
知ってますか?すき家仙人の伝説を。
悩めるすき家ファンの前に現われ、
道を示してくれる
それはありがたい仙人様なのです
悩める者よ、すき家ののれんをくぐれ!注1
丼の底に光明を見よ!注2
注1.実際にはすき家にのれんはありません 注2.できるだけ残さず食べましょう


今にも雪が降り出しそうな寒い夕方。木枯らしの街を、熟年の男女が肩寄せ合って歩いてきます。
一見仲むつまじい夫婦のようですが、それは昔の話。笑顔もなく、視線すら合わない2人の周囲は、まるでそこだけ火が消えたようです……。
「いかん、全然いかん、おぬしらそれでも夫婦かっ!」
「うわっ! な、なんだ!? こ、小人!?」
「仙人じゃっ! 人呼んで、すき家仙人っ!」
「そして私は弟子のスキゾー」
「おぬしら、これからどうするつもりじゃった」
「どうって……、妻が小腹が減ったというので、軽くハンバーガーでも食べようかと」
「バーガーじゃと! バーカーめが! よろしければセットでニゲットだかサンゲットだかもご一緒にいかがですかとか思っておったんじゃろう!」
「ナゲットでございます師匠」
「喝ッ! ワシには何でもお見通しじゃっ! おぬしらは、空気じゃ! そばにいるだけじゃっ! ほめられもせず、苦にもされず、そういうものにわたしはなりたいと思って結婚したのかっ!」
気まずそうに顔を見合わせる2人。
「空気……。そうですわね、確かに……」
「そうだったかもな……」
「喝ッ! 答はすべてここにある! スキゾー!」
「はっ、師匠、ここに」
「これは!? ただのすき家のメニューじゃないか。これのどこが答なんだ」
「喝ッ! 刮目して聞けっ! 答とは……《わたしをすき家に連れてって》!」
「《わたしをすき家に連れてって》!?」
「少々、古うございます師匠」
熟年夫婦の2人が目を上げると、そこには、すき家の丼マークが赤く輝いています。

なりゆきから、すき家のテーブル席につくことになった2人ですが……。
「しかし仙人とやら、なぜ、すき家なんですか!?」
「おぬし、今『ありえない』とか思ったじゃろう!だからおぬしはダメなのじゃっ!『ありえない 思う心がありえない』と論語にもあるじゃろうが!」
「ありません師匠」
「喝ッ!丼、それは小宇宙じゃっ!そこにこそ、おぬしらに必要なものが隠されておる。そら、その牛丼を食べてみい!」

「この牛丼? この具は何だ? きのこ?」
「さよう。4種のきのこをイタリアンテイストにソテーした、その名も《きのこペペロンチーノ牛丼》じゃっ」
「ではひとくち……。むむむっ!? これは、初めて食べる味だ! 醤油味のつゆで煮込んだ牛肉、そしてガーリックの効いたきのこソテー。ありえないと思ったが、とってもありえるぞ! エリンギの歯ごたえ、しめじの滋味、えのきの食感、椎茸のうまみ、4種のきのこがなんて豊かな味わいを作り出しているんだ? それに何より、牛丼にオリーブオイルの風味が合うなんて、これはうれしい誤算、新しい発見だ!」

「奥方はどうじゃな」
「これは、牛まぶし、というのかしら?」
「まずは普通に食べるのじゃ」
「では、いただきます。……まあ! これは。若い人が好きなものだし、もっと濃い味かと思ってましたが、思ったより食べやすいんですわね。お肉がやわらかいし、味のしみたごはんもおいしいわ」
「そこまで! 半分食べたところで、あったか出汁を注ぐのじゃっ!」
「お出汁を? ……まあ! 香りがいいこと! お味はどうかしら?……これは! さっきと全然違いますわ! 牛丼のお肉の力強さが、お上品なお出汁の味と一緒になって、違うお料理みたい! 繊細で、口当たりがよくて、でもお肉のおいしさが芯にしっかりと残って。これなら和食好きにもうれしいですわね!お汁の分、ボリュームもたっぷりあって、お腹いっぱい。あなた、一口いかが」
「どれどれ。んむ……! こりゃあいける! 薬味のわさびと粒山椒がいいアクセントになって、後口もさっぱりしてるぞ!」
「不思議ですわね。牛丼にお出汁をかけるなんて思いも付かないことが、こんなにもおいしくなるなんて」
「仙人の言うとおり、まさしく丼の小宇宙だ」
「さようじゃっ! 牛丼にペペロンチーノ、牛丼に和風出汁、まったく別物の2つが互いの個性を引き出し、絶妙な組み合わせとなる。これこそが夫婦の極意じゃっ。他人同士の2人が出会い、わかり合ってひとつの小宇宙となる! おぬしら、互いを引き出しておるか! 分かろうとしておるか! たかだか結婚25年ですべてを知れるほど人の心は浅くはないぞよっ! 心の小宇宙を燃やせ! さすればそこにときめきが待っておる! ブロンズの心がシルバーにもゴールドにも高まるというものじゃっ!」
「心の小宇宙から今思いつきましたね師匠」
「あなた、そういえば。若い頃はよく外に連れてってくれましたわね」
「そうだったな。安月給なのに笑ってやりくりしてくれたおまえに悪くってな」
「思い出したわ。新婚時代の一番苦しい時、あなたったらお金がないのに牛丼屋さんに誘ってくれて。お家でたべましょうって言ってもきかなくて」
「約束したからな。月に一度は外食に行くって。せめて俺の好きな店に連れて行きたかったんだ。そういや、あの頃は牛丼ばっかり食べてたな。安くて、うまくて、飽きなくて。この10何年、すっかりご無沙汰で忘れてたよ」
「ふふふ、あのとき、見栄張って玉子まで付けてくれたわね。でも嬉しかった。どんな高級レストランより、あの一杯の牛丼がおいしかったわ。あら! 確か、あの店は……」
「喝ッ! やっと思い出したかっ! その店こそ、すき家じゃったんじゃっ!」
「仙人さま、それで私たちのところへ?」
「忘れるな、あのときの気持ちを! ではゆくぞスキゾー!」
「はい、師匠! お見事でございます!」
「ありがとう、すき家仙人!」
