前半部分で、宿屋にたむろする遊び人たちが侍たちに食ってかかる憤懣と、百姓をばかにする6人の侍たちにたいする菊千代の啖呵が、ひどくいい。一切の理屈なし。これほど、映画のおもしろさの醍醐味が味わえる映画はめったにない。唯一の欠点は、日本語字幕が必須だということ。

2 『切腹』(1962、133分) 小林正樹監督。橋本忍脚本。原作は滝口康彦『異聞浪人記』(河出文庫)。仲代達矢、三國連太郎、丹波哲郎、石浜朗、岩下志麻。

 黒澤明以外の監督が、黒澤・三船・仲代の最強トリオに匹敵しえた唯一の映画である。お白洲に正座した仲代の威厳ある姿がすごい。50歳過ぎに見えるが、当時、仲代達矢はなんