各国のビジネスパーソンと仕事をすることが珍しくなくなった昨今、外国人と食事を共にするシーンも少なくない。
そんなとき、カジュアルなランチの場として利用したいのが
すき家だ。
和風の味付けながら、肉を多く使った牛丼なら和食に慣れていなくても食べやすく、物珍しさもある。外国人向けガイドにも『Gyudon』として紹介されるなど、牛丼店は注目のスポットなのだ。
円高の中にあっては、リーズナブルさも際だつだろう。
ビジネスでもこれを利用しない手はない。なにより、一緒に並んで牛丼を
ほおばれば、相手をより身近に感じられる。これから始まるのは、外国人とのすき家体験をモデルに構成されたショートストーリー。
ぜひとも、牛丼を通じた国際交流をお試しあれ。
新興国から日本に農業技術を学びにやってくる研修生は年々増加中だ。県の農業指導教官を務める私のところにも、毎年のように世界各国から人種もお国柄も違う研修生がやってくる。
今回私が担当することになったのは、東アフリカのタンザニアからやってきたンガッサ君。もともと人なつこい好青年だが、彼とはコーヒーをきっかけに親しくなった。
タンザニアと言えばキリマンジャロ。コーヒーにはちょっとうるさいと自負する私が、話のきっかけにそのことを持ち出すと、彼はちょっと渋い顔をした。
「岡田サン、日本でキリマンジャロコーヒーが好かれているのはうれしいけど、ピュアなものは少ないよ。30%入ってたらキリマンジャロと呼んでいい決まりだからネ」
とンガッサ君。コーヒーはタンザニアの主要農産物だ。それだけに、彼は日本へ行く前にコーヒーがどう流通しているのか調べてきたのだという。
「詳しいな、勉強家だね。確かにその通りだが、私がよくいくモリバっていうコーヒーショップ、あそこのキリマンジャロはうまいよ。今度本場の舌で確かめてみてよ」
ある休日、ンガッサ君をモリバコーヒーへ連れて行くと、彼はキリマンジャロを一口飲んで驚いた。
「うん! これは確かに本物だネ。これこそキリマンジャロ。岡田サン、いい舌してるネ!」
それからだった、彼が私を指導員として本当に信頼してくれたのは。
研修が始まってしばらくたったある日のこと、どうもンガッサ君がふさぎ込んでいる。彼は本来あまり落ち込むタイプではない。互いにカタコトの英語だからもどかしいが、詳しく事情を聞いてみると、畑での実地研修の時、ミスをして仲間たちに怒鳴られてしまったらしい。
「岡田サン、僕、どうしたらいいですか」
言葉も習慣も違う人間が集まるのだから衝突も起きるし、研修生なんだからミスしたってあたりまえ。みんなもわかってくれるさ、と慰め、同じ班の先輩である中国人のリー君とベトナム人のビン君を連れてくる。2人とも、私が担当する研修生だ。こういうときはこじれる前に腹を割って話すのが一番の解決策だ、と私は思っている。
案の定、2人はンガッサ君のミスなどまったく気にしていなかった。その場でつい口に出たお国言葉が、意味の通じないンガッサ君には重く感じられてしまっただけだったのだ。
ほっとしたところで、いい機会だし3人を連れて食事に出かけることにした。他人同士が打ち解けるには同じ釜の飯を食うのが早道だ。
とはいったものの、国もバラバラな3人、いったい何を食べたものか。車を幹線道路に乗り入れながら、立ち並ぶ看板を眺めていると、リー君が赤と黄色の看板を指さして声を上げる。
「食其家(すき家)! 岡田サン、食其家がありますよ! 食其家にしましょう!」
どうやらリー君は上海で食其家ことすき家に行ったことがあるらしく、一人で盛り上がっている。中国にすき家があるとは驚きだ。ビン君もベトナムで牛肉をのせたご飯やフォーを食べたことがあるとかで乗り気。私は……もちろんすき家が牛丼店とは知っていたが、牛丼と言えば若い人が肉をがっつり食べるためのものと敬遠していて、まともに食べた記憶はない。
アフリカ育ちのンガッサ君に牛丼をおおざっぱに説明すると、タンザニアでも牛肉もライスも食べるから大丈夫、食べてみたいという。それじゃあ、と駐車場に車を入れる。
ここでも張り切るのはリー君だ。今では日本のレストランチェーンが中国に進出することは珍しくないが、食其家(すき家)は日本と同じように誰でも入れる気軽なお店として愛されているのだとか。
「中国の食其家(すき家)の牛丼は《niu dong》っていうんですよ」とリー君。
一方ビン君によると、ベトナムの都市部ではそのまま《gyuudon》か、beef bowlを現地語に訳した《bát tht bò》あたりが通じるそうだ。
タンザニアのンガッサ君はさすがに牛丼初体験だが、現地のスワヒリ語でいうとしたら、一般的には《wali nyama》かなあ、とのこと。
同じ牛丼がいろんな言葉になるもんだなあ、と面白く感じる。
牛丼といえば並と大盛りぐらいだと思っていたのに、立派なメニューがあることに驚く。ずらりと並んで、何を頼んでいいか悩むくらいだ。
リー君は日本でしか食べられないメニューを、と悩んで、一番新しい牛まぶしを注文。
ビン君は3種のチーズ牛丼、
ンガッサ君は初めてと言うことで基本の牛丼、
