トヨタグループの1社として、ソフトウエアを基盤としたモビリティの技術・事業開発を進めるウーブン・バイ・トヨタ。AIプラットフォームを通じてAI開発を加速化・効率化・安全化する部門、エンタープライズAIのディレクター谷内出悠介氏が語るAI開発、活用の最前線とは――。

※本稿は、Japan Innovation Review Forums主催の「第4回モビリティ未来フォーラム」における「これからのモビリティのためのAIプラットフォーム/谷内出悠介氏」(2024年11月に配信)をもとに制作しています。

先進研究を量産へつなぐ4つの重点領域

「100年に1度の大変革期」といわれる時代にあって、「モビリティカンパニー」への変革を目指すトヨタグループ。2023年に、トヨタは「トヨタモビリティコンセプト」を打ち出し、「クルマの価値の拡張」「モビリティの拡張」「社会システム化」というモビリティ社会への道筋を示した。

 一方、ウーブン・バイ・トヨタは、2018年、米国シリコンバレーのTRI(Toyota Research Institute)による先進研究をトヨタ自動車での量産につなぐ企業、TRI-AD(Toyota Research Institute Advanced Development)として発足。現在は日本橋の本社をはじめ米国の4拠点、ロンドンに展開し、トヨタグループにおける先行開発領域の連携強化、開発の加速を担っている。

「ウーブン・バイ・トヨタのウーブン(Woven)は『織り込まれた』という意味で、トヨタのルーツである豊田自動織機に由来しています。起点には、トヨタグループの創業者・豊田佐吉の『機織りをする母を少しでも楽にさせたい』という思いから織機を発明した背景があり、『自分以外の誰かのために』という創業以来の理念が込められています」と語るのは、Enterprise AI(エンタープライズAI)のディレクターを務める谷内出悠介氏だ。「エンタープライズAI」は、ウーブン・バイ・トヨタのAIインフラ、ツールを管理する基盤開発を行っている。

 ウーブン・バイ・トヨタでは、主に4つの領域で事業を進めている(上図)。

 ソフトウエアプラットフォームで新たな顧客価値を提供する「Arene OS」。実証実験の場であり、モビリティのためのテストコースでもある「Woven City」。安心・安全な移動を実現するための自動運転/先進運転システム「AD/ADAS(Autonomous Driving/Advanced Driver-Assistance Systems)」。自動運転、人工知能など、モビリティの未来に向けた核心的な技術やビジネスモデルを開発する、グロースステージのスタートアップに投資を行う「Woven Capital」だ。

 こうした重点領域の開発を支えるために、エンタープライズAIはどのような役割を果たしているのか。最前線の開発・活用事例と合わせて語った谷内出氏の講演から、その骨子を紹介する。

AI開発を「加速化・効率化・安全化」するAIプラットフォームとは

 ウーブン・バイ・トヨタのエンタープライズAIは、AI開発のインフラ、ツールを通して、モビリティ技術の開発を「加速化・効率化・安全化」する役割を担う。同部門が開発基盤となるAIプラットフォームとして提供するのは大きく「マルチクラウド」と「マルチプラットフォーム」の2つだ。

 マルチクラウドは、さまざまなベンダーのクラウドリソースを実行可能にする開発環境。マルチプラットフォームは、ユーザーが実際にAI開発で使うツールなど、道具立てを包括的に供給する環境だ。

「私たちは、複数のクラウドベンダーがまたがるシステムを構築し、ユーザーがどんなツールもシームレスに利用できる環境を提供することが重要だと考えています」(谷内出氏)。

 マルチクラウドでは、ユーザーの「すぐに使いたい」「安く使いたい」という要望に応え、さまざまな利用シーンに合わせて、クラウドリソースを提供する。これにより、待ち時間の低減とコスト削減を実現する一方で、異なるクラウドリソース上でも同じデータ、同じコードを使用可能な仕組みを導入して効率性、信頼性を高める。さらにリソースを冗長に組むことで、スケーラビリティ(拡張性)も確保しているという(下図)。

 マルチプラットフォームは、マルチクラウドの上に開発をサポートするツール群を配置。多様なツールの連携を強化し、統一化を図ることで、ユーザーが効率的かつシームレスに利用できる環境としている(下図)。

「AIツールは日進月歩で進化しており、新たなツールを提供するベンダーが日々生まれる反面、統廃合も頻繁に起こります。マルチプラットフォームは、このように変化の激しい状況でも、安定的にユーザーにAI開発ツールを提供し、多様性を担保するものです」(谷内出氏)。

