新型コロナウイルスの感染経路として、これまでは飛まつがその1つだったが、厚生労働省は2021年10月に「エアロゾル」(ウイルスを含む微細な粒子)による感染を認めた。これにより3密を防ぐといった従来の感染対策とは違う対策も必要となる。その手段と方法にどのようなものがあるだろうか。
厚労省もエアロゾル感染を認める
エアロゾル感染については、新型コロナウイルス感染経路の1つではないかと言われてきたが、しばらくの間その確証は得られていなかった。しかし、2021年4月に世界保健機関(WHO)はエアロゾルが感染経路の1つであるとして認め、翌月にはアメリカ疾病対策センター(CDC)も同じくエアロゾル感染の存在について発表した。そして厚生労働省も、2021年11月2日付で地方自治体に対して、「『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第 6.0 版』の周知について」という事務連絡を通知した。この手引きには、エアロゾルの吸入について「主要感染経路」と記載しており、エアロゾル感染を認めている。
エアロゾルとは1nmから100μmの粒子のことで、非常に軽いことから長時間空気中に浮遊できる。これにより感染するのがエアロゾル感染で、空気感染とほぼ同義だ。一方、飛まつ感染は、咳、会話、くしゃみなどで口から出た飛まつよる感染のこと。口を通るので多くの水分を含み重いことから、ソーシャルディスタンスが呼びかけられている2m以内に落下するのがほとんどである。
コロナという緊急性を踏まえたスピード開発
エアロゾル感染が感染経路となると、例えば、オフィスでは自分の周りではなく10m先の机にいる同僚が感染するという可能性があり、パーテーションで区切るだけでは意味をなさない。オフィス全体の空気の流れとウイルスが浮遊しているかどうかをモニタリングする必要がある。
アメリカに本社を置く科学機器・試薬・科学サービス企業であるサーモフィッシャーサイエンティフィック(以下、サーモフィッシャー)は、エアロゾルを捕捉してウイルスを検出する製品「Thermo Scientific AerosolSense Sampler(エアロゾルセンス サンプラー)」を2021年8月から日本で発売した。新型コロナウイルスのみならず、インフルエンザA/B型、RSウイルスA/B型にも対応可能となっている。
同社のケミカルアナリシスのダイレクター 中野 辰彦氏は「当社は、PM2.5など大気中のナノ・微小粒子を回収する技術を保有しています。新型コロナウイルスの感染拡大の時に、この技術を応用できるのではないかというアイディアからAerosolSense Samplerが作られました」と製品完成までの経緯を語る。
通常、製品の開発には3~4年ほどかかるそうだが、複数の事業部が集まり、その知見を合わせ1年足らずで製品化を実現した。「アメリカ企業ということで、スピードも重視して製品をリリースします。走りながら考えると言いますか、これからも、さらに改良を加えていく想定です」とアジャイルな開発ができる企業だと中野氏は強調した。新型コロナウイルスの感染拡大をできるだけ早く抑える必要があるという緊急性の高い社会課題に対して、スピーディーな開発は重要な要素と言える。
軽量コンパクトで、説明書なしでも動かせる
AerosolSense Samplerを目にした時、多くの人の第一印象は「思った以上に小さい」だろう。幅36cm×高さ37cm×奥行き33cmでオーブントースターほどのサイズと思えばわかりやすい。場所を取らず、持ち運びも便利なので備え付ける場所に悩むことはあまりないはずだ。
科学機器は操作が難しいというイメージがあるが、本装置は非常にシンプルなデザインである。同社ケミカルアナリシスのセールスマネージャー 加持 大氏は「使用方法は製品自体にもイラスト付きで掲載がありますが、それを見なくても分かるようにユーザビリティを加味して設計されています」と話す。
注射器のようなサンプルカートリッジをAerosolSense Sampler本体に差し込み、ドアを閉じてロックすると自動的に吸引が始まる。2~12時間ほど動かした後、カートリッジを取り出し、バイオハザードバッグに入れ検査ラボに送れば、24時間以内に検査結果が通知される。
