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一口に「デジタル化」といっても、その中身はさまざまだ。請求書のペーパーレス化、顧客窓口でのAI活用、アプリと最先端テクノロジーを掛け合わせ、ライドシェアのような新しいビジネスモデルを構築することが「デジタル化」と一括りにされることもあるが、本来はまったくレベルが異なる。デジタル化の最終目標であるDXを目指す多くの企業にとって、そこへ到達するまでのプロセス、各レベルで求められる施策を把握できれば、「デジタル化」への理解が深まり、より戦略的に、そして着実に変革を推し進められるのではないか。
本連載では、『世界のDXはどこまで進んでいるか 』(新潮社)の著者・雨宮寛二氏が、国内の先進企業の事例を中心に、時に海外の事例も交えながら、ビジネスのデジタル化とDXの最前線について解説する。連載第1回となる今回は、自動販売機と健康アプリを組み合わせた新しい価値の提供などでDXを推進するサントリーの事例を紹介する。
デジタル化で求められる3つの変革プロセス
企業変革が求められる現代において、その変革は、「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタルトランスフォーメーション」(DX)へと進化を遂げています。それぞれの変革プロセスには、異なる施策と戦略が存在し、それに沿って最終的な目的が達成されることになります。
その変革を個別に検証してみると、デジタイゼーションは、「ツールのデジタル化」として位置づけられ、単純なアナログからデジタルへの置き換えに始まり、ツール・ソリューションやIT基盤・システムの導入などの施策により、業務改善や効率化、コスト削減などが達成されることになります。
デジタライゼーションは、「プロセスのデジタル化」として位置づけられ、デジタルバリューチェーンの構築に加えIoTソリューションやデータオプスなどの施策により部分最適化が図られ、付加価値の向上により競争力が強化されることになります。
DXは、「ビジネスのデジタル化」として位置づけられ、企業には、エクスペリエンス戦略、データドリブン戦略、ヒューマンスキル戦略、アジャイル戦略の4つのアプローチが求められることになります。これらの戦略的アプローチをとることで、全体最適化による新たな価値の創造が図られることになります。
本連載では、デジタライゼーションとDXの事例を取り上げながら、具体的に役立つためのプロセスやビジネスのデジタル化の今を考察していきます。
サントリーが推進する「プロダクト」と「プロセス」のDX
第1回で取り上げるのはサントリーです。サントリーは創業(1899年)後、洋酒やビールなどアルコール飲料を主要事業としてきましたが、1980年代以降、清涼飲料にも進出し事業領域を拡大しています。酒造りと品質の確保から短期的利益を追求する株式公開は馴染まないとして非上場を貫き、1990年以降、海外事業強化のための企業買収を活発化させ、2014年には米国ビームを買収して経営統合によるシナジーを生み出すことに成功しています。
創業以来のDNA「やってみなはれ」の精神を受け継ぐサントリー。含意は、失敗を恐れず諦めることなく挑み続けることで新しい価値の創造を目指すことにありますが、この目的を達成する手段として、近年積極的に取り組んでいるのがDXです。
サントリーが取り組むDXは、顧客への新たな価値の提供という目的に照らして、「プロダクト」と「プロセス」の両面から進められています。
プロダクト面では、革新的な商品やサービスの提供を通して、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)や価値提供の変革、新たな市場の創出を目指します。
プロセス面では、既存業務の見直しや再設計を行うことで、生産、マーケティング、営業などそれぞれのプロセスにおけるオペレーションの効率化や高度化を図ることに加え、情報システム基盤の刷新や情報セキュリティの強化などを目指します。
サントリーがDXの取り組みとして着眼したのは、自社の「ケイパビリティ」と「デジタル活用」を組み合わせることでした。中でも、自動販売機(自販機)は、競合他社に負けることのないケイパビリティの1つです。なぜなら、サントリーの自販機は、すでに全国で強力な販売チャネルとしてのポジショニングを築いているからです。
2022年の飲料総研の調査によると、サントリー食品インターナショナルの自販機市場のシェアは、コカ・コーラグループ(34.7%)に次ぐ第2位で、22.1%を占めています。
それでは、この自販機を活用したDXはどのようにして進められたのでしょうか。それは、「顧客価値の創出」と「効率性の追求」という2つのアプローチから進められることになります。
「SUNTORY+」で顧客に提供する新たな価値とは?
