レゾナック・ホールディングス 取締役 常務執行役員 最高財務責任者(CFO)の染宮秀樹氏(撮影:今祥雄)

 昭和電工、日立化成という国内の大手化学メーカー2社が経営統合し、2023年に誕生したレゾナック。統合によって国内市場での存在感は高まったが、世界トップとの差は大きい。差別化戦略が求められるなか、決断したのは「半導体材料メーカー」への道だ。同社が目指す「スペシャリティケミカル」への投資、人材戦略について、レゾナック・ホールディングス取締役常務執行役員、最高財務責任者(CFO)の染宮秀樹氏に話を聞いた。

半導体材料に経営資源を集中投資

――レゾナックは、グローバル市場で成長するための戦略として、総合化学企業から「スペシャリティケミカル」企業への変革を進めています。そうなることで、どんな強みを発揮できるのでしょうか。

染宮 秀樹/レゾナック・ホールディングス 取締役 常務執行役員 最高財務責任者(CFO)

1990年野村総合研究所 企業財務調査室入社。1997年野村證券金融研究所副主任研究員、1999年メリルリンチ日本証券、2009年JPモルガン証券にてテクノロジー・メディア・テレコム部門の責任者を務める。2015年ソニー(現ソニーグループ)に入社し、副社長CFO付チーフファイナンシャルストラテジスト。2016年ソニーセミコンダクタソリューションズを経て、2021年ソニーCFO付特命担当。2021年昭和電工(当時)に入社、グループCFO準備室長。2022年同取締役常務執行役員 最高財務責任者(CFO)。2023年より現職。

染宮秀樹氏(以下・敬称略) 当社は統合後の事業ポートフォリオの見直しで、従来から持つ強みの1つである半導体材料の製造を今後の事業の中核と位置づけ、変革を進めています。これはご存じのとおり、AIや電気自動車(EV)の急拡大を中心にした半導体市場の中長期での拡大を見越したものです。

 直近ではEVの成長カーブがいったんなだらかになるなど、短期的な市場の変動はあります。また、コロナ禍でクラウドサービスが爆発的に伸びたことによる、データセンター向け半導体のバブル的な需要からの反転がありましたが、直近では底を打った印象です。こうした波はあるものの、中長期の大きなトレンドを考えれば、今後AIとEVが大きく成長することは間違いなく、その成長は半導体なくして実現しません。

 当社は、そこに経営資源を集中投資していく経営判断をしました。これは、先端材料を提供することで、「化学の力で社会を変える」という当社のパーパスにも合致している戦略です。

 では、半導体製造の中で、当社の材料がどのように使われているのか、概要をお話しします。

 半導体の製造は、大きく「前工程」と「後工程」に分かれます。簡単に言うと、前工程で微細な電子回路をシリコンウェハー上に形成し、後工程ではウェハーを一つひとつのチップに切り分け、複数のチップを積層したり接続したりした後、全体を樹脂で覆い、パッケージ化します。当社はその両方の工程で使われる材料で、世界トップシェアの製品を複数保有しています。

 まず前工程ですが、ウェハー上に回路を形成するための「エッチングガス」、ウェハーの表面を平滑に磨く際に使う「スラリー」があります。エッチングガスと、セリア系のスラリーでは世界トップシェアです。半導体の高性能化が進むほど、ウェハー上に形成する回路の層数が増えます。それに伴い研磨回数が多くなりスラリー(液体状の混合物)の使用量は増えるため、技術進化に合わせて需要が拡大していきます。さらに、半導体の生産量が増えることによって、指数関数的な市場の伸びが想定されます。

 一方の後工程は、さらにこの指数関数的な伸びが顕著になると見込んでいます。なぜなら、前工程にあたる回路の微細化は、以前と比べて技術的な限界が近づいてきています。その代わりに、半導体としての性能を向上させるには、パッケージにする後工程の段階でどれだけ機能を詰め込めるか、にテクノロジーのトレンドが移ってきているからです。

