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輸送力が不足し物が運べなくなる可能性が生じるとされる、いわゆる物流の「2024年問題」。働き方改革関連法の施行に伴い、ドライバーの時間外労働時間が規制されることが要因の一つとされているが、課題解決の糸口はあるのだろうか。物流に関する調査・分析・コンサルティングを行うNX総合研究所の常務取締役であり、国の検討会のメンバーとして物流の2024年問題への提言を行ってきた大島弘明氏に現状や対策など聞いた。
迫る2024年問題、物流業界の今
――物流の2024年問題が間近に迫っています。物流業界の反応や動向をどのように見ていますか。
大島 弘明/NX総合研究所 常務取締役1988年、日本大学卒業、(旧)日通総合研究所に入社。主にトラック運送事業における事業環境の変化や労働・安全問題、物流効率対策等の調査研究に従事。近年は、トラックドライバーの労働時間短縮等働き方改革に向けたコンサルティングも担当。ドライバー不足、2024年問題への対応等に関する講演や執筆多数。経済産業省、国土交通省、農林水産省による「持続可能な物流の実現に向けた検討会」委員を務めた。
大島弘明氏(以下・敬称略) 今年に入ってからは特に運送事業者、荷主の両方からのご相談が増えています。しかし物流の2024年問題に関する情報が、業界内に行き渡っているとは思えません。実際に、2024年問題とは何なのかという話から始めなければいけないことも少なくありません。
物流の2024年問題が生じる要因の一つとして、物流の要となるドライバーの時間外労働の上限が2024年4月から年960時間に規制されることが挙げられます。また労働時間の改善を目的に厚生労働省から出ている改善基準告示が改正されました。例えば1年間の拘束時間(ドライバーの始業から終業の時間)は、これまで年間3516時間であったところ、原則3300時間に短縮されます。それらの規制により、ドライバーの労働時間の短縮は稼働時間の不足に直結し、輸送力不足が起きると考えられています。
ただし、時間外労働の上限規制は、働き方改革関連法の一環で5年も前から進められてきたものです。他業種ではすでに規制が適用されていますが、トラックのドライバーはもともと労働時間が長いので一気に規制を入れると対応が難しいだろうという緩和措置によって5年間の猶予を与えられたのです。短時間労働に向けた実証実験などを行ってガイドラインを作成するなど、当社もお手伝いしてきましたが、労働時間はなかなか短くなってきませんでした。適用まであと1年を切って、やっと動きが出てきたと感じています。
(出所)NX総合研究所大島弘明氏作成の資料拡大画像表示
――なぜ2024年問題が十分に理解されていないのでしょうか。
大島 現段階では輸送を断られて運べなくなったという事例が目に見えるほど増えていないからでしょう。つまり窮地に立たされていないからです。
この30~40年、運送事業者が置かれていた状況は厳しいものがありました。対荷主、対社会に対して需給のバランスで供給過多になっていたからです。運送事業者はたくさんいて、荷主から選ばれるために過当競争をせざるを得なくなっていた時期が長く、物を言いにくい環境にありました。利益率が低くてもやらなければいけないことがあったはずですが、それでも運送事業者の多くは何とか事業を継続してきました。倒産する運送事業者が増えていたら、もっと状況は違っていたのかもしれません。
荷主も運送事業者から何も言われなかったので情報が集まらず、商習慣を見直す必要を感じていなかった。旧来の商習慣を考えると理解が進まなかった理由は明白といえます。
取引条件の見直しが、運送事業者の働き方を変える
――2024年問題については、国も対策を示していますね。
大島 2022年9月から経済産業省、国土交通省、農林水産省の「持続可能な物流の実現に向けた検討会」が始まり、その場で議論を重ねてきました。物流の2024年問題に何かしら対策を講じないでいれば、2030年度には34%の輸送力不足が起きる可能性があるとし、2023年6月には荷主、物流事業者、一般消費者が協力しながら物流を支えていくための環境整備についてまとめた「物流革新に向けた政策パッケージ」を決定しました。
私も検討会のメンバーの一人として、運送事業者の自助努力だけでは物流環境を維持できない、荷主や社会の協力が不可欠であるという方向性を示すことができた点は、非常に意義のあることだったと思っています。
――議論ではBtoBが中心のようですが、BtoC、いわゆる宅配はどうでしょうか。
大島 検討会では宅配も含めたBtoCの話も出ています。しかし、BtoCの貨物輸送量は、営業用トラックでの輸送トン数の2%程度にすぎません。例えば一般消費者がAmazonで商品を注文し、自宅に直接届くところはBtoCですが、メーカーなどがAmazonの物流センターに商品を送るのはBtoBです。やはりBtoBの解決が急がれます。
