日本人の多くが悩まされる腰痛。その原因はさまざまだが、中には「多発性骨髄腫」というがんが腰の痛みとなって現れているケースもあるという。論文「多発性骨髄腫の診断における整形外科医の役割」の筆頭著者であり、多発性骨髄腫の診断に詳しい紫波整形外科クリニック院長の多田 広志医師は、多発性骨髄腫を早期発見・早期治療するためにも、自分や家族の腰痛が違和感や体調不良を伴うときは遠慮せず医師に伝えてほしいと訴える。
骨髄内の血液細胞の一つ「形質細胞」ががん化
私たちの体では、骨の中心にあたる骨髄で、赤血球や白血球などの血液細胞が絶えず作られている。これらの血液細胞の一部が、体にとっての異物を攻撃して、体を防御する免疫の役割を担う。
骨髄で見られる細胞に「形質細胞」というものがある。白血球の一種から分化して発生する細胞であり、生体を防御するタンパク質である抗体を作っている。この形質細胞が「がん化」してしまうと、異物を攻撃する能力がないMタンパクという「役立たず」のタンパク質が作られて免疫機能が低下したり1)、骨を溶かす細胞が活性化されて骨が壊れたりする。
骨髄は、脊椎つまり背骨をはじめ、胸骨や大腿骨など大きな骨を中心に全身にあり、これらのどの部位でも骨髄腫細胞の増殖が起き得る。体内の複数の場所で発生する可能性のある骨髄腫瘍ということから、このがんには「多発性骨髄腫」の呼び名がついている。
2021年には、日本で年間およそ7700人が多発性骨髄腫と診断された。2) 40歳を過ぎてから患者数が増え始め、60~80代の患者が多い。
骨髄ががんに侵されると、骨髄腫細胞の影響で出てくる症状は多岐にわたる。正常な血液細胞が作られにくくなり、貧血や息切れ、立ちくらみが起きる。他にも、Mタンパクが増えて血液がドロドロになったり、腎障害が生じたりすることで、全身のむくみ、頭痛やめまいなどの神経症状が現れる。また、骨の破壊が起こり、高カルシウム血症による意識障害につながることもある(図1)。この骨破壊が原因となって現れる徴候の一つが「骨痛」だ。
(https://www.ncc.go.jp/jp/information/knowledge/multiplemyeloma/001/index.html)
腰痛の長期化・悪化、貧血など併発症状の訴えが診断のきっかけに
「これらの症状の中でも、多発性骨髄腫の患者さんが医療機関を受診するきっかけになるのは『骨痛』のケースが多く、痛む部位として多いのは腰です」
岩手県・紫波町にある紫波整形外科クリニックの院長、多田医師はこのように話す。「骨痛」とは、読んで字のごとく骨の痛みのこと。深部の突き刺すような、あるいは鈍い痛みが特徴ともいわれる。「ただし、筋肉の痛みなどと違いが分かりづらく、皆さんが感じたことのある一般的な腰痛が多発性骨髄腫の症状だという可能性はあります」。
他の重篤な病気と同じく、多発性骨髄腫についても早期の発見と治療が重要なのは間違いない。「多発性骨髄腫によって壊された骨は元に戻りません。治療が遅れて骨病変が進行すると、腰が曲がったり、最悪の場合、脊髄が侵されて四肢の麻痺を生じたりします。早期の発見と治療開始が重要です」と多田医師は強調する。他にも、発見が遅れるほど腎機能の悪化や感染症への罹患などの合併症が増えることが知られている。
だが、早期発見を難しくさせている状況がある。腰痛を引き起こす原因の多さと、多発性骨髄腫と診断される人の割合の少なさによるものだ。日本腰痛学会臨床研究委員会が2023年に実施した「腰痛に関する全国調査」によると、日本における腰痛の有訴者率は10万人中で1万2010人。3) 一方、多発性骨髄腫の罹患率は10万人中で6人とされている。これほど多くいる腰痛持ちの人たちの中から、その原因が多発性骨髄腫ではないかと推定するのは容易ではない。
多田医師が岩手医科大学に勤務していた2020年に筆頭著者として執筆した論文「多発性骨髄腫の診断における整形外科医の役割」によると、同大学病院に登録された多発性骨髄腫患者59名のうち「整形外科を初診とした患者の34.3%で多発性骨髄腫の診断遅延を認めた」4)。つまり、患者の34.3%が整形外科では多発性骨髄腫の診断が下されなかった、あるいは初診から90日以上経過後の診断になったというのだ。
とはいえ、多発性骨髄腫を疑うきっかけになる腰痛の特徴や、腰痛以外にも気にすべき症状はあると、多田医師は言う。
「一つは、腰痛が長引いたり、悪化したりしている場合です。一般的な腰痛と違い、進行性の病気であるがんが原因の腰痛は、やはり悪化していきます。もう一つ、息切れや貧血を起こしている、ぼーっとする、尿の量が多い・少ないといった腰痛以外の症状も、多発性骨髄腫を疑うきっかけとなります。多発性骨髄腫は、これらの症状を伴いやすい疾患だからです」
患者の立場から「この腰痛、いつもとちょっと違う気がしまして」と違和感を医師に訴えたり、「腰痛と関係ないのかもしれませんが、貧血もありまして」などと腰痛以外の症状まで伝えたりすることが、多発性骨髄腫を見逃さない重要なコミュニケーションとなり得る。
