文=渡辺慎太郎

メーターの画面は数種類が用意されている。写真のように、3Dのような立体感のあるグラフィックも選べる

リーマンショックを上回るほどの厳しさ

 「コロナ禍の影響を受けた業種」というと、どうしても飲食業や観光業や医療関係など身近なところに目がいってしまいがちですが、自動車産業もリーマンショックを上回るほどの厳しい状況に追い込まれています。工場の操業停止や販売店の時短営業などにより自動車の供給体制がままならないだけでなく、そもそもこんな時期にマイホームの次に高額なクルマを買いたいという気持ちになる人がそんなにたくさんいるはずもなく、しばらくはこうしたムードが続くと思われます。 

 新型コロナは発症までに約2週間かかると言われていますが、クルマの開発には最低でも4年は必要で、自動車メーカーは数年先までの商品企画を立てています。だからたとえ市場が落ち込んでいても、新型車の発表は予定通り行わざるをえません。同時に、いまが厳しいからといって新型車の開発をやめてしまうと、数年後に世に送り出す商品がなくなってしまうわけで、前へ進むしかないのです。
 新型車の発表は、これまでなら報道関係者を多数招いて盛大にやっていたもののそういうわけにもいかず、どこの自動車メーカーもオンラインに切り替えています。こうしたオンライン発表会の中には、視聴者をメディアに限定せず広く一般にも見られるようにしているところもあって、地球上のどこにいてもそれが見られるというのはむしろ歓迎すべき事態と言えるかもしれません。

 自分の周りでもオンライン発表会を楽しんだ人は多く、特にメルセデス・ベンツ新型Sクラス、BMWの電気自動車iX3、マセラティ・ギブリのハイブリッドモデルなどは反響が大きかったです。そして自分のところにもっとも多く質問が寄せられたのはメルセデスの新型Sクラスについてでした。

 

ドイツ本国よりも頻繁に遭遇する東京

 メルセデスのフラッグシップモデルであるSクラスに遭遇する機会が、ドイツ本国よりも東京のほうがずっと頻繁であることは明らかで、だからみなさんがその新型に興味を持たれるのは必然なことだと思ういっぽうで、今回質問が多かった最大の理由は他にあると思っています。“新型Sクラスの発表”といっても、厳密に言えば正式な発表は今年9月が予定されており、今回お披露目になったのは新型Sクラスに採用されるHMIのみだったのです。だからエクステリアデザインやパワートレインの詳細はいまだ分からないままなので「で、新型のSはつまりどうなの?」「どんな格好してるの?」など、むしろ期待が高い分だけ余計に疑問も多くなってしまったようです。

 残念ながら、自分も実物の写真はまだ見ていないし、もちろんドライブもしていないのでそれらの質問にお答えできないのですが、発表になったHMIからある程度の推測はできると思います。

それぞれのディスプレイで独立した操作が可能であると同時に、その画面を他とも簡単に共有できる

 “HMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)”は要するに、センターコンソールに設けられたモニターを核とする車両のさまざまな機能や装備のことで、今回は主にセンターディスプレイ、ヘッドアップディスプレイ、メーターパネルの3ヵ所ついて公開されました。その内容は有機ELディスプレイや3Dグラフィックスや生体認証やジェスチャー機能やARやAIなど、さながら最先端技術のショーケースのようになっています。

 センターディスプレイには有機ELを採用。解像度が高く鮮明なグラフィックを映し出すだけでなく、直接触っても、あるいは画面の前で手を動かすだけでも反応するようになりました。エアコンの調整スイッチもグラフィック内に収められたので、いわゆる機械式スイッチは旧型より27個も少なくなっていますが、ヘッドライトやワイパーのスイッチは安全性と深い関わりがあるため、これまでのやり方に慣れ親しんだ我々が直感的に操作できるよう、あえて従来通りのまま残しています。

 

“My MBUX”に進化

 メルセデスはすでに“MBUX”と呼ぶ音声入力を柱にしたHMIを導入していますが、新型Sクラスではこれが“My MBUX”に進化しています。指紋認証/顔認証/音声認証などの生体認証システムを使ってドライバーを特定。シートポジションやラジオ局のメモリーなど、さまざまな機能を自動的にパーソナルな設定とします。この個人プロファイルはクラウド上に保存するので、例えばメルセデスの他の車種で“My MBUX”搭載車であれば、情報を共有することも可能。また、リヤシートには最大3個のディスプレイを設置でき、それぞれがまったく異なるコンテンツを表示できるだけでなく、後席でナビゲーションの目的をセットして、それを前席のディスプレイに表示させるなど、他のディスプレイと共有することもできるようになりました。

 音声入力の「Hi Mercedes」の対応言語は27種類に拡大。これまで以上に自然な会話でのやりとりが可能となり、日本人が話す英語など非ネイティブスピーカーの言葉はAIによる学習機能が対応し、使えば使うほど認識率が向上するそうです。慣れない英語で「ちょっと寒い」と言っても、24度のエアコン設定温度が24.5度になるなど、自分の好みを熟知した執事のような応対をクルマがしてくれるわけです。

新型Sクラスの中央には、やや縦長の有機ELディスプレイが採用される。フィードバック付きのタッチ式でもあるし、画面に触れずにディスプレイの前で手を動かすだけでも反応するという

 ヘッドアップディスプレイにはAR(拡張現実)を採用、目の前に広がるリアルな風景にバーチャルな視覚情報を重ねて表示します。例えば、この先の交差点を左折する場合、ヘッドアップディスプレイに現れた矢印がクルマの動きに呼応して動いて、ドライバーに分かりやすく進路を表示するようになっています。また、メーターパネルはドライバーが任意でグラフィックの種類を選択できるようになっており、中には裸眼でも3Dのような遠近感のある表示も用意されています。

 ジェスチャー機能はすでに採用しているクルマもありますが、新型Sクラスではステップアップしているようです。サンルーフのそばで手を動かせば開閉ができるだけでなく、リヤウインドウのほうを向くとサンシェードが開閉したり、アウトサイドミラーを見るだけで、これまでのように右か左かをボタンで選ぶ手間が必要なく、すぐにミラーの角度調整が行えるようになりました。

 この他にも、ここには書き切れないほどの機能や装備が新型Sクラスには搭載される予定です。新型Sクラスはいつの時代においても、その登場はドラマチックで我々が思わず「おおぅ」と声を挙げてしまう仕掛けが必ず仕込んでありました。メーカーを代表するフラッグシップモデルはそうあるべきというメルセデスの哲学が、今回の新型車にも宿っていることだけは確かです。