 データセンターのAIサーバー向けGPUなどの最先端半導体は、前工程で作ったプロセッサーやメモリーなどの半導体チップを、1つのパッケージの中で平面上に並べたり、上下に積み上げて複数組み合わせたりすることで性能向上を図ります。平面に並べる方式を2D、上下に積み上げる方式を3D、その両方を兼ねる形を2.xDといいますが、いずれにしても、データセンター向けなどの最先端半導体パッケージは大型化の一途をたどっています。

 半導体大手の米NVIDIA製GPUなどのパッケージサイズは、約10cm四方にまで拡大しており、今後さらに大型化すると予想されます。

 このような最先端半導体に使われている高性能なメモリーチップをパッケージングする際に必要な、当社の特殊なフィルムは、前年比3倍以上の数量の出荷を見込んでいます。

 このフィルムだけでなく、当社は後工程に使う材料で世界1位の製品を複数保持しています。後工程で必要な材料のカテゴリーは15種類ほどありますが、レゾナックはそのうち10カテゴリーで製品をラインナップしています。パッケージの面積、体積の大型化で1パッケージあたりの材料の使用量が増え、それに製造台数がかけ合わさって、爆発的な市場の成長が続いています。

出所:レゾナック
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 さらに大きな効果もあります。パッケージングの技術革新に注目が集まる中で、複数の材料を半導体メーカーに提供している当社は、単品の材料メーカーにはできない、パッケージ全体の性能評価を行える立場にあります。半導体メーカーと技術情報の共有を進め、数年先までの技術のロードマップを見越して開発投資を行うことで、メーカーに新しい製造技術を提案できるようになればいいと考えています。

 半導体の材料メーカーというと、地味なイメージがありますが、こうした取り組みを続けることで、半導体製造のソリューションプロバイダーに変わることを目指します。それが、当社が描く「スペシャリティケミカル」の姿です。

現場とのコミュニケーションで変革への賛同者を増やす

――事業変革を進めるための組織変革は、どのように進めていますか。

染宮 経営統合の当時、どれぐらいの人が事業変革に賛同し、統合を“粋に感じて”いたのかというと、当社も一般的に言われるとおりで「2対6対2」というイメージだったと考えられます。つまり全体の2割は前向き、6割は中立、残り2割は反発という状態です。当社のCEOである髙橋(秀仁)が2022年に旧昭和電工の社長に就任して2年半あまりになるのですが、最初の1年目は、とにかくトップのメッセージを現場に伝え、浸透させることに力を注ぎました。

 翌2年目は、そのメッセージに対しての、現場からの声を聞くことを重視しました。当社が大事にしている組織の在り方に「心理的安全性」がありますが、社員同士が言いたいことを言い合える環境を作ることが、心理的安全性にとって重要だと考えたからです。

 現在3年目に入っていますが、現場とのコミュニケーションを深めてきたことで、当初の2対6対2が、3対6対1、つまり推進派が3割ぐらいに増えてきました。これは従業員サーベイの結果にも表れており、感覚的なものではありません。

 この変化で分かったのが、変革を主導する人が全体の3割に増えると、その人たち自身がインフルエンサーになって、中間層以下の人を動かし始めるということです。その結果、変革の流れが加速していることを実感しています。

 私が所管するCFO組織についても、変革を実施しています。従来、各事業部長の部下だった財務担当者を、私が統括する全社CFO組織の部員に所属を変更しました。いわゆるFP&A組織への改編です。

 各事業部門の財務担当者は、事業部内の重要な役割を担っていた人なので、ほとんど異動する機会が与えられませんでした。しかし、それでは成長することができません。組織を変えてからは、全体の約150名の人員のうち、昨年1年間だけで約15%を異動させました。