顧客価値の創出では、生活習慣病の改善を目指して、自販機と健康アプリを連動させた「SUNTORY+(サントリープラス)」を展開しています。
(資料提供:サントリー食品インターナショナルのプレスリリースより)拡大画像表示
具体的には、顧客がヘルスケアサービスアプリであるサントリープラスにアクセスして質問に答えると、リスクチェック判定結果が示されます。この結果に基づいて、パーソナライズされた健康行動タスクが複数提示され、これらの中から、「朝食に牛乳を1杯プラス」「大股で堂々と歩く」「よく噛んで食べる」などのタスクを実行していくことで、健康行動の習慣化が図られます。
こうした健康行動を続けていくと自販機で健康飲料と引き換えができる飲料クーポンやポイントも付与されるので、継続性の後押しにもなります。このように、サントリープラスは、「ユーザーへの健康習慣の促進」という価値を顧客に提供しているのです。
このサントリープラスは、国際的に権威のある「iFデザインアワード2021」を受賞しています。iFデザインアワードは、ドイツのハノーバーに本拠を構える世界で最も長い歴史を持つデザイン団体「iF international Forum Design」が、毎年優れたデザインを選出し授与する賞です。
一方、効率性の追求からのアプローチでは、自販機の収益性の向上を目指して、自販機とAI(人工知能)を連動させた「AIコラミング」活動を展開しています。この活動は、自販機ごとに投入する飲料アイテムの推奨と在庫数の最適化をAIで行うというものです。
従来、自販機に投入する飲料アイテムは、本部からの指示により、オフィスや工場、学校など、設置先ごとに標準の品揃えパターンが決められ運用されていました。しかし、自販機ごとに顧客や飲み物のニーズが異なることから、個々の自販機の実際の品揃えは、入れ替え作業を行うルートセールスのスタッフの経験と勘に頼って決められていました。
ただ、ルートセールスのスタッフは、1人当たりの担当台数が100台を超える数に上るので、自販機ごとに細かい配慮をするのは難しい状況にあったため、すべての自販機で飲料アイテムの選択精度を高いレベルに保つことができず、需供のバランスを欠き、売り切れと売れ残りが生じるというのが実態でした。
このような状況から、経営上の課題が、逸失利益の回復にあることは明白でした。自販機1台当たりの収益性の向上を図るには、自販機における飲料アイテムの選択精度の向上と在庫数の最適化が必要不可欠です。
この領域をAIに置き換えることを目指して、AIコラミングが開始されることになります。この活動は、社内の組織とは別立てのプロジェクトとして進められることになりました。
新浪社長が宣言した生成AIを活用する仕組みづくり
プロジェクト開始当初、AIには知見がないことから、過去の販売データの集積と解析に加え、現場のルートセールスのベテランスタッフへのヒアリングが何度も行われました。この積み重ねにより課題の特定化が可能となり、AIのプロトタイプの作成が繰り返し行われることで選択精度の向上と最適化が図られて行くことになります。
AIコラミングでは、自販機に無線を取り付け、在庫状況を常時把握することで欠品を減らし効率性を追求する一方で、需要予測の精度を高めながら、より売れる飲料アイテムを、売れるタイミングで売れる場所に置き、売れる自販機を効率よくオペレーションする仕組みを構築することを目指して現在も取り組みが進められています。
AIコラミングの事例で注目すべき点は、次の2点に集約されます。
1つ目は、AIコラミングの活動がDX推進部やシステム部といった社内でDXを推進する部署ではなく、事業部が主導権を握って進められたことです。
自販機事業を推進する部署が、事業課題を解決する手段としてAIを取り入れ、デジタライゼーションを実現するに至ったことは、知見の無いゼロからの取り組みとして評価に値する活動です。
実際、本活動を主導したサントリー食品インターナショナルは、経済産業省・東京証券取引所が認定する「DX銘柄2022」に選出されています。
2つ目は、AIコラミングを進めるその先には、顧客価値の視点があることを見据えていた点にあります。
顧客の中には、自分がいつも利用している自販機でよく買っていた飲み物がラインナップから外されてしまったという経験を持つ人が少なからず存在します。そうした状況を回避するためには、それぞれの設置場所において、自販機の品揃えが顧客ニーズの最適解になっていることが求められることになります。AIコラミングがこの視点を見据えたものであり、顧客満足度の向上を図る活動であることは言うまでもないでしょう。
新浪剛史社長は、2023年11月に開催された第25回日経フォーラム「世界経営者会議」において、「新たな技術はゲームチェンジャーになることから、今後は社内に生成AIの仕組みを作る」と宣言しています。
そのための取り組みとして、社内に2000人以上いる50歳以上の社員を対象に生成AIの研修を受講してもらうとの考えを明らかにしています。生成AIの活用には、質問力が必要不可欠であることから、経験値の高いこの層を研修の対象にしているのです。
この点からも、新浪社長が主張する「技術に対する接点を経営者が作って行くことが大事である」との考えが読み取れるのです。

