なぜ日本のメーカーはイノベーションが苦手なのか? マネジメント、ビジネスモデル、組織構造、企業文化、人材教育などをどう変えれば克服できるのか? 三菱自動車で世界初の量産型電気自動車「i-MiEV」(アイ・ミーブ)の開発責任者などを歴任したe-mobilityコンサルタント・和田憲一郎氏が、世界で進むEVシフトや時代の変化に適応するためのマネジメント法など、「新時代のモビリティ」について複眼思考で解説する。
第4回は、電気自動車(EV)の充電方式が多様化する中、中国新興EVメーカーが導入を進める「バッテリー交換式」を取り上げる。特に近年話題となっている「バッテリー交換式EVトラック」に焦点を当て、その特徴と日本における導入の課題について考える。
なぜ日本のメーカーはイノベーションが苦手なのか? 三菱自動車で世界初の量産電気自動車「i-MiEV」の開発責任者などを歴任したe-mobilityコンサルタント・和田憲一郎氏が、世界で進むEVシフトや時代の変化に適応するためのマネジメント法など、「新時代のモビリティ」について解説する。
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EV普及に伴い、多様化する充電方式
電気自動車(以下EV)が世界的に普及拡大するにつれ、その充電スタイルも多様化しつつある。その中で今回取り上げるのは、バッテリー交換式である。ある意味、充電とは異なるが、駆動用バッテリーを交換することにより、短時間にて満充電状態の車両を準備することができる。
今回はその中で、特にバッテリー交換式EVトラックに絞って取り上げてみたい。既に中国では先行しているが、日本ではバッテリー交換式EVトラックは普及するのか。はたまた普及のための課題は何か。筆者なりの考えを述べたい。
EVの充電方式としては、大きく分類するとバッテリー交換式も含めて3つの方式がある。1つは、充電コードがつながった「コンダクティブ」タイプである。最も一般的であり、これは普通充電と急速充電に分かれる。
さらに第2の方式として近年技術開発が進んでいるのが「ワイヤレス」タイプである。非接触のワイヤレス給電は、長年の研究結果により実用化が近づいている。日本では2024年6月、関西電力はじめ55社にて「EVワイヤレス給電協議会」が設立された。狙いとして、EVワイヤレス給電の実用化や給電規格の標準化等に取り組むとしている。
また次世代技術には、走行中ワイヤレス給電がある。これは、一般道路、高速道路などにおいて、走行しながら給電を行う方式である。日本では大学を中心に要素技術開発が進められている。
そして、今回紹介するのは、「バッテリー交換」タイプである。これは乗用車もあればトラックもあるが、近年話題となっているバッテリー交換式トラックを取り上げてみたい。
図1 多様な充電システム
蔚来汽車など中国メーカーが導入を進める「バッテリー交換式EV」
まずは、バッテリー交換タイプの歴史について簡単に振り返ってみたい。2010年4月、米国のEV関連ベンチャー企業ベタープレイスは、「世界初バッテリー交換式EVタクシー実証運用開始」というイベントを東京にて開催した。
筆者も参加したが、バッテリー自動交換システムもしっかり作られており、予想以上に完成度が高かったことを覚えている。しかし、その後、自動車メーカーからの協力が得られず、ベタープレイスは結果的に2013年5月に倒産した。
中国の新興EVメーカーNIO(蔚来汽車)は、2018年5月バッテリー交換式EVを販売するとともに、バッテリー交換ステーションの設置を開始した。現在は1300カ所を超えるバッテリー交換ステーションが設置されている。
2021年11月には、中国工業情報省が主導し、全国11都市を対象にバッテリー交換式EVトラックの車両開発やインフラ整備を進めると公表した。これを受けて、バッテリー交換式EVトラックの導入が進んでいる。
2024年上半期の集計では、バッテリー交換式EVトラック販売台数は約1万台となり、対前年比82%増となった。なお、新エネルギー車のEVトラック全体は上半期にて約2.7万台販売されており、そのためバッテリー交換式EVトラック比率は37%となっている。
バッテリー交換式EVトラックの構造は、キャブ背面に縦横2メートル角、奥行き80cm程度の大型バッテリーを搭載している。主なバッテリー交換式EVトラックメーカーとしては、徐工汽车、一汽解放汽車、中国重汽などがある。
EV車両の成長要因と主要国・地域の環境規制
EV車両の成長要因として、各国・地域における環境規制の強化が挙げられる。主要国・地域の規制について押さえておきたい。
1. 米国の規制
米カリフォルニア州大気資源局(CARB)は、同州で販売する乗用車およびライトトラックに対し、2026年に35%、2035年に100%のゼロエミッション車(ZEV)規制「Advanced Clean Cars II」を発表した。ここで言うZEVとは、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、および燃料電池車(FCEV)を指す。
さらに、中型・大型トラックやバスに対しては、「Advanced Clean Fleets (ACF)Rule」が設定され、2045年までに全ての車両をZEVとする規制が導入された。
2. 欧州の規制
欧州では、乗用車および小型商用車に関して、内燃機関車の新規販売を2035年に禁止する「Fit for 55 Package」が2023年に最終合意された。さらに、2024年1月に大型車のCO2排出基準を2030年に45%、2035年に65%、2040年に90%(いずれも2019年比)削減することが合意された。