そして私はさっぱり食べられそうなおろしポン酢牛丼を頼む。
3分と待たず全員のどんぶりが並ぶ。このスピードには私も含めた全員がびっくり。多国籍の我々に対する店員さんの接客も親切で、3人ともサービス面にも感心していた。
「好吃!(ハオチー!)」 最初に感想が飛び出したのはやはり先輩格のリー君。牛まぶしは、丼の牛丼を半分ほど食べ進んだところで熱々のだし汁をかけ、一杯で2つの味を楽しめるのが人気の新メニューなんだとか。カツオ風味のだし汁にワサビと粒山椒の薬味が香り高く、なんともうまそうだ。
「Ngon qua'!(ンゴン クァー!)」
ベトナム語の《おいしい!》はビン君。牛丼にチーズというとミスマッチに思えるが、とろけて糸を引くチーズが肉にからんで見た目にも食欲をそそる。個性的な3種のチーズと醤油ベースのツユの匂いが思いのほか調和して、若い人にはもちろん、洋食にもつい醤油が欲しくなる世代の私でも楽しめそうだ。
さて、かくいう私も牛丼は初めて。たっぷりのおろしポン酢を肉にからめて口にほおりこむ。
「む……。うまい」
牛丼なんだから味は想像が付くと思っていたのが、実際食べてみると予想以上だ。甘辛いツユで煮込んだ牛肉とタマネギ、ただそれだけといってもいい料理なのに、どうして箸がとまらないんだろう。肉をがっつり食べたい歳ではないのだが、おろしポン酢のさっぱりした後味で、丼一杯は軽く食べられてしまう。
初めての牛丼を前におっかなびっくりだったンガッサ君も、もぐもぐと確かめるようにゆっくりかみしめた後は、満面の笑顔。
「Tamu sana!(タムサーナ!)」
どんな言葉でも《うまい!》のひと言は人を和ませる。この牛丼と同じ、シンプルだからこそ誰の心にも響くのだろう。
ンガッサ君もすっかり打ち解けて、仲間たちと丼をつつき合っている。すき家のおかげで思わぬ国際交流が果たせることになった。
食わず嫌いだった牛丼に満足してふとメニューを眺めていると、なんと飲み物リストにコーヒーがあるじゃないか。牛丼店でコーヒー!?
とはいえ食後の一杯が欠かせない私としては頼まないわけにいかず、店員さんに全員分を注文する。一杯たった100円、しかも場違いな牛丼店ということで期待せずに口にしたのだが……。
「あれ!? うまいぞ!」
思わず声が出る。適度な苦みと酸味、どこかフルーティーな香りと味わい。期待以上どころか、上々の味じゃないか。そば屋のカレー、とはよくいうが、まさか牛丼店のコーヒーがうまいとは……。
ンガッサ君も興味深そうに香りをかぎ、一口すすって舌の上で味を確かめる。
「ホント! おいしいネ! これ、どこのコーヒーですか?」
店員さんに聞いてみると、東南アジアの東ティモールからフェアトレードでコーヒーを調達しているという。すると、ンガッサ君がフェアトレードという言葉に大きく反応した。
詳しく聞きたいというンガッサ君のため、手の空いたときを見計らって店長さんに来てもらう。
「ええそうです。すき家を始め、ゼンショーではコーヒー豆生産者を直接訪ねて、適正な価格でコーヒー豆を購入するようにしています。作り手の農家それぞれの事情や要望に合わせて、健やかな農地と農業環境を守れるよう、協力させていただいているんですね。それと同時にですね、基本的に商社を通さずに直接買い付けすることで、コストも抑えられるし、栽培状況からお客様のお口に届くまでの安全性も確保できるんです」
店長さんによると、なんでも食品安全追求本部の社員さんが産地を訪問し、農地や保管庫から運搬、積み出し港までを実際の目で確認しているんだそうだ。ンガッサ君はもちろんのこと、農産物の公正な取引は人ごとじゃない、とリー君、ビン君も真剣な顔で話を聞く。
さらにンガッサ君がタンザニア出身と聞いた店長さんは、驚いたようにこう続けた。
「そうなんですか! でしたら、ゼンショーのコーヒーショップでは、100%キリマンジャロの裾野で取れたコーヒーをお出ししていますよ。もちろんフェアトレードで購入した豆です。《モリバコーヒー》っていうチェーンですよ」
私とンガッサ君は顔を見合わせる。そうだったのか! おいしいはずだ。
その少し後、ンガッサ君が私に打ち明けた。
「すき家の牛丼とコーヒー、ゴチソウサマです。おいしかったです。あんなに安くておいしいのに、店員さんも優しくて、なによりフェアなビジネスをしているんですネ。岡田サン、僕、日本に来てよかったよ。いっぱいいいところを学んで帰りたいと思いマス」
ンガッサ君はそういうと私に握手を求めた。
「Asante, Asante sana!(アサンテ、アサンテサーナ)」
祖国の言葉で礼を繰り返す。
一杯の牛丼とコーヒーが、アフリカの彼と日本の私とを信頼の絆で結んでくれた。おいしいものは世界の共通語。私も農業指導員の端くれ、食の担い手の一人だ。《農》を通じて、もっとみんなとわかり合えるよう努力しなければ、と姿勢を改めさせられた。ありがとう、すき家。
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