
子供から大人まで、男性にも女性にも愛されているすき家の牛丼。
おいしい牛肉を、安く、早く、身近なものに変えた牛丼は、
今や国民食のひとつとして親しまれています。
豪華ではないかもしれないけれど、温かくて、食べると思わず顔がほころぶ。
そんな牛丼のマジックを、《牛丼で元気を出そう!》をテーマにした
ショートストーリーで紹介します。


雲ひとつない日本晴れの土曜。絶好の運動会日和だ。
だが僕の心はどんよりと雲が覆っていた。
昨日突然、明日の土曜日——つまり今日——得意先に出向くよう上司に命じられたのだ。
得意先の担当者が急な海外出張で、来週頭に行なうはずだった説明会をどうしても今週中に済ませたいとのこと。
それだけなら仕事上ままある事ではあるのだけど、よりによってその日は小三の息子の運動会の日だったのだ。
皮肉なことに、企画内容は携帯電話のファミリー向け新割引プランのキャンペーンというもの。家族の絆を強めようというテーマで自分の子供を放っておいたら世話はない。
思わず一昨年他界した妻の遺影にため息をつく。これじゃ父親失格だよ。
シングルファーザーの苦労を子供ながら察しているのか、普段から息子は僕に急な仕事が入っても文句ひとつ言わない。今日のことも、さすがに落胆した顔を見せたものの、「そう。残念だね」としか言わなかった。それだけに心苦しさが残るのだ。
仕事の準備でろくに睡眠もとれず朝を迎えた。これから息子を起こして……。
待てよ、運動会ってことは。しまった! 弁当の準備をしていない!
仕事は昼までには終わるはず、そこから何か買って持って行けば、ぎりぎり間に合うか?
体操着姿の息子を、お昼にはごはん持って応援に行くからね、と約束して送り出す。
「お仕事がんばってね」のひと言が胸に突き刺さる。

上司と簡単な打ち合わせをして、いざ取引先へ。だが会議室へ通されたものの、なかなかプレゼンは始まらない。焦る気持ちをなんとか抑えて集中する。
ようやくメンツがそろい、会議がスタート、僕は徹夜で作った資料とパワーポイントを駆使して説明を始める。手応え充分、いい感じだ。
その途中のことだった。プロジェクターの画面に、妻と、僕と、小学生になったばかりの息子の写真が映しだされた。
家族のイメージ写真にいいものが見当たらず、とっさに僕の個人的な写真を使ったのだった。PCの小さな画面では気にならなかったのに、スクリーンに大きく映し出された妻の笑顔は、胸にこたえた。あなた、こんなところで何してるの?と訴えているように思えた。そうだ、俺は何をやってるんだ。
プレゼンを終え、挨拶もそこそこに僕はビルを飛び出した。後で上司に説教を食らうだろうが、今はそんなこと考えていられない。運動会はもうお昼休みに入っているはずだ。息子がおなかをすかせてるってのに、本当に父親失格だ。

タクシーで学校へ向かう途中、あっと思い出した。先に弁当買うんだった! ああもう住宅街だ、店なんか何にもないぞ、どうしたらいい? そのとき、レンタルビデオ店の隣に赤い丼のマークが見えた。すき家だ!「運転手さん、止まって!」
タクシーに待ってもらって、すき家へ飛び込む。
「ええと、牛丼弁当の並、それと……」
店内に大きく貼り出している期間限定新製品のポスターが目に入った。
何かおいしそうなピリ辛ダレがかかった牛丼だ。迷ってる時間はない、辛いものに目がない僕はためらわずそれをチョイスする。
「あと、そのポスターのやつ、担々もやし牛丼? 並盛りで、あとサラダください!」
土曜のお昼どきで混雑していたにもかかわらず、あっという間に弁当が用意される。スタッフの流れるような連携プレイが焦る心に頼もしい。
牛丼弁当の暖かさを腕に感じながら、再びタクシーに乗り込む。ここにすき家があって助かった。そういえばビジネス誌で、すき家の店舗数は業界ナンバーワン、圧倒的な全国1600店以上と読んだことがある。
考えてみれば、近くの駅前にも会社のそばにも、得意先の周辺にもどこにも赤と黄色の看板があったな。あまり気にしてなかったけど、すき家ってすっかり街の風景の一部なんだ。

にぎやかなグラウンドに駆け込んだとき、お昼休憩はもう半分を回っていた。小走りで息子の姿を探す、と、先の方に一人で座り込んでいる姿が見えた。いかにも元気がなさそうに肩を落とし、膝を抱え込んでいる。あいつ、あんなに小さかったっけ。
声は聞こえないが、先生や友達がおにぎりやおかずを分けてくれようとしているのに、息子は断わっているようだ。僕がごはん持っていくって言ったから? 切なくて、呼びかけようと開いた口から声が出ない。近づいていくと、向こうがこちらを見つけた。パッと顔が明るくなる。

