

すき家のメニュー開発は極秘中の極秘、取材もいっさい受け入れたことがないという。
それもそのはず、すき家といえば誰もが真っ先に思い浮かべるのが斬新なトッピングの数々だからだ。
例えば「ねぎ玉牛丼」。ご存じの通り、これはすき家で常にランキング1、2を争う傑作メニューだが、いわゆる《牛丼戦争》が激化・長期化する最近になって、ライバル各社は露骨な模倣商品を打ち出してきた。
それだけ世間に浸透したともいえるだろうが、「ねぎ玉牛丼」はいわばすき家の代表作。他社が似たものを出せば、ユーザーはどうあれパクリだと認識するだろう。だが、それでも各社はこのメニューが欲しかった。ヒットメニューにはそれだけの影響力があるのだ。
なるほど、メニューを真似るのは簡単かもしれない。「ねぎ玉牛丼」にしても、基本的には牛丼にたっぷりの青ねぎと玉子を乗せるという、気がつけばシンプルなものだ。だが、実際には誰もそれを商品にはしなかった。すき家がやるまでは。
それが発想力・開発力というものだ。
豊富なメニューという点だけ見れば、やがては後追いされるいたちごっこかもしれない。
しかし、《新しい牛丼は、まず、すき家から》という確立されたブランドイメージは、何にもまして得がたいものだ。その重要性を理解すればこそ、鉄のカーテンで開発部門を覆っているのだろう。
商品開発とはアイデア、アイデアとは人だ。ここに、すき家の企業精神の根幹が見えてくる。それは、人ありき、だ。人とは社員・スタッフだけでなく、もちろんお客様であるユーザーを含めての、人だ。そう、当たり前といえば当たり前、だがそれだけに利潤追求の普段の企業活動からは忘れられがちな心構えでもある。
時代を先取りする新しさの追求と、《食事どころ》としての愚直なまでの信念。それが、すき家の好調を支えているのだろう。
前置きが長くなった。その点を踏まえて、新メニュー、期間限定「ねぎキムチ牛丼」を食べてみたい。

オーダーしてさっそく運ばれてきた「ねぎキムチ牛丼」を食してみる。
ごま油の香りも香ばしい白髪ねぎと、CMでもおなじみ、ねぎで作ったというキムチをよく和え、お肉とからめて白飯と共に口へと運ぶ。
うまい。頭で予想していた味を、いい意味でちょっと裏切り、その上を行くおいしさ! キムチだけとも、ネギだけとも違う、この+αが大事なのだ。
長ねぎを漬け込んだキムチのしんなりした食感が新鮮。いつもの白菜キムチとはまた違った舌触りで、味そのものも、ねぎに合うように変えてある。
見た目こそ真っ赤でいかにも辛そうに見えるが、通常のキムチよりマイルド。最初に唐辛子の甘さを感じて、ひと呼吸あとにじんわりと辛さがやってくる感じだ。これが牛丼のお肉にからむと、いい具合に味がひきたつ。味が混ざるというより、ひとつにとけ合うのだ。牛肉そのものの甘さ、醤油ベースのタレの甘辛と見事に調和する。
さらに、そこにシャッキシャキの白髪ねぎが加わると、絶妙なバランスを発揮する。これぞねぎ!といわんばかり、口の中で音を立てるような白髪ねぎの食感、そしてかみしめたときの鮮烈な刺激。これが甘辛く煮込んだ牛肉、そしてマイルドな辛さのねぎキムチをピシリとまとめ上げ、味の輪郭を整える。ごま油の風味も加わって、ひと味もふた味も豊かになる。
白髪ねぎ+長ねぎキムチというねぎづくしの組み合わせが、まさか牛丼とここまで親和性が高いとは。
「白髪ねぎ牛丼」は、昨年の登場以来、早くも定番化した人気メニューであり、「キムチ牛丼」はもちろん初期からのロングセラーだ。
これまでにも「白髪ねぎ牛丼」にサイドメニューのキムチを加えるというトッピングは可能で、実際にその組み合わせを楽しんでいた人も少なくあるまい。
だが、ただのキムチではなく、そこに長ねぎのキムチを持ってくるというのがアイデアの練り上げといっていいだろう。簡単なようで、この一歩先が難しいのだ。
そして偶然かもしれないが、いや、ポスターに「冬の元気!」と謳うからにはきっと偶然ではあるまい、
風邪やインフルエンザが猛威をふるうこの時期に、ねぎとキムチという絶妙の組み合わせをプッシュするすき家に、またしても人ありきのスピリットを感じてしまうのだ。

例えば、白髪ねぎ&ねぎキムチで大フィーチャーされる食材「ねぎ」。今一度この効能を見てみよう。昔から、風邪を引いたらねぎを食べろという民間療法が言い伝えられていたものだが、実はこれ、科学的にも根拠があることだったのだ。
ねぎの刺激的な香りと辛味、この主な成分はアリシンという物質で、血行を良くし、体を温める効果がある。また、疲労回復などに役立つビタミンB1の吸収を良くしてくれる作用もある。これらにより、風邪の予防や初期症状の緩和によいとされているのだ。
そしてキムチ。この冬、乳酸菌パワーが改めて注目され、スーパーの棚からヨーグルトが姿を消したのは記憶に新しいところ。実はキムチも同様に乳酸発酵を利用した漬け物なのだ。
乳酸による整腸効果で胃腸から悪い菌が体内に侵入しにくくなり、また、ビタミンCを始めとする必須栄養素やミネラル、アミノ酸も豊富に含む。
唐辛子の主成分カプサイシンによる消化促進や新陳代謝の向上効果も期待できるだろう。
体を温めて栄養のバランスもいい「ねぎキムチ牛丼」は、まさに風邪を寄せつけない《冬の元気!》なのだ。

そう思って、改めて「ねぎキムチ牛丼」を口に運ぶ。
ねぎ、キムチ、牛肉、すべてのパワーが体に染み渡る気がする。しみじみと、美味しい。
すき家だって、何も牛丼食べて健康になろう、とまで主張しているわけではあるまい。
でも、いろんな食べ物がある中で、せっかく牛丼を選んで食べてくださるお客様がいるのなら、せめて体にプラスになるものを食材にしようという、そんな思いやりがうれしいのだ。
次々と斬新なメニューを打ち出す、すき家。そこにはトッピング牛丼のパイオニアとしてのチャレンジ精神と共に、人を喜ばせたいという古くさいまでの頑固さが透けて見える。
時代や流行、あるいは季節に合わせて味は変えていく、けれども人を思う気持ちは変えない。
だから私たちはすき家の次のメニューが気になるのだ。
だから私たちはすき家が大好きなのだ。