

慶應義塾大学のほど近く、東京タワーを真正面に見る桜田通り沿いの「すき家 三田店」。
ここで、全国では4月16日から販売される新メニュー「ごまだれきんぴら牛丼」がいち早く食べられるとのことで、実際に訪れてみた。
店内には大きく「ごまだれきんぴら牛丼」のポスターが掲げられている。1階はカウンター、2階はテーブル席という都心部では広めの店舗。昼食時のピークを過ぎて、比較的ゆったりできる時間だ。2階へ上ると、部活帰りらしい高校生グループが楽しそうに談笑していた。食べ盛りの少年たちにとって、手軽に腹一杯食べられ、テーブル席で会話も弾むすき家は心強い味方なのだろう。
冷たいお茶を持ってきてくれたクルーに、さっそくポスターを指さして「ごまだれきんぴら牛丼」をオーダー。いつもながら、ほとんど待たされることなくトレイが運ばれてくる。
まず感じるのは、食べる前から濃厚さを感じさせるごまの香りだ。おなじみの牛丼の上にたっぷりと盛られたきんぴらごぼう、そこに、これもたっぷりとごまだれがかけられている。
なんとも食欲をそそる匂いにせかされて、まずはトッピング部分だけを口に運ぶ。
やはり濃厚。凝縮されたごまの味に嬉しい驚きを感じるうち、やや遅れて、野趣あふれるごぼうの風味が立ち上がってくる。ほどよい歯ごたえで、噛むごとに一段と味わいを増す。ときどき混じる鷹の爪の辛さがまたいいアクセントで、これだけでもいいおかずになりそうだ。
そこで牛肉と一緒にいただくと、また格別のうまさ。もとからこういう料理だったと思わせるほど違和感なく肉ときんぴらが同居している。よく混ぜて食べるもよし、肉でごはんときんぴらを巻いて食べるもよしと、食べること自体が楽しくなる。そこにごまだれの濃厚さが加わると、ごはんがいくらでも食べられそうだ。

今回フィーチャーされる「ごま」と「ごぼう」。どちらも見た目こそ地味だが、それだけに滋味に富む優れた食材だ。
まずは今回の新メニューの特徴ともいえる香りのもと、「ごま」。
ごまは古くから健康によいとされる食材だが、栄養学的にもそれが裏付けられている。
ビタミンEを始め、ビタミンA、B1、B6、葉酸などのビタミン類に、牛乳のおよそ12倍というカルシウム、さらに鉄やセレンなどミネラル分を豊富に含む。
加えて、セサミンなどのゴマリグナンと呼ばれる成分が体内で抗酸化物質として働き、悪玉コレステロールの減少や各種成人病予防に役立つとされている。
一粒一粒は小さいながら、栄養価では他には負けない大きな食材なのだ。
一方の「ごぼう」も負けていない。
ごぼうの特徴は、豊富な食物繊維。ごぼうが主役のきんぴらなら、普段の食事では不足しがちな食物繊維を多く摂ることができるのだ。食物繊維自体は栄養素ではないが、セルロースやリグニンなどの不溶性食物繊維は、腸の働きを活発にして他の栄養の吸収をよくしたり、腸内の老廃物や有害物質の排出を促す効能があるとされる。縁の下の力持ち的な役割があるといえるだろう。
また、イヌリンなどの水溶性食物繊維は糖分の吸収をゆるやかにするとされ、ただでさえ腹持ちのいい牛丼が、さらに腹持ちよくなる効果も期待できそうだ。
ごま、ごぼうともに悪玉コレステロールの退治にいいとされる成分が含まれるため、肉料理と一緒に食べるというのは、美味しいだけでなく理にかなった組合わせなのだ。

もともと牛肉とごぼうは、しぐれ煮にしたり肉巻きにしたりと相性抜群の食材。牛丼と合わないはずがない。実際、すき家でも以前「きんぴら牛丼」というメニューを提供したことがあり、ファンからは復活の要望が寄せられていたという。
今回の「ごまだれきんぴら牛丼」はそうした声に応えるという意味合いもあるのだろうが、濃厚ごまだれを加えるというアイデアが、単なるリバイバルに終わらない新たな味を作り出している。
昔とまったく同じ「きんぴら牛丼」を出すことも当然可能だったろう。だが、今回はあえてそうしなかった決断にこそ、すき家の精神が感じられるのではないだろうか。
きんぴらごぼうはなじみ深い副菜だけに、味を想像しやすい。同じ物を提供すれば、思い出の美化効果から、以前の「きんぴら牛丼」に勝てないかもしれない。だからこそ、たとえリスクがあっても、新しい味を提供したほうが先へと進める、牛丼のおいしさをより広げることができる、と、すき家は考えたのではないだろうか。
いつものすき家でいつもの牛丼。
店に入ったときの、ほっとするような安心感は変えてはならないが、食べることをマンネリにしてはならない。それが、食べ物屋としてのすき家の原点なのだろう。
外食とは食との出会いだ。そこには気を許せる信頼感だけでなく、もう一度会いたくなる新鮮さが必要なのだ。
「ごまだれきんぴら牛丼」に加えられた簡単な、でも誰もが気づかなかったひと工夫。
そこに、食との一期一会を大切にするすき家のスピリットを感じさせられた。