3. 中国の規制
中国では、トラックなどに対して「ダブルカーボン(カーボンピークアウトとカーボンニュートラル)」削減目標が設定されており、カーボンピークアウトを2030年、カーボンニュートラルを2060年とする目標が掲げられている。EVトラックは充電式に限らず、バッテリー交換式EVトラックも対象としている。
4. 日本の規制
日本では、トラックに関する明確な規制はないが、国土交通省は2021年に「国土交通省環境行動計画」を改定し、CO2排出量の多い運輸部門の脱炭素化を主軸に取り組むことを明らかにした。さらに、2024年1月には「カーボンニュートラルセンター」を立ち上げ、バッテリー交換式EVの国連基準の策定をオールジャパンで推進するとしている。
バッテリー交換式EVトラックの主な課題とは
バッテリー交換式EVトラックの実現には、多くのステークホルダーの視点が重要である。以下に筆者の考えを述べたい。
1. 自動車メーカーの視点
・充電方式との比較
バッテリー交換式トラックが充電方式に対して優位性を持つかが重要である。EVの充電式トラックは大容量バッテリーを搭載しているため、充電に長時間を要する。しかし、急速充電CHAdeMO規格では従来の50kWに対して120~150kWの急速充電器が出現している。さらに、日中共同開発の超急速充電規格ChaoJiでは、最大900kWまで対応可能である。
このように技術が進歩する中で、充電方式ではなくバッテリー交換方式を選ぶ優位性が明らかにならないと、積極的に取り組むことは難しいと考えられる。
・販売台数の少なさ
日本では、EVの割合は、EVとPHEVを合わせても2024年上半期実績で3%弱に留まっている。EVトラックについては極めて少ない。ヤマト運輸は2023年9月に三菱ふそうの小型EVトラック「eCanter」を約900台全国へ導入すると公表したが、まだまだ少ないのが実情である。
充電方式はスタンドアローンとして完結するが、販売増加の見込みが不透明な中で、バッテリー交換方式を採用するリスクが懸念される。
・規格化の問題
中国ではキャブ背面に背負う方式を採用し、サイズ、バッテリー種別、取り付け方法などが規格化されている。日本が先行する中国と同様の規格を採用するのか、独自の方法を採用するのか未定である。ただし、各国・地域の衝突安全性を満足させることが重要であり、高電圧コンタクタなど基幹部品のレイアウトも吟味する必要があろう。
2. トラック運送企業の視点
・リスクの増大
EVの採用自体にリスクがある中で、さらにバッテリー交換方式を選択することでリスクが増大する。二重のリスクを許容できるかが課題である。
・交換ステーションの必要性
バッテリー交換ステーションが配達ルート付近にない限り、採用は難しい。バッテリー交換ステーションの増加が鍵となる。
・到着への不安
交通渋滞、交通事故、天変地異などの不安定要素が存在する中で、バッテリー交換ステーションが少ない場合、電欠なく時間通りに到達できるか不安がある。
3. バッテリーメーカーの視点
・技術進化への対応
バッテリー技術が著しく進化する場合、同じ形状でもバッテリー容量が異なることが生じる。その仕様変化に対応する必要がある。
・バリエーション対応
大中小のEVトラックが出現する場合、供給するバッテリーもそれに対応することが必須となる。
・供給体制の問題
バッテリーを1社で供給するのか、複数社でアライアンスを組むのかで対応が異なる。アライアンスを組む場合、バッテリー仕様についてかなりの調整が必要となろう。
4. バッテリー交換ステーション運営企業の視点
・サプライチェーンの確立
トラック運送企業からの需要に対応するため、バッテリー供給サプライチェーンを確立する必要がある。どのような車両がいつ、どのようなバッテリーを必要として到着するのか、それまでにバッテリーに充電することができるのかなど、詳細な計画が求められる。
・事業性の課題
バッテリー充電ステーションを開設するためには、土地、設備、保有バッテリー数、人件費などの問題がある。一方、交換費用はそれほど高額に設定できないと予想されるため、事業として成り立つか不透明である。
5. 行政の視点
・政策の必要性
EVトラックの普及には、日本版ZEV規制などの強制的な政策が求められるのではないか。
・司令塔の役割
バッテリー交換式EVトラック普及のための司令塔が必要である。「カーボンニュートラルセンター」は国連基準の策定に的を絞っているように見受けられる。では、普及のための司令塔はどこが担うのか。
・包括的な政策
バッテリー交換式EVトラックを推進するのであれば、それを前提とした包括的な政策が求められる。
日本におけるバッテリー交換式EVトラックの課題と将来像
今回は、日本におけるバッテリー交換式EVトラックについて、多くのステークホルダーの視点と課題をリストアップした。普及のためのハードルは高いと考えられるが、将来像を考えると、以下の2点を優先的に検討すべきと考える。
1. 安全・安心の提供
日本ではまだEVの販売台数が少なく、EVに対する安全・安心の確保が十分にされていない現状がある。その中で、バッテリー交換式を選択することは、さらなるリスクを伴う。自動車メーカーやバッテリーメーカーは、ユーザーに対して二重の安全・安心をどのように提供できるかが重要な課題である。
2. 環境規制の強化
EV普及のために欧米や中国では環境規制が強化されているが、日本では規制が緩い。国連基準の策定を目指す「カーボンニュートラルセンター」の設立は良いが、その前段階として、EVトラック普及を目指して日本版ZEV規制などの強制的な政策が必要ではないだろうか。