近年、日本の製造業で品質不正に関する不祥事が相次いでいる。品質不正とは、品質偽装やデータ改ざんなどを指し、特に2017年以降に十数社規模で発覚している。原因を突き止めると、納期を守るため、あるいは目標を達成するために現場や品質管理が“会社や顧客のために仕方なくやった”とするケースが多く、根が深いことが解る。
もちろん不正なので、発覚したことで売上の減少や返品の増加、賠償金の請求など、企業は大きなダメージを受けることになる。例えば、2017年に発覚した製造大手5社の株価の低下による時価総額の損失は合計1兆円を超える。これらの不正事件は、一般消費者に大きな懸念を生んでいる。たとえ高精度の分析機器を導入していても、改ざんされる可能性から信頼性を大きく損なってしまった。
特に、医薬品や食品は直接体内に取り入れるものであるため、製品の安全性、医薬品においてはその有効性を正しいデータによって担保する必要がある。そこで、品質の分析を行う研究所では、データの完全性(データインテグリティ)が厳しく求められている。
今回、多くの製薬企業、食品企業の品質管理部門に採用されている、クロマトグラフィー製品に付随するソフトウェア「Chromeleon」を通じて、DX時代の品質管理を推進しているサーモフィッシャーサイエンティフィック(以下、サーモフィッシャー)に、データインテグリティについてお話を伺った。
品質管理に欠かせない分析装置
クロマトグラフィーは、個体、液体、そして気体に含まれる成分を分析する手法および装置のことを指す。ろ紙の一箇所に水性ペンで色を塗り、ろ紙の端を水に浸して色を分離する「ペーパークロマトグラフィー」ならご存じかも知れない。クロマトグラフィーにより、薬の成分が表示通りに含まれているか、食品に健康を害するような成分が含まれていないかを明らかにして、消費者の安全を確保することができる。
「例えば“新車の臭い”ってありますよね。あの臭いが発生する理由の一つは有害な物質によるものです。有害な臭いを安全な基準内に収めるのにも、クロマトグラフィーが使われています」と話すのは、サーモフィッシャーでクロマトグラフィーなどの分析製品を取り扱うビジネスのマネージャーである高原健太郎氏。
そう。ここはサーモフィッシャーの分析装置専門のラボである。広く清潔な部屋に数十台のクロマトグラフィー機器などが余裕を持って並べられている。「同じ機器に見えますが、液体や気体、固体など分析する対象によって、取り付けてあるパーツが異なります」と高原氏。多様な分析装置の一大拠点となっており、委託を受けて分析を行ったり、試用のためにお客様に使っていただくこともあるという。
「データの完全性(データインテグリティ)」という概念
サーモフィッシャーの分析装置専門ラボを紹介したが、今回のテーマはクロマトグラフィーではない。
クロマトグラフィーによって得られたデータは、健康や生命に関わるものも少なくないため、データが失われたり改ざんされるようなことがあってはならない。薬や食品などを発売する際には、業界の規制当局に危険性がないというデータを提出して承認を受ける。その際のデータが正しいかどうかは非常に重要なこととなる。つまり、今回のテーマはデータを正しく維持することである。
例えばFDA(アメリカ食品医薬品局)では、データインテグリティを「データが完全で一貫性があり正確であること」と定義している。
「データインテグリィとは、データがどのように加工・報告されたかを含むすべての情報が揃っていて、この一連のデータが一貫していて矛盾がなく、事象をありのまま反映していることで信頼性が高い、このような特性をデータ生成から廃棄に至るライフサイクル全体を通じて維持することということになります。例えば、手順にミスがあり、やり直したこともすべて記録し、過去のどのタイミングにおいてもデータを確認できる必要があります」(高原氏)。
製薬業界においてデータインテグリティを満たすための要件としては「ALCOA+」という原則がある。また食品業界においても、「HACCP」という食品の安全衛生規格が義務化されており、データの取り扱いについても注目が集まりつつある。
こうした品質管理のデータに関する厳しい原則を踏まえると、データインテグリティはデジタルを活用しないと難しい。そして、データインテグリティが守られることで「意図しない(不注意や手違い)データの削除や修正を回避」でき、「意図的なデータの捏造・偽造・改ざんの抑制」もできるのである。
品質管理のデータインテグリティを実現する「Chromeleon」
データインテグリティ、つまり「データが完全で一貫性があり正確であること」を実現するために、サーモフィッシャーは「Chromeleon」というソフトウェアを提供している。25年の歴史と実績を持ち、同社のクロマトグラフィー機器に付属するほか、他社製クロマトグラフィーにも対応することから、ソフトウェア単体でも提供されている。
Chromeleonはクロマトグラフィー機器を制御するだけでなく、測定によって得られた数値と測定の日時や実施者、設定内容といったデータを詳細に記録する。記録されたデータは厳密に保管されるため、厳しいコンプライアンスにも対応できる。
「Chromeleonを購入していただくお客様は、『装置の導入とともにデータインテグリティに対応したデータ管理を実現したい』、あるいは『他社製品を使っているが、データインテグリティに対応したい』という2つのパターンが多いです。Chromeleonは質量分析計をはじめとする幅広い分析装置に対応しているため、多くの企業様でデータインテグリティに採用されています」(高原氏)。
DXの進展とともに働き方改革にもつながる
データインテグリティが求められているのは、現在のところ医薬品や食品が中心となっており、データに対する意識は業界によって温度差がある。しかし、今後は働き方改革やDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展とともに幅広い業界で採用される可能性が高い。
また、コロナ禍に端を発したリモートワークも引き続き一定の割合で実施され、それがニューノーマルとして定着していく見通しだ。「クロマトグラフィーは機器を使って分析するものなので、現場の人間をゼロにすることはできません。しかし、Chromeleonにより設定や結果の確認をリモートから行うことができるので、現場の人間の密を避けることはできるでしょう」(高原氏)。
「Chromeleonは、ラボのネットワーク化も実現します。複数のラボ間でデータ、ユーザー、およびリソースを容易にリモートから制御できるようになるので、質の良いデータで大規模な開発をして次の段階に進めていくなど、生産性の向上にも寄与します。デジタル化によりリアルタイムに意思決定しながら進めていくことが、今後の業界が目指す方向性です。そこにできるだけ貢献していきたいと考えています」と高原氏は続けた。
「以前はハードウェアの精度が求められていましたが、今後はデータの信頼性の担保、データインテグリティを切り口としながら、Chromeleonを拡販していきたいですね。まだサーモフィッシャーをご存知のないお客様が多い現状ですので、ソフトウェア、データインテグリティの重要性をお話ししながら、単にハードウェアを売るだけでなく、ソリューションパッケージとしてご提案させていただくような展開を進めていきたいと考えています」(岡田氏)。
サーモフィッシャーでは、Chromeleonの次なる機能として、自動化に注力している。クロマトグラフィーによる分析作業には、必ず発生する決まった作業、決まった判断がある。これらをコンピューターに任せることにより、ヒューマンエラーを防ぎつつ、人の負担を減らして品質を担保しやすくなる。これはもはや分析のDXといえるだろう。同社は今後も分析の世界をより良いものにしてくれそうだ。