「医師の前で緊張するなどして言いづらい方は、体調不良など腰痛以外の症状も含め、気になる点をメモに書いておき医師に渡すというのも手だと思います」と多田医師はアドバイスする。また、患者自ら「多発性骨髄腫なのではないかと心配なのですが」と伝えることも、医師に「確かに当てはまる症状があるから、検査が必要そうだ」と気付かせる機会になるという。「医師はそうしたことを言われないより言われる方が良いので、気になる点や感じている異常があれば、ぜひ伝えていただきたいと思います」。
整形外科医などの主治医から「ただの腰痛です」などと診断され、それでもなお多発性骨髄腫が心配というときは、念のため内科など別の診療科を受診しセカンドオピニオンを求めるのも選択肢の一つである。多田医師の論文では、多発性骨髄腫と診断された患者が最初に受診した科で最も多いのは整形外科の45%で、次いで多かったのは内科の38%だった(図2)
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspineres/11/6/11_2020-0507/_pdf/-char/ja)(元の図を改変して作成)
内科や整形外科で行われた検査で多発性骨髄腫の疑いがあった患者には、紹介先の血液内科などでさらに詳細な血液検査や磁気共鳴画像診断(MRI)検査などが行われた後、最終的に骨髄検査をもって診断確定となる。
医療の進歩で延びる生存期間、「がんとともに生きる」
多発性骨髄腫に罹患した患者のうち、65歳未満で健康状態に問題がない患者は、自家末梢血幹細胞移植と呼ばれる治療を受けることが多い。自身の血液を採取して、血液を作る幹細胞を凍結保存しておき、抗がん剤の投与後にこの幹細胞を戻す治療法だ。その後、投薬治療を行う。高齢などで、こうした移植治療を受けられない患者は、投薬によりできる限りがん細胞を減らすことが目指される。現時点で完全な治癒は望めないものの、近年は初発・再発とも新薬が次々と登場しており、確実に生存期間は延びている。
治療中の患者たちへの整形外科医の寄与も積極的になってきた。日常生活に影響する骨の病変に対して進行を抑える治療薬を処方するほか、生活上のアドバイスを行っている。多田医師は「骨折の予防が大切です。背骨に病変がある患者さんには重いものを持つことを避けること、大腿骨に病変がある患者さんにはひねる動作を避けることなどを指導しています」と語る。それでも骨折してしまった患者には、大腿骨や上腕骨などには手術を含む治療、また背骨の骨折にはコルセット着用などの治療が行われている。
適切な治療が生存期間や再発までの期間を延ばし、日常生活の注意が生活の質(QOL)をできる限り保つことにつながる。多発性骨髄腫という病気では、とりわけ「がんとともに生きる」という心構えと実生活での過ごし方が重要となる。
ちょっとした異変も見逃さず早期受診を
他の種類の多くのがんの傾向と同じく、多発性骨髄腫は高齢者に多いがんだ。男女とも40代から徐々に罹患率が高まり始め、60代以上になると80代まで急激に高まっていく。2)
たとえ自分自身はまだ罹患率の低い年代であるとしても、両親や祖父母など家族についてはどうだろう。「歳も歳なのだから、腰痛や貧血の一つや二つあって当たり前」といった見方はあるだろう。だが、それらの症状の裏に多発性骨髄腫などの重篤な病気が隠れている恐れがないとは言えない。多発性骨髄腫が進行すると、腰痛だけでなく骨折、感染症、腎機能の悪化などの症状も併発となることが多いため、こうした合併症を防ぐためにも、家族のちょっとした異変に気付いたら早期の受診を促したい。
「腰痛などの一般的な症状の中に悪性の病気が隠れている可能性があることを知っておくことが、何より重要と思います。ご自身やご家族の腰痛に、何か違和感や体調不良が伴うときは、遠慮せずに話してほしいと、整形外科医として感じています」
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参考文献
- 1)国立がん研究センターホームページ「多発性骨髄腫の原因・症状について」
https://www.ncc.go.jp/jp/information/knowledge/multiplemyeloma/001/index.html - 2)国立がん研究センターホームページ「がん情報サービス がん種別統計情報 多発性骨髄腫」
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/26_mm.html - 3)日本腰痛学会臨床研究委員会「腰痛に関する全国調査報告書-2023年版-」
https://www.jslsd.jp/contents/uploads/2024/08/lbp2023report_jpn.pdf - 4)多田広志,三又義訓,西田淳,土井田稔「多発性骨髄腫の診断における整形外科医の役割」J. Spine Res. 11: 908-911, 2020
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspineres/11/6/11_2020-0507/_pdf/-char/ja
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