顧客視点で課題解決志向を浸透させていく

 独自の研究開発と高度な生産技術により、幅広い顧客ニーズに対応した製品を生み出してきた建設機械メーカーの日立建機。DXへの取り組みにも積極的で、経済産業省と東京証券取引所が選定する「DX銘柄2022」の「DX注目企業」にも選定されている。2021年に日立製作所から移り、前年に発足したDX推進本部の副本部長に就任したのが桃木典子氏だ。DXに必要となるアプリや基盤の開発展開をメインにデジタル改革に挑む桃木氏に、これまでの成果や今後の取り組みを聞いた。

――日立建機がDXに取り組むようになったきっかけを教えてください。

桃木 弊社は建設機械のメーカーとして、同業他社さんと同様にハード性能面などの強化を長らく推進してきました。ところが近年、インターネットをはじめとするデジタルの普及で世の中が急変したこともあり、ハードウエアだけでなく、日立建機の真の強みを改めて追求しました。その結果、泥臭いですが、お客さまにしっかり寄り添いサポートしていくことであると認識しました。

 弊社ではCustomer Interest First(顧客課題解決志向)(以下、CIF)と表現していますが、お客さまが何をしたくて何をサポートしてほしいか、どう寄り添ったらよいかをしっかりと私たちがアラインしていかなければいけない。お客さまは安全性や生産性を上げたい、ライフサイクル全体でコストを下げたいなど、さまざまなお悩みをお持ちです。それにきちんとアラインできる企業になっていくには、顧客視点でのCIFの浸透が不可欠だということになったのです。

 それを実現させるためには、他社が模倣できないようなお客さまへのサポートや、お客さまの課題解決の手段としてデジタルを活用できる文化を作る必要がある。そこで、2020年4月に従来からITを推進・管理していたメンバーと、事業部から選抜したメンバーで構成されるDX推進本部が発足し、本格的な業務改革をスタートさせました。

――今後、さらにDXを推進するためのステップを教えてください。

桃木 2030年に向けて、DX推進と人材育成を4段階のステップで考えています。最初は、CIFへのチャレンジ。2つ目は、パートナーと一緒にお客さまに寄り添った改革をしていくこと。3つ目は、弊社には新車や中古車販売のほか、レンタル提供といった形態がありますが、お客さまが必要なときに必要なものを提供していくというサプライチェーンの改革への取り組みです。そして、最後が現場の改革。生産性を上げるためには、工場の現場や在庫の最適化も不可欠ですから。この4つのステップは同時並行で検討・推進中です。中でも今、特に注力しているのは、1つ目の顧客接点ですね。

――具体的にどのようなことを行っているのでしょうか。

桃木 昨年の12月から、お客さまをサポートするための「営業支援アプリ」というデジタルツールを国内で稼働させました。これは、営業担当者がお客さまの保有機械の稼働状況や取引履歴、メンテナンス計画などの情報を、タブレットなどで瞬時に把握できるアプリです。これを活用することで、例えば「急に工事の予定が入り、機械が必要になった」というようなお客さまの困りごとにも迅速にお応えできるようになりました。具体的には、機械の在庫の有無や価格、レンタルを含めた提供形態など、お客さまがすぐに知りたい情報に基づく最適な提案を、お客さまの目の前でシミュレーション可能となりました。これを、国内の営業を担っているグループ会社、日立建機日本の全国の営業担当者約1000人が実現できるようになったことは、CIFへの貢献が大きいと考えています。

 また、デジタルでさまざまな取り組みをやろうとすると、DXのための基盤が必要になってきます。以前は、建設機械の稼働情報や、生産・販売・在庫などの業務情報は、それぞれ別個に管理されグローバルに散在していました。それを一元管理するためにクラウド上にデータレイクを作り、いつでも欲しい情報を抽出できるDX基盤を日立製作所とともに構築しました。「営業支援アプリ」も、こちらのデータを使用しています。

「営業支援アプリ」の使用イメージ

業務とITの一体化が改革のスピード向上につながる

――DX推進にあたり、直面した課題はありますか。

桃木 一番の課題は、DXのモデルテーマである「営業支援アプリ」の構想や効果が、最初はなかなか経営幹部に伝わりにくいことでした。やはりデジタル改革というのは、取り組みたいことが曖昧ですよね。しかも、その取り組みが正解かどうかも分からない。それを解決するために行ったのが、CIF世界観デモストーリーの作成です。お客さまの困りごとと「営業支援アプリ」の具体的な利用シーンを5分くらいのスト―リー絵にして見せることで一気にイメージしやすくなり、納得してもらうことができました。

 2つ目は、どうやってDXを推進していったらよいか分からなかったという点です。まず外部のコンサルの方にご指導いただきながら手探りで進めていきました。その中で特に、重要性を感じたのは、ユーザー視点で課題を見いだす力、短期で形を作る力でした。そこで、実業務見識を有するメンバー、業務見識者の見識を実現策に落とし込むメンバー、必要なアプリをアジャイルでプロト開発できるメンバー、を1チームにして改革ユニットを作りました。業務とITに分かれず一体となって行動することで、プロト構築や効果検証のスピードの向上につながりました。