介護施設でクラスター発生を未然に防ぐ
製品の上部にある煙突のような部分を通して、360度全方位から空気を吸い込む。吸引力は1分あたり200Lもの空気を吸う強力なものだ。同社が共同研究している米国の大学で、186㎡ある大きなフロアに1台設置して実証実験を行った。加持氏は「陽性者の方にマスクをしてもらった状態で、フロアを歩いてもらいましたが、その空間にウイルスがあったことを検知しています」と、大きなスペースでも問題なく対応できる性能を誇る。
別の事例としては、「高齢者にケアとリハビリを提供しているアメリカの介護施設があります。そこでは毎日15~25人の職員が働いているのですが、6畳間位の職員用の休憩室で新型コロナウイルスが空間に浮遊しているというのをAerosolSense Samplerによって検知しました。そこで、施設側は職員全員に抗原検査を実施したのですが、その時点では全員が陰性でした。しかし、その後、職員の1人から『家族が陽性』ということが報告され、当職員は無症状でしたが14日間の自宅隔離となりました。するとその職員は3日後に症状が出始めて、抗原検査をすると陽性でした。つまりこの製品によって空気中にウイルスがいることを検知できたことにより、施設での潜在的なクラスター発生を防ぐことができました」(加持氏)。特に高齢者は重症化しやすいことを考えると、AerosolSense Samplerが果たした役割は大きい。本製品は、介護施設以外にも病院、サッカークラブ、米国サーモフィッシャーの工場での使用実績がある。
ニューノーマル時代の新しい感染対策
日本で発売を開始した時期は東京五輪の最中で、新規感染者は拡大中だったこともあり、プレスリリースには従来を大きく上回る反応があった。クリニック、オフィス、スポーツ施設などから引き合いがあるほか、ある企業では、感染者が滞在した施設の消毒の前後にAerosolSense Samplerを活用することで、消毒や換気の効果を証明できるのではないかというアイディアもあった。
また、「工場でクラスターが発生すれば工場が止まってしまい、製造品が提供できなくなるというという不安やリスクを感じているお客様も多いですね。特に電気部品や半導体関連に多いように感じます」(中野氏)。加持氏は「小規模な会社の工場などでクラスターが発生すると経営に直接関わります。インフルエンザが毎年くる上に、感染症が加わったということで、BCP対策としても導入したいなど、経営者の方々に注目されていると思います」と本製品の可能性に手ごたえを感じている。
今後、Withコロナに徐々にシフトしていけば、人の動きが活発になり、オフィスと自宅の両方で働くハイブリッドな働き方になる。ただ、オフィスが安全なのかという一抹の不安が残る。加持氏は「時間がたてばオフィスに人が戻ってくると思いますが、『うちの会社は大丈夫なのか?』と懸念する社員の方もいるでしょう。この製品を使えばオフィス空間にウイルスがいるかいないかがわかるので安心につながると思います。もし再び感染拡大が起こったとして、社員全員がPCRや抗原検査を受けてその時は全員陰性だったとしても、AerosolSense Samplerが空気中にあるコロナウイルスを検知したとなると全く話は違ってきます。そうなると『うちは大丈夫です』と言い切れなくなると思うのです」と本製品が常時、空気を監視できるメリットを強調した。
「環境分析は以前からキーワードとして存在していますが、コロナをきっかけに、まして、厚生労働省もウイルスを含んだエアロゾルを吸い込むことで感染するとの見解を示していますので、感染対策装置は新しい市場になっていく、またはデファクトスタンダードとなることを期待しています」(加持氏)
エアロゾル感染が認められる今、室内の空気に新型コロナウイルスが浮遊しているかどうかを常に監視する必要がある。AerosolSense Samplerは確実にその役目を果たし、クラスター発生を未然に防ぐことできる立役者となるだろう。