「お父さん!」
僕は牛丼の入った袋を掲げて見せる。息子が駆け寄ってくる。
「来てくれたんだね! うわっ、これ、すき家? やったー!!」
予想外に大喜びの息子。
「すき家、知ってるのか?」
「うん、牛丼屋さんでしょ? 友達がね、よく家族で食べに行くんだって。ぼくもお父さんと行ってみたかったんだ。わ、あったかい! サイコー! いただきまーす」
急いだおかげで、まだ弁当は充分に温かい。湯気までおいしそうな牛丼を、息子は豪快に真ん中からぱくつく。
僕も一口もらって食べてみる。
甘辛く煮込んだ柔らかい肉が、ご飯と最高の相性を発揮する。牛丼てこんなにうまい食べ物だったのか。
仕事が忙しいとき、短い昼休みで牛丼をかきこむことだってある。だけど、こんなふうに味わって食べたのは初めてかもしれない。芸のない感想だけど、本当にうまい。

さて、よく分からず買った《担々もやし牛丼弁当》、これはどういうものだ? 袋から出してみると、牛丼と、ボイルしたもやしとにんじんが入った具のカップ、そしてたっぷりの胡麻の風味が香る担々ダレ、食べるラー油が入っている。ふむふむ。
牛丼に具をのせて、いかにもウマ辛そうなタレをかける。ニンニクの香ばしさと胡麻の濃厚な香りが早くも食欲を刺激する。
肉と具にタレをまんべんなく絡めて、ごはんと一緒に口へと運ぶ。お、これは新しい!
食べラーと胡麻ダレ、そして甘辛の牛肉と、個性の強い味が揃っているのに、ケンカするどころか、絶妙のバランスで新たなおいしさを作り出している。
ほどよくゆでられたもやしはシャキシャキ感たっぷり。にんじんのしんなり具合もいい塩梅で、なるほど、この野菜が濃厚な担々ダレと牛肉の仲をしっかりと取り持っているわけだ。
このタレと肉と野菜とごはんを、よ~くかき混ぜて食べるとこれがまたいける。ガッツリ系の味だからサイドメニューに頼んだサラダとの相性もばっちりだ。
あまりうまそうに食べていたせいか、息子が興味深そうにこちらをのぞいている。少し取り分けてやると、「これおいしい!」とおかわりを差し出した。ラー油のピリ辛と甘辛い担々ダレがうまい具合に中和して、辛すぎないのがいいのだろう。
普段それほど好きじゃないにんじんも気にならないようだ。食べながら、息子の赤組は白組にリードされていてくやしいこと、家族とお弁当を食べるクラスメートの姿を見て寂しかったことなど、照れくさそうに話してくれた。牛丼の温かさが、凍った心を溶かしてくれるようだ。
「おいしかったー! お父さん、ごちそうさま」
さっき、遠くから見たときとは別人のような元気いっぱいの笑顔。青空の下で息子と食べるすき家の牛丼、最高じゃないか。
それで気づいた。
料理が好きだった妻の代わりを務めるため、無理をしても食事は手作りしていた。仕事で遅くなるときも、できる限り作り置きにするよう心がけた。
でも、本当にこだわるべきだったのは、子供のそばにいて、一緒に楽しく食べることだったんだ。

運動会の午後の部、結局、息子の赤組は白組に負けてしまったけれど、元気いっぱい楽しんだようだ。
帰り道、僕が遅れてきたことなどなかったように楽しげに1日を振り返る息子の姿を見て、少し救われる思いがした。特に、お昼の牛丼弁当がおいしかったと何度も繰り返すもので、僕も苦笑しながら答える。
「じゃあ、来週の休みは一緒にすき家に行こう。約束するよ」
「いいよ、約束なんて。お父さんとはいつでも行けるんだから。でも忙しくなかったら、すき家に連れてって!」
子供なりに気を遣っている息子に涙がにじむ。そのとき、お昼の弁当を買ったすき家が目の前に見えてきた。こんなに家のそばにあったのか。
毎日のように近くを通っているはずなのに、気がつかなかった。いや、気づこうともしなかった。
同じだな。自分が今どれだけ幸せな時を過ごしているか、人はすぐに見失う。求めているものはすぐそばにあるのに、ただ通り過ぎてしまうんだ。
もっとこの子と話をしよう。もっと今を大切にしよう。
すき家の弁当の温かさに、大事なことを教わった気がする1日だった。
※文章中の商品情報は2011年10月8日現在のものです
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