がんの治療は、手術や化学療法を受けたら終わりではない。治療後も常に再発の心配が付きまとい、患者は定期的に通院して検査を受ける必要がある。しかし、今までの検査では、小さすぎる病変を見つけることは困難であり、精度が高くないことも多いという課題がある。そこで、がん再発の早期予測を目指して、血液中にわずかに存在するがん細胞由来のDNAを検出しようとする研究が進んでいる。今回は、その研究の概要や、DNA検出で使われている「デジタルPCR」という技術の特長に迫る。
現在のがん再発検査が抱える課題
がんの治療には、手術や化学療法、放射線療法などがある。しかし、がんは治療を受けたら終了ではなく、再発する可能性が存在する。そのため、一度がんになった患者は、再発していないか定期的な検査を受けることになる。検査には、コンピューター断層撮影(CT)検査や、血液を用いる腫瘍マーカー検査などがある。
CT検査は治療後の再発診断だけでなく、治療前のがんの大きさや場所を調べるためにも受ける検査だ。がん治療後の再発診断では3〜6か月ごとに受ける検査だが、腫瘍がある程度の大きさにならないと画像として認識できないという欠点がある。また、わずかだが放射線の被曝があり、造影剤の点滴が必要なため、患者に身体的な負担がかかる。
腫瘍マーカー検査とは、がんの発生や成長に伴って血液中で増えるタンパク質やホルモンなどの濃度を測定する検査のことだ。採血で済むため患者の負担は小さいが、妊娠や喫煙など他の要因で増減することがあり、腫瘍の成長が正確に反映されていないことも珍しくない。そのため、腫瘍マーカーの数値のみでがんを診断できず、他の検査の結果と合わせて総合的に判定するために使われている。
こうしたCT検査や腫瘍マーカー検査の課題を解決するため、簡便かつ高精度な検査方法が望まれている。そこで、岩手医科大学の西塚哲氏は、血液中にわずかに存在するDNAに注目して研究を続けている。
がん細胞に由来する「血中DNA断片」に注目
血液中には、体内の細胞から放出された「セルフリーDNA」というDNA断片がある。がん患者の場合、がん細胞に由来するセルフリーDNAも存在し、特に循環腫瘍DNA(ctDNA)と呼ばれている。がん細胞では遺伝情報であるゲノムが変異しており、ctDNAにもその変異があるため、変異を目印にしてctDNAを検出できれば腫瘍の有無や増殖速度を推定できる、というわけだ。
西塚氏は、「私はもともと、タンパク質を腫瘍マーカーとして調べる研究をしていました。薬などで腫瘍が小さくなれば、関連するタンパク質も減るはずです。しかし、いろいろなタンパク質を調べても、治療前後で劇的に量が変化するものはほとんどありませんでした。そもそも、そのタンパク質ががん細胞に由来すると断言できません。目印がついているわけではありませんから」と振り返る。
その上で、「もし、がん細胞のゲノムが変異している場所が分かっていて、その変異を持つctDNAが増えれば、それは再発したがん細胞由来であるとかなり確からしく判断できます。この点が、既存の腫瘍マーカーと根本的に異なるところです」と、ctDNAに注目するメリットを説明する。
ctDNAを高感度・簡便に検出するデジタルPCR
しかし、血液中を流れるがん由来のDNAであるctDNAに注目した検査がこれまでほとんどなかったのには理由がある。セルフリーDNA中のctDNAの存在量は、比較的多い手術前でも1%以下。つまり、濃度が低すぎて検出が困難だったのだ。少ない量のctDNAから、さらに患者ごとに違う変異を見つけなければならない。
そこで西塚氏が研究に活用している技術が「デジタルPCR」だ。
PCRとは「ポリメラーゼ連鎖反応」の略で、特定のDNA領域を増幅する方法である。生命科学の分野では日常的に使われている実験手法であり、新型コロナウイルスの検出方法としても使われている。デジタルPCRはさらに高度化した技術で、DNA変異を高い信頼性で同定でき、定量も可能だ。そのため、デジタルPCRを活用すればctDNAの増減も測定でき、再発の早期予測が可能になるというわけだ。
西塚氏は、「デジタルPCRは感度が高く簡便な方法なので、がん再発チェックの定期的な方法として何回も行うことに適しているのです」と、デジタルPCRのメリットを強調する。
