日本の初代内閣総理大臣の伊藤博文は、1909年10月26日に中華人民共和国・黒龍江(こくりゅうこう)省・哈爾濱(ハルビン)市にあるハルビン駅で、大韓帝国の運動家である安重根(アン・ジュングン)に暗殺された。伊藤博文がハルビンを訪れたのは、ロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフと満州・朝鮮問題について非公式に話し合うためだったという。 暗殺に関しては安重根単独説の他にも、伊藤博文が着用していたコートの弾痕から併合強硬派による謀殺だったのではないかという説や、遺体に埋まっていた弾丸がフランス騎馬隊カービン銃(歩兵用小銃より銃身が短い騎兵用小銃)用であったことから、フランスの仕業ではないかという説もある