生まれている。例えば、VAW内に出店した東京海上日動火災保険では、現実世界の店頭よりもアバターの姿で保険の相談をする方がユーザーの心理的ハードルが下がると指摘。実際の契約までは法律上できないものの、顔や実名が知られないメタバースでなら気軽に立ち寄れる、相談ができるといった面があるという。

「調査会社のGartnerは、メタバースでは『デジタルのリアル化』と『リアルのデジタル化』が進むのではと定義しています。われわれが今利用している自動車や店舗が新しいユーザーエクスペリエンスをもたらすデバイスとなれば、鉄道も現在のような移動手段ではなく、新しい価値を創出する場所となっていきます」(光富氏)