生物多様性の損失を食い止めて回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」という概念の重要性が経済界で高まっている。特に注目されているのが、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に続く新たな枠組みとして、2021年に発足したTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)だ。自然資本への事業リスクや機会を開示しようという動きが広がりつつあるなか、世界に先駆けて情報開示しているのがキリンホールディングスである。いち早く自然関連情報を公表できた理由や、今後の克服すべき課題などについて、同社の常務執行役員でCSV戦略を担当する溝内良輔氏に話を聞いた。
シリーズ「サステナビリティ経営の最前線」ラインアップ
■経営戦略のど真ん中にある「日立グループのサステナビリティ戦略」に学べ
■企業のサステナビリティ活動、生活者はどう見ている?
■キーパーソンを直撃、「サステナビリティ経営のトップ」を目指すKDDIの現在地
■川崎重工執行役員が語る、目指すサステナビリティ貢献の切り札は“水素”だ
■4チームが切磋琢磨、セブン&アイがサステナビリティ経営で目指す2050年の姿
■サステナビリティ活動の全てを公表するセブン&アイの本気
■生保会社だからこそ「本業と不可分」、ニッセイ流サステナビリティ経営の全貌
■「ESGは陰謀」なのか?日本企業が直視すべき環境対策が経営を左右する事実
■企業理念が価値創造の原動力に、オムロン独自のサステナビリティ経営とは
■サステナビリティのリーダーたちが語る、CSVを実現させる協働のあり方
■アサヒグループのSDGs推進会社アサヒユウアスが掲げる「共創ビジネス」の極意
■循環経済への対応は一丁目一番地、三井化学・芳野専務が語る事業変革の決意
■キリンが先駆的に注力する環境経営の取り組み「ネイチャーポジティブ」の真価(本稿)
■ラッシュジャパンの実例に見る、ビジネスとネイチャーポジティブの両立法
■環境負荷削減とコーヒーのおいしさ向上を追求、UCCの発明「水素焙煎」の真価
■マツダ社長が語る電動化、「めんどくさいクルマ好き会社」の一味違う現実解
■ボルボ・カー・ジャパン不動社長が追求するESG時代の「プレミアム感」とは
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「長期環境ビジョン」で掲げた4つの環境課題とアプローチ
――キリンホールディングスが、グループを挙げてCSR(企業の社会的責任)からCSV(社会的価値と経済的価値の両立)経営へと舵を切ったのは2013年でしたが、環境経営についてはいつ頃から意識されてきたのでしょうか。
溝内良輔氏(以下敬称略) われわれは2050年を見据えた「キリングループ長期環境ビジョン」を2013年に策定し、資源循環100%社会の実現に向けた取り組みとして、「生物資源」「水資源」「容器包装」「地球温暖化」というプライオリティの高い4つの課題を設定しました。現在は「キリングループ環境ビジョン2050」へと改訂し、社会全体へのポジティブな影響を与えられるものへと進化させています。
さかのぼると1992年にリオデジャネイロ(ブラジル)で地球サミット(国連環境開発会議)が開催されましたが、当社ではその前年の1991年ぐらいから地球環境問題についての取り組みを始めました。
ある国では干ばつで渇水が起こる一方、違う国では大雨による洪水が頻発するなど、水資源問題は気候変動に深く関わっています。ビールや清涼飲料を製造販売しているキリンにとって最も重要な原料といえるのが水ですので、1990年代後半から水源の森を守る活動に着手しています。
また、容器の軽量化にも取り組んでいます。ペットボトルや瓶は重量を減らし、ダンボール箱もコーナーをカットして使用原料を少なくすることで、コスト削減だけでなく、温室効果ガスも削減し、気候変動問題に貢献できます。
――キリングループのあらゆる商品の原材料となる、農産物を中心とした生物資源の持続可能な利用方法を考えていくこともとても重要ですね。
溝内 2010年に名古屋市で生物多様性についての初のグローバル会議となるCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が開催され、その時のディスカッション内容はわれわれもしっかり調べました。
気候変動によって平均気温が高くなると、地域によってはビールの原料であるホップやワイン原料のブドウが採れなくなるほか、豪雨、あるいは干ばつによる森林火災などにより農産物はダメージを受けることになります。
当社のなりわいである食品事業は、原料である農産物を未来永劫生産し続けていけるよう、持続可能な栽培をやっていかなければなりません。そこで、相互に関連している水資源や容器、生物資源、気候変動をバラバラに論じるのではなく、ホリスティック、つまり統合的なアプローチをしていくべきと考え、前述した長期環境ビジョンを2013年に策定したのです。