 また、通常の基幹システムの開発は、計画的に作り込むと2~3年かかるものですが、アジャイル開発で「とにかく短期間で結論を出し続ける」というやり方に変えるのは非常に大変でした。ですが、お客さまから頂く「いいね」の数がどんどん増えていくと、そのやり方が間違っていなかったのだと体感できる。それを続けていくうちに、デジタルを進める際のわれわれなりの技法ができてきたので、今度はそれをプログラム化して、いろいろな部署で、横串で展開できるようにしたいと思っています。

――「営業支援アプリ」もDX推進の成果だと思いますが、ほかに手応えを感じていることがありましたら教えてください。

桃木 業務の効率化でしょうか。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による業務の自動化も、国内・海外合わせて相当数行っており、400近くのロボットが動いています。そういった現場での小さな改善を含めて、今チャレンジもしていますし。昔だったら全部IT部門にお任せだったところを、IT部門に所属していない人たちも、RPAなどのツールを使って改革に取り組んでいたりとか。この1年ほどの間にそういう人たちが何百人という勢いで増えて、エンドユーザーコンピューティングが進んでいます。
企業の中で、システム開発や運用を主導すべき情報システム部などではなく、現場の担当者が主導し、システム開発を担当したり、もしくは自らプログラミングなどを行う行為

 私は、本当の意味でのDX推進というのは、デジタルでチャレンジしたいという思いのある種をどれだけ増やせるかだと思っているので。社内にデジタルでチャレンジしようとする人たちが増えて、グローバルで取り組まれているという状況は、推進してきたわれわれから見ても素晴らしいことだなと思います。

 そうした社員のモチベーション維持のために、年に1回社内アワードを開催しています。コロナ禍になってからはオンラインになりましたが、海外の社員とも画面を共有して。表彰式では、こちらが表彰状をエアで渡すと向こうの画面でもエアで受け取ったり。その様子を社内報に掲載することもあります。

日立建機の本社ビルは東京都台東区にある

人材育成は企業文化を作るように粘り強く取り組む

――今後の取り組みについて教えてください。

桃木 日立建機は売り上げの約8割が海外ですので、北米・東南アジアをはじめとする海外拠点とのデジタルチャレンジが必要だと思います。もちろん、今もいろいろな取り組みは行っていますが、今年度は「営業支援アプリ」の海外展開にぜひチャレンジしていきたいですね。

 もう1つは人材育成です。現場の担当者には、一般的なデザインシンキングやアジャイル開発の技法などを学ぶための教育ツールを活用していますが、やはり改革というのは若手を中心にした柔軟な発想で取り組む必要があると思うのです。そこで昨年、デジタルでチャレンジしたい若手の意見を尊重した育成プログラムを初めて作り、実行しました。受講者を数チームに分け、その中に「改革ユニット」の3つの機能を置いて、“会社をどんな世界観に変えていきたいか。そのためにはどんなデジタルがあったらよいか”というのをデザインシンキングで考えるという内容で、約3カ月間行います。最後は、社長にプレゼンするのですが、実際に予算化され、実現に向けて今まさに取り組んでいる案件もあります。今年はこのプログラムをCIFに向けてバージョンアップして、また違うメンバーにも参加していただいて、新たな種を増やしていけたらいいなと思います。

 経営幹部や中間管理職の方々には、外部の育成プログラムを受けていただいています。やはり、自分たちの世界しか知らないと、気付けないことも多いですよね。異業種・同業種にかかわらず他社がどう動いているかを知ることで刺激を受け、“自分たちは何を見直したらいいか”を考えるきっかけにもなりますので。研修などで何度も繰り返し行うことが重要です。もちろん、弊社の長い歴史の中で築いてきた良い文化習慣もありますし。世の中の変化やお客さまのニーズに応えるために変わらなければいけないところもあります。守るものと変わらなければいけないもの、両方をうまくミックスしながら。人材育成というのは、企業文化を作るのとほぼ同じことなので。粘り強く取り組んでいきたいと思っています。

――DXへの取り組みに悩んでいる企業にアドバイスをお願いいたします。

桃木 われわれもDXへの取り組みを始めたばかりで、ノウハウやすごい実績があるわけではないですが、やってみて分かったことが幾つかありますので、少しでもお助けになればと思います。

 1つは、DXの世界観のイメージづくりですね。先ほどCIFのところでお話しした世界観デモストーリーは、みんなが共感してやりたい方向を認識するのに有効ですので、ぜひお勧めしたいです。

 2つ目は、われわれ自身にも強く言い聞かせていることですが、やはり顧客価値の追求が重要だと思います。日立建機は製造業ですので、製品を作ってそれを使っていただくことがメインとなりますが、最後のお客さまに使っていただくところからバックして考える。お客さま視点に立って意識改革していくということを大切にしています。これは、どの企業さまにも当てはまるのではないでしょうか。

 3つ目は、アジリティというかスピードですね。“大きな仕掛けで1年後、2年後に結果を出す”ではなく、短いスパンで、小さくてもよいので結果をどんどん出していく。これまでの日本の企業だと、慎重に検討してしっかりしたものを出していくという文化が多かったと思いますが、やはり世の中の激しい変化に対応していくには、とにかくアジャイルで価値を生み出していく。このやり方を身に付けることが重要だと思います。

左が日立建機日本 マーケティング戦略統括部 部長代理 阿部聡司氏、右が日立建機 DX推進本部 DX改革統括部 統括部長 龍尾信哉氏。中央が日立建機 DX推進本部 副本部長の桃木典子氏