実際の手順は次のとおりだ。まず、がん細胞のゲノムのどこで変異が起こっているのか、手術などで採取した腫瘍のゲノムを次世代シーケンサー(NGS)などの解析機器で調べる。そして、変異した場所に応じて、デジタルPCRで患者ごとに必要な「プローブ」という試薬を用意して、デジタルPCRでctDNAの存在を確認する。
ここで問題となるのは、がん細胞で変異しているゲノムの場所は患者ごとに異なるため、プローブも患者ごとに用意しなければいけないということだ。そこで西塚氏は、がん細胞で比較的多く見られる変異を検出できるプローブをあらかじめ図書館のように取り揃えておけば、がん細胞の変異に応じてすぐに取り出せると考えた。「がんにおけるゲノム変異は数千万種類あるとされていますが、計算上ではプローブが1000種類くらいあれば7〜8割のがんに対応できます」(西塚氏)
また、プローブに独自の化学的な修飾を入れて検出率を上げるといった工夫もしている。現在、プローブが正常に機能する率は約97%にも上るという。
なお、NGSでctDNAの有無と変異の種類を調べようとすると、セルフリーDNA中にctDNAが1〜5%ほど必要になるという。ctDNAの存在量は1%未満の場合がほとんどなので、がん再発を血液で調べるという点ではNGSよりもデジタルPCRのほうが適しているというのが西塚氏の考えだ。
DNA損失が少ないデジタルPCR機器
西塚氏がデジタルPCRで使っている機器が、サーモフィッシャーサイエンティフィックの「AppliedBiosystems™ QuantStudio™ Absolute Q™デジタルPCRシステム」だ。西塚氏はこの機器の特長として検体中のDNAの損失が少ないことを挙げる。
「患者さんの状態が悪かったり、子どもだったりすると、採血量を少なくせざるを得ないことがあります。そのような場合でもDNAの損失が少ないため、検出できる可能性が高まるので役に立つと思います」(西塚氏)
また、調べる検体数が日によって異なることもあり、1検体のみで実験を行えるというのもQuantStudio Absolute Qの実務上の大きな利点として西塚氏は挙げている。「性能を考えれば、機器や消耗品のコストも妥当だと思います」(西塚氏)
主治医と患者の信頼関係にもつながっていく
現在はこのデジタルPCRを用いてctDNAを検出し、ゲノム変異を同定する検査は研究段階にある。今後について西塚氏は、「試薬の性能を発揮できるように機器の設定条件をさらに追求することと、対応するゲノム変異の種類を増やすことが当面の目標になります。また、患者さんに合ったタイミングで測るフレキシブルな検査となるよう、臨床データを集めて有効性を証明することも重要だと考えています」と話す。
最後に西塚氏は、「この技術を発展させ、有用性を証明することで、日常診療に用いることを目指しています。将来的に、デジタルPCRでctDNAが検出感度以下の場合には、『がん再発についてしばらくは大丈夫でしょう』と根拠をもって患者さんに話がしやすくなると思います。今後、主治医と患者さんでお互いに信頼関係を深めることにつながっていければと願っています」と語った。治療後もがんの再発への不安が続く患者は多い。検査が簡易かつ正確になることで、心理的・身体的負担を減らすことに期待が集まっている。
「がんゲノミクス」のページはこちら
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/cancer-research/cancer-genomics.html
「QuantStudio Absolute QデジタルPCRシステム」のページはこちら
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/pcr/real-time-pcr/real-time-pcr-instruments/quantstudio-systems/models/quantstudio-absolute-q.html
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