ヤマハ取締役 代表執行役社長の山浦敦氏(撮影:内海裕之)
1887年、創業者の山葉寅楠(やまは・とらくす)が、浜松の小学校でオルガンを修理したことをきっかけに、同年に自らオルガン製作を開始したことをルーツとするヤマハ。以来140年近い歴史を刻み、ピアノやギター、管楽器、電子楽器などを製造する世界的な総合楽器メーカーへと発展してきた。そのヤマハで2024 年4月、社長に就任したのが山浦敦氏だ。モノからコト、ハードからソフトへの波が楽器業界にも押し寄せる中、山浦氏はどんな構想でヤマハの変革を進めようとしているのか、話を聞いた。
「多様化する音楽ニーズに応え、会社全体を強くしたい」
──4月に社長に就任して半年余り、ヤマハの現状と今後の課題についてどう捉えていますか。
山浦 敦/ヤマハ取締役 代表執行役社長1967年長野県長野市出身。長野県立長野高等学校、東京大学工学部卒。1992年ヤマハ入社。電子ピアノの開発を担当した後、2000年に米・テキサス大でMBAを取得。帰国後はデジタルコンテンツ配信の事業開発に取り組み、2007年にヤマハミュージックメディア(当時)に出向。2011年に復職し、音響通信技術の事業開発を担当。音響技術開発部長、電子楽器開発部長、電子楽器事業部長、執行役楽器事業本部長、執行役楽器・音響営業本部副本部長兼ヤマハ楽器音響(中国)投資有限公司総経理を歴任し、2024年4月に代表執行役社長に就任。同年6月に取締役就任。
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座右の銘:こころに太陽を、くちびるに歌を(ドイツの詩人、ツェーザル・フライシュレンの言葉)
「もともと父親がよく口にしていた言葉で、いかなる状況にあっても希望を持ち続けることの大切さを教えられました。当社は音・音楽を主たる事業領域としていますが、絶えず変化する事業環境に対応し新しい価値を作り続ける勇気を持たなければならない。そう思い起こさせてくれる、私にとっての座右の銘です」
山浦敦氏(以下敬称略) 「YAMAHA MUSIC SCHOOL(ヤマハ音楽教室)」のような音楽普及活動と楽器や音響機器の販売の両立ての事業展開は、今後も変わることはありません。ただ、どの業界もそうだと思いますがニーズの多様化が一層進んでいます。われわれも多様化している音楽ニーズにきちんと寄り添った形で音楽普及をしていきたいと考えています。
今やハードウエア中心のビジネスだけではニーズに応え切れないものが多々出てきます。われわれのハードの強みはこれまで通り生かしつつ、そこに付随するサービスやコンテンツ、あるいはコミュニティー作りなども含めたソフトウエアを加味して、総合的に提供できる形にしていきたいというのが私の方針です。
──ソフト面の強化に向けた施策のひとつが、今年4月に社長直轄の基幹部門とした、ミュージックコネクト推進部でしょうか。
山浦 はい。例えば音楽生活を豊かにするアプリケーションやサービスを提供する「ヤマハミュージックコネクト」について言えば、これまでは楽器事業の一部という位置付けで、いわば販促ツールとして展開してきましたが、それではなかなかうまくいかないという課題も見えていました。
そこで、専門的に独立した組織としてサービス分野に取り組んでもらうことにしたわけです。ハード部門とは一旦切り離し、サービス業界起点の考え方や時間軸の感覚で仕事をしてもらっています。
ヤマハミュージックコネクトの軸は3つあり、ラーニング、クリエイティブ、コミュニティーです。まず、練習・上達をサポートするラーニング。次に、より楽しく自由に表現してもらうクリエイティブ。最後がコミュニティーで、人と人とのつながりを、音楽を介して作っていく。この3点をしっかりとした形にしていく考えです。

──そこを強力に推進するためには社長直轄でなければいけないと。
山浦 そうです。従来とは発想や着眼点を変えていかなければいけないので、ある部門の部門長が兼任でやっていては片手間で終わってしまう可能性がありますし、全社的な方向性として、ハードとソフトの融合を掲げた手前、私が陣頭指揮を執るべきだと考えました。
──立ち上げてまだ半年余りですが、進捗状況はどうですか。
山浦 例えば「ボーカロイド」という音声合成技術のように、もともと持っていたソフトやサービスもあります。これはリアルな歌声を合成するためのソフトですが、まずはこうした既存の技術をベースに広げながら、来年には少しずつ具体的な新サービスも出していく予定です。
歌声合成ソフト「VOCALOID™6」の操作画面
──ミュージックコネクトは、将来的にどんな可能性がありそうですか。
山浦 当面、当社が独立した事業とみなす水準である100億円を売上目標に置いていますが、新たなサービスを立ち上げていくことで、ヤマハのハードのビジネス自体が変わっていくことに一番期待しています。例えば、新サービスときちんとつなげられるようなハードの仕様にすれば、それによって販売方法も従来とは変わってくるはずです。このようなことを通じて、会社全体を変えて強くしていくイメージです。
従来は楽器をお買い上げいただいても、そこでお客さまとの接点が一旦切れてしまうことが往々にしてありました。そうではなく、楽器のご購入と同時に音楽関連のコンテンツやアプリケーション、楽譜やオンラインレッスンなどもご紹介していくことで、お客さまと長くつながっていける。
お付き合いが長くなればご購入楽器の演奏に習熟し、さらにレベルアップを目指して高価格帯の楽器をお求めいただけるかもしれない。そうした好循環にもっていきたいと考えています。
ヤマハの楽器(同社ホームページより)
「伝説のライブ」再現、AI活用の技術も続々
──ほかにも、今年4月にアメリカのシリコンバレーに新事業開発拠点の「ヤマハミュージックイノベーションズ」を設置し、6月には横浜のみなとみらい地区に体験型のブランドショップをオープンさせました。
山浦 これまで楽器や音響機器といったハード事業を、本社を置く浜松市(静岡県)という限られたエリアで集中的に行ってきました。しかし、今後はその事業の垣根がどんどん低くなり、他の事業領域にいる企業と積極的に組んでいく、あるいは一緒に戦っていく必要が出てくるでしょう。
そうであれば従来の自前主義のこだわりは捨て、ヤマハの強みと相乗効果が生み出せるところと提携し、われわれの技術やノウハウを外部企業にも提供しながら新しい価値を創造していく必要があります。
一言で言えばオープンイノベーションを深耕していきたいのです。シリコンバレーでは、楽器業界以外の企業の技術でヤマハが使えるようなものはないか、あるいはヤマハの技術と組み合わせることで新たな強みの創出ができないかといったことを日々探索しています。
みなとみらいのブランドショップについては、お客さまにお越しいただいてヤマハの世界観に1人でも多くの方に触れていただき、お客さまの声をきちんと吸い上げて新しいビジネスにつなげていきたいと考えています。
2024年6月にオープンしたブランドショップ 、ヤマハミュージック 横浜みなとみらいの楽器コーナー
また、当地周辺にはリコーさんやソニーさんはじめ、大手企業の研究開発拠点が非常に多いので、われわれも拠点を置くことで“他流試合”をどんどん進めて刺激を受けたいと思っています。
自前主義と決別していく過程では、われわれが持っていないサービスや販路を持つ企業をM&Aで取り込んでいくようなこともあり得るでしょう。