安心安全なモビリティを実現、高度運転支援のAI活用事例

 AIプラットフォームを活用した開発事例として、谷内出氏は、AD/ADAS領域の高度運転支援技術を紹介する。

 トヨタは「安全」を最優先の課題と位置付け、究極の目標として「交通事故ゼロ」を掲げている。ウーブン・バイ・トヨタでもソフトウエア面の技術開発を担当することで、目標達成をサポートする。

 自動運転のためには、人間が運転する際に行っている「認知」「判断」「操作」の3つのステップを、ソフトウエアとハードウエアを組み合わせて制御しながら、実現する必要がある(下図)。

 例えば、目の前を自転車が走っていることを認知し、避けようと判断して、ハンドルを切る。人間が瞬時に行う一連の動作を自動化するためには、カメラやレーダーなど各種センサーからの入力情報をもって認識し、周囲の自動車の動向や道路標識、交通状況を加味して判断して、クルマ自体を正確に操作しなければならない。この認識と判断のステップに、AI技術が活用されている。

 2021年4月に発売されたレクサスLSは、高速道路における高度運転支援を備えている。谷内出氏は「これは、ウーブン・バイ・トヨタが、さまざまなシーンで運転支援を行う量産向けAIの内製開発を完遂した結果でもあります」と語る。

 今後は、さまざまな高度運転支援機能をトヨタ・レクサスブランドで生産する年間約1000万台の車両へ展開し、先進安全技術のさらなる普及を目指していくという(下図)。

 また、谷内出氏は、AI進化に重要な1つの観点として、「データの多様性の担保」を挙げ、次にように語る。「グローバルで先進安全技術を搭載した多種多様な車種を生産することは、非常に重要です。技術を多様な車種に対応させるために、開発規模も拡大します。それがデータ収集規模の拡大、そしてデータの多様性担保につながっていくからです。」

 トヨタでは、AI開発のためのデータ収集に同意した顧客のクルマから走行データを収集する「市場データ収集」を開始している。その結果、データ収集の走行距離、走行範囲が広がり、AI開発に使用できるデータの多様性が広がったという(上図)。

 谷内出氏は、これを「さらなる安心安全につながる仕組み」だと言う。「多様なデータが集まれば集まるほど、AIに学習させるデータを増やし、安全性を高めていくことができます。私たちのAIプラットフォームは、お客さまと一緒に、より安心安全な社会をつくっていける基盤でもあると自負しています」(谷内出氏)。

実世界でデータをつなぐ都市向けマルチモーダルLLM

 ウーブン・バイ・トヨタで開発されるAIは、車載向けだけではない。谷内出氏は、さらに2つの開発・活用事例を挙げた。

 1つは、データにタグを付与して整理し、抽出しやすくする「データアノテーション」の開発だ。車載向けAIの開発では、大量のデータ内にどのような情報があるかを見て判断し、タグ付けしたデータセットをつくる必要があるが、これに特化したAIを開発してタグ付けの作業を一部自動化した(下図)。

 これによって、歩道を歩く人や、車道を横切る自転車など、膨大なデータからさまざまな走行シーンを抽出できるようになり、開発期間の短縮が可能になっているという。

 もう1つの事例は、マルチモーダルLLM(Large Language Models)による「都市データの基盤モデル」だ。マルチモーダルLLMとは、テキスト以外の画像、音声、動画、その他データ形式を処理できる大規模言語モデルを指す。これは、「実世界を理解する汎化型AI」とも言い換えられ、実世界でデータがつながるインターフェース構築を実現する手段になるという(下図)。

※汎化型AI(Artificial General Intelligence, AGI)とは、想定外の状況でも自ら学習し、人間のように多様なタスクを柔軟にこなせるAIを指す

 この都市データの基盤モデルを使って、交通安全を促進することもできる。例えば、実世界のリアルな交通情報をデジタル上で再現し、交通流量の将来予測シミュレーションを行って情報を可視化すれば、安全な方向へ人の行動を変容させることを目指す。

 また、天候や土地に関する情報などを駆使した「実/時空間情報検索システム」は、使う人が「時間」「場所」「質問」を入力することで、リアルタイムに行動を提案する。これを通じて、生活者に「移動する楽しさ」を提供することができるという。

 ウーブン・バイ・トヨタは、これらの事例以外にもさまざまなAI開発しており、エンタープライズAIがその開発をサポートしている。谷内出氏は「私たちは、AIプラットフォームを通じて『次世代のモビリティをもっと安全に、もっと楽しく』を実現していきます」と語った。

※Japan Innovation Review Forumsでは組織の変革を担うリーダーの方に向けて、経済界やアカデミアなど幅広く有識者の方に登壇いただき、変革に役立つタイムリーな情報をお届けしています。「モビリティ未来フォーラム」に関する最新の情報は、随時こちらで更新しています。