材料は自動車製造の土台
色とりどりの物体で表されたこのイメージは、まるで芸術作品と見紛うほど。実際は、EVを世に広めようとしている研究者たちが日々見ている実用的なイメージだ。EVで充電の役割を担うリチウムイオンバッテリーの材料を、ナノメートル(10億分の1メートル)レベルのスケールで3次元的に表しているのである。
あらゆる製品は材料から作られている。寿命が長い、安全に使える、効率が高いといった製品の性能は、材料の性能の良さで決まる。
「材料問題を解決せずして自動車の製造に取り掛かることは、土台を作らずして家を建てるようなもの」
日本を代表する自動車メーカーの創業者は、かつて自動車開発における材料の重要性をこう語っていた。その重要性は今も変わらないどころか、むしろ高まっている。ガソリン車に代わって、サステナブルな社会に向け普及が期待されているEVでは、特にバッテリーの材料開発が普及スピードの鍵を握っていると言ってよい。EVの航続距離、メンテナンス、電費(燃費)といった主要な評価ポイントには、いずれもバッテリー性能が関わっているからだ。ガソリン車よりもEVのほうが乗り心地がよいと総合的に評価されれば、おのずとEVは普及していく。
ガソリン車からEVへの転換を指す「EVシフト」は世界的なトレンドとされる。日本など主要各国が「カーボンニュートラル」達成の目標年とする2050年には、エンジン車はほぼ姿を消し、世界の新車販売台数の約90%がEVになっているという予想もある。「EVシフト」の背景には、2015年に採択されたパリ協定で、すべての参加国に二酸化炭素(CO2)排出削減の努力が課せられたことがある。自動車のCO2排出への寄与は大きなものがあり、日本の場合ではCO2排出量全体の15%以上が自動車によるとされる。消費者・投資家の持続可能な開発目標(SDGs)や、環境・社会・ガバナンス(ESG)投資への意識が高まるなか、自動車メーカーは積極的にEV開発に力を注いでいる。
とはいえ、「EVシフト」が勢いづくか滞るかは、価格や燃費などの点で人びとが自動車としてのEVに魅力を感じられるかに左右される。EVコストの4割ほどを占めるとされるバッテリーの性能向上がその鍵を握るのはまちがいない。
今、EV向けバッテリーの主流となっているタイプが、スマートフォンやPCなどにも広く使われているリチウムイオン電池を用いたものだ。さらに、次世代バッテリーとして、液漏れなどの心配がなく、耐久性が高い全固体電池の普及も期待されている。バッテリーの性能向上や“ポストリチウム”の覇権をめぐる材料開発競争は、EV普及の追い風となろう。
スライスとスキャン、二つの役割のビームで3次元構造をイメージング
「優れた材料を開発するには、材料の微細構造を理解する必要があります。そのために、イメージングがとても重要となります」
サーモフィッシャーのアレックス・ブライト氏はこう話す。
材料の特性を理解するための手がかりとしては、強度などを数値に表したデータなどもあるが、ブライト氏は「イメージングで実際の構造を見ることで、何がバッテリーの特性や性能を決めているのかをより理解できるようになります」と話す。
材料構造のイメージングでは、長らく2次元イメージングの技術が使われてきた。一方サーモフィッシャーは、材料情報を飛躍的に得られる3次元イメージングの道を切り拓いてきた。
「EV用バッテリーの材料開発で研究者が使いはじめた3次元イメージング技術に、プラズマFIB-SEMをはじめとするデュアルビームがあります」
デュアルビームは、「二つ」(デュアル)の「ビーム」を用いるイメージング技術だ。材料の試料を一つ目のビームでスライスし、それを二つ目のビームでスキャンして画像化する。これを何層にもわたり重ねていくと、3次元イメージとなる。
デュアルビームにはいくつかの手法があるが、ブライト氏の言う「プラズマFIB-SEM」では、一つ目のビームに「プラズマ」という状態で束ねられたイオン(PFIB:Plasma Focused Ion Beam)を用いる。「プラズマFIB を使うと従来手法より高速・広範囲に、かつ材料断面を平坦に切り出すことができます」とブライト氏。二つ目のビームには電子を用いる。ナノメートルサイズに絞った電子ビームを試料に照射しスキャンすることで、試料表面の凹凸や組成を反映した像を取得する。これは、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)の手法だ。「つまりプラズマFIB-SEMは、切れ味の鋭いナイフを使って材料をスライスし、分解能の高い顕微鏡を使って画像化するようなものです」
他社に先んじて製品化したサーモフィッシャーのプラズマFIB-SEMには、「得たい像を得られる成功率の高さと、使いやすさに直結するオートメーション性の高さ、それに微細なコントロール性能」(ブライト氏)といった数々の利点がある。リチウムイオン電池の性能向上では、米シカゴ大学の研究者が、電極の厚みを最適化してエネルギー密度を高めるため、充放電を重ねたときどのような構造の変化が起きるかをプラズマFIB- SEMで調べている。また、全固体電池の開発では、メーカーの研究者が電極と電解質の界面の状態を詳しく理解する現時点での唯一の手段としてプラズマFIB-SEMを使用しており、この電池の大量生産に結びつけようとしている。
サステナブルなモビリティの未来を技術力で築く
プラズマFIB-SEMなどの3次元イメージング技術が、材料の特性を引き出し、耐久性、安全性、効率などの点でバッテリーの性能を高めていく。その先にあるのが、世界の至る場所で、高性能バッテリーが積まれたEVがクリーンエネルギーを使って走っている、サステナブルな未来社会の姿だ。
「“次”に進んでいくには、材料の構造を理解し、どのような開発をすればよいか想像できることが大事です。強力なプラズマFIB-SEMが、バッテリー開発のスピードを維持・加速化し、より安価で、航続距離と利便性に優れた電気自動車を生み出し、環境保全に貢献していくものと確信しています」
サステナブルな未来社会の実現に貢献すべく、プラズマFIB-SEM自体も進歩していく。 「特にデータ処理能力の向上に大きな期待があります。これにより、電気的な特性と材料の構造がどう関係し、影響しあっているのかといったことを、より深く理解できるようになります。次の戦略を立てるための情報を、さらに得られることになるでしょう」
サーモフィッシャーは、プラズマFIB-SEMなどの装置を使っている世界中の研究者に寄りそい、より優れた情報を得られるよう技術向上を進めている。
「より役立つ情報を、より容易に得られるよう、装置の開発と改善に努めていきます」
材料開発にイメージングはもはや欠かせない。サーモフィッシャーの技術力が、材料開発の先にある未来社会を築いていく。
プラズマFIBの活躍シーンはバッテリー開発以外にも
「切れ味の鋭いナイフ」であるプラズマFIBを駆使して、研究者たちは透過型電子顕微鏡(TEM)という、原子レベルの構造解析などに使われる電子顕微鏡観察用の試料を作っている。「多様な材料の100ナノメートル以下の薄膜試料を、自動で素早く用意することができます」(ブライト氏)
また、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)と呼ばれる超小型の機械システムの開発でも、研究者たちは試作品をプラズマFIBで作ったり、引っ張り強度などの試験用試料も作ったりしている。
サーモフィッシャーは、プラズマFIB-SEMのほか、従来型のガリウムFIB-SEM、また高速な材料加工に適したフェムト秒レーザーFIB-SEMなどのラインナップを揃え、幅広い用途に対応できるソリューション体制を築いている。