──今年9月にはライブ再現システムも発表しました。
山浦 「リアル・サウンド・ビューイング」と呼んでいますが、コンセプトは“ライブの真空パック”で、アーティストのライブやコンサートの生演奏を再現したものです。
ギターやベースなど、演奏時の音を忠実に記録し、再現する仕組みを開発しました。目の前にある楽器からライブやコンサート時の音をそのまま再現して出せるので、単純に録音された音源をスピーカーを通して聴くのとは臨場感が全く違い、非常に可能性のあるソリューション技術になっています。
Real Sound Viewingの技術を使って再現されたライブ「LUNA SEA Back in 鹿鳴館」の様子
今後はアーティストが自分たちのライブを再現できる形で保存し、場所や時間を問わずに興行できるビジネスが生まれる可能性もあります。例えばすでに亡くなってしまったアーティストの過去の「伝説のライブ」を、いつでもどこでも当時の臨場感で楽しむことができるわけで、ヤマハらしい社会課題解決のひとつとも言えます。
──車載オーディオでは、AI(人工知能)を駆使して、自動車内の音響を利用者の好みや楽曲の特徴に応じて最適にチューニングする技術も開発しています。
山浦 車内空間というのは音響機器を設置する上でさまざまな制約がありますが、1車種ごとに時間をかけて最適化していくのでは、自動車メーカーが求めるスピード感になかなか追いつけません。
そこで、最適化にかける時間を最大限短縮することを、AIを利活用して実現させました。将来的には音楽配信などコンテンツ系の領域にも入っていきたいと思いますが、まずは自動車メーカーから高い評価をいただける音響機器の開発を目指して頑張っています。
三菱自動車新型アウトランダーに搭載されているヤマハ製スピーカー
──株式持ち合い解消という世の中の流れもあり、ヤマハ発動機の持ち株は3%以下まで下がっていますが、現状の取り組みや今後の協業余地はありますか。
山浦 ヤマハ発動機とは合同ブランド戦略委員会があり、事務局会議は毎月、トップを含めた委員も年に2回会合を持っています。
音響機器とオートバイでは縁遠いと思われがちですが、アンプやスピーカーの技術をオートバイや水上バイクなどに組み込むような話も出ていますし、モビリティ分野と音楽はいろいろな形で提携や協力ができる、親和性の高い領域だと考えています。

ハードとソフトの両輪経営、ベンチマークは「アシックス」
──今後ハードもソフトも経営の両輪にしていく中で、ベンチマークになるような企業はありますか。
山浦 どの業種の企業もハードとソフトの融合を目指していく時代ですが、例えば大手スポーツシューズメーカーのアシックスさんの取り組みは大いに参考にさせていただいています。
アシックスさんはここ数年デジタル分野に非常に注力され、高い技術力に裏打ちされたものづくりを維持しながら、シューズをどのように使ってもらうかといったソフト分野を、デジタル技術を駆使して強力に推進されており、ハードとソフトの掛け合わせビジネスが素晴らしいと思います。
われわれが目指すところもまさにそこです。ヤマハの主たる事業フィールドは音楽ですが、音楽ジャンルはさまざまなところと協業余地がありますので、将来、例えばランニング分野で何かご一緒にできることもあるかもしれません。

──目指すべき方向性を踏まえ、来年度からは3カ年の新中期経営計画が始まります。
山浦 新中計策定に向け、まさに今議論を重ねているところですが、ここ数年でわれわれの事業を取り巻く環境も大きく変わり、楽器や音響機器事業の収益が従前ほどは出にくくなっています。今後、会社全体の事業構造をどのように変えて活路を開いていくべきか、さまざまに思案しています。
2024年までの中期経営計画の重点テーマ
また、これまでお話してきたように、ハードとソフトの融合を多方面から進めていき、新たな成長分野を創造していきたい。この2点をどのように両立させながら経営していくかが、新中計の最も大きなポイントになるだろうと考えています。