 当然、事業部長にとっては、自分の部門の詳細を知っている部下が他部署に異動させられるのは面白いことではありません。しかし、こうすることで各部門の情報が全社にスムーズに伝わり、そのフィードバックを得られることで、事業部門の意思決定にも大いに役立つと説明しています。

――FP&A組織のメンバーが、各部門で孤立しないように支援する手を打っていますか。

染宮 現場にデジタルツールを提供して、非効率なルーチンワークを減らすよう、支援を続けています。これまでは表計算ソフトを手作業でまとめていた業務を自動化するなど、働きやすい環境をつくり、自分のための時間を持てるようにしています。

 もう1つが、キャリア形成の機会の提供です。先ほど話した人材の流動化を含め、自分の成長につながるチャンスを持てることは、若手からミドルまでのモチベーションを高めるために非常に重要な要素です。いずれも、まだ試行錯誤の段階ですが、これからも取り組みを進めていきます。

外部人材に頼らない自立した経営リーダーを育てる

――CFO組織の人材育成プログラムとして、染宮さんが主催する「染ラボ」というものがあるそうですが、これはどういう経緯ではじめたものですか。

染宮 染ラボは、選抜した社員30名ほどに対して行う、1年間の経営学の教育プログラムとしてスタートしました。講師は私だけでなく、外部から講師を招いた本格的なMBAレクチャーを実施します。受講生の平均年齢は35歳と若く、最後は各自が当社の戦略提案を策定し、優秀チームは髙橋CEOにプレゼンをして修了します。

 これをなぜ始めたかというと、2つの理由があります。まず、私が日立化成と経営統合した直後の2021年に旧昭和電工へ入社した時、最もポジティブなサプライズだったのが、若い社員が多いということでした。社員の平均年齢は40.8歳と日本の製造業の中では若い方で、これは当社の大きな強みであり、武器になると感じました。

 しかし同時に、危機感もありました。私の所管する財務部門のメンバーは、経営統合という大きな仕事を成し遂げ、各人がいい仕事をやり切ったところでした。若く優秀な人たちは、当社よりも好条件の会社を蹴って、経営統合というめったにない仕事が経験できることをメリットに感じて入社してきたのだと思います。

 その仕事が終わった後、残念ながらこの人たちが、将来の経営幹部になるまで当社にいてくれることは、私には想像できませんでした。今後5年、10年のうちに、当社を離れてしまうのだろうと見て取れました。

 しかし私は、この人たちの中から、将来当社の変革を引っ張るリーダーが出てきてほしいと思っています。そのためには、メンバーの意識を改革しないといけないと考え、リーダー育成プログラムの「染ラボ」を始めることにしました。

――優秀な社員は、次の挑戦を求めて、レゾナックを去ってしまうということですか。

染宮 挑戦というよりも、財務のプロフェッショナルとしての専門性を高めたいと願う意識が非常に強い若者が多いことに気づきました。それ自体は素晴らしいのですが、私としては、自分の実力を高めるだけでなく、他の人を動かすことでより大きなことを成し遂げられるリーダーの比率を増やしたいと思っていました。

――つまり、染宮さんの後継者を育成していきたいということですね。

染宮 私ではなく、現在の経営チームである「チーム髙橋」の後継者です。髙橋とはよく話すのですが、現在はある意味「有事」なので、私を含めた外から来た人間が経営チームを構成しています。しかし私たちの後継者は、やはり社内から引き上げられるようにしたいというのが経営陣の総意なので、その人材を育てたいという思いです。

 染ラボを始めた年は、CFO組織のメンバーから受講生を募りましたが、2年目からは他部署からの参加希望が殺到しました。3年目の今年は、私の部下でない受講者が7割程度になり、受講生の数も倍増しています。内容的にも評価が高まり、今では確立された社内のリーダー育成プログラムになっています。

 半導体分野への集中投資で成長を実現すると同時に、次世代の経営幹部を社内から育てること、それが私の目下のミッションです。