ただ「物流革新に向けた政策パッケージ」のなかでも、不在配達、持ち戻りは輸送効率が下がるため、置き配などを促進する取り組みは必要だと提言しています。コロナ禍を経験したこともあり、一般消費者も置き配を受け入れ始めています。企業で働いている方々は一般消費者でもありますから、実体験から物流2024年問題解決の重要なカギである運送事業者と荷主の間の取引条件に着目するきっかけにもなればと思っています。
――運送事業者と荷主の取引条件が、どのように重要なのでしょうか。
(出所)経済産業省「持続可能な物流の実現に向けた検討会 中間とりまとめ」拡大画像表示
大島 運送事業者へのオーダーの内容は、いわゆる着荷主と呼ばれる荷物の届け先と、発荷主という荷物を出す側との間で取り交わされます。発荷主にとってのお客様は着荷主なので、例えば着荷主から8時に荷物を届けてほしいと言われたら、発荷主が運送事業者に8時までに荷物を運ぶよう伝えます。ところが運送事業者が荷物を持っていくと、トラックが列をなしていて、なかなか荷物を下ろすことができない。これが運送事業者の労働時間を長くしている要因の一つとされる荷待ち時間です。
仮に1時間でトラック5台分の荷物しか下ろせないなら、8時に5社、9時に5社と時間をずらせば荷待ち時間が減ります。では誰が5社ずつにしようと言ってくれるのかというと着荷主です。着荷主から言われないかぎり、発荷主は何時までに届けるという取引条件を変えられませんし、クライアントに取引条件を変えてほしいとも言い出しにくいでしょう。
ただこの流れは変わってきていて、着荷主も自分たちが出していた条件が、運送事業者の負担を大きくしていると理解し始めています。商慣習として当然だと思っていただけで、言ってもらえたら改善できたという気付きも得られているようです。
サプライチェーンの連携で、2024年問題に取り組む
(撮影:今祥雄)
――物流の2024年問題の深刻さはどの地域や業界でも同じでしょうか。それとも、地域や業界によって違いがありますか?
大島 基本的には、この地域だけが極端にということはないと思いますが、例えば長距離で農産品を運ぶというケースでは支障が出て、スーパーの棚に並ばなくなることはあるかもしれません。収穫から1日遅れは可能でも、時間外労働などのルールを守ったら、当日輸送は無理といったことも出てくるでしょう。
また業界別でいえば、過去の調査で特に荷待ち時間が多いのは加工食品、建設資材、紙パルプという結果が出ています。国土交通省が2017年に行った調査によると、荷待ち時間は平均で1時間45分でしたが、業界ごとの差は多少なりともあります。ただ具体的な調査が始まって、自分たちの業界の荷待ち時間が長いことを認識し、改善に向けた努力につながっているという面もあります。
――2024年問題が各業界の課題解決のきっかけにもなっているということですね。
大島 その通りです。物流業界にとっても、2024年問題が大きなハードルであることはもちろん間違いありませんが、トラックのドライバー不足という長く抱え続けてきた問題解消、働き方改革につながると捉えています。ドライバーという仕事に魅力を感じても、労働条件が合わなければ人材は集まりませんし、長続きしません。この足元の問題を変えていかない限り、真の意味で2024年問題を契機とした持続可能な物流を実現することはできません。
運送事業者はドライバーを確保できなければ商売を維持できませんから、ドライバーの労働条件の改善に積極的に取り組んでいただきたいと思います。反対に荷主側は今までと同じことをしていては運送事業者に逃げられると肝に銘じて、真剣に向き合っていただきたいですね。
――新しい取り組みとして、注目している動きはありますか。
大島 企業や業界の垣根を越えた物流事業の協業に注目しています。たとえば味の素、カゴメ、日清オイリオグループ、日清製粉ウェルナ、ハウス食品グループ本社の国内食品メーカー5社が出資し、2019年に立ち上げたF-LINEの取り組みがあります。味の素物流、カゴメ物流サービス、ハウス物流サービスの物流事業を一つにまとめ、共同配送を行っています。
また、メーカー、中間流通・卸、小売が連携することで、サプライチェーン全体の無駄をなくしていくために取り組んでいる製・配・販連携協議会が、トラックなどの輸送手段と倉庫をシェアリングさせるフィジカルインターネットの実現に向けた検討を進めるなどの動きが出ています。
さらに、異なる業界の企業が連携する動きとしては、製紙メーカーの大王グループと食料品メーカーのサントリーグループが長距離輸送で両社の製品を混載し、積載率や輸送効率を高める取り組みを進めています。
2024年問題は個別の取り組みでは対応しきれないところまできているので、こうした垣根を越えた取り組みやサプライチェーン全体の動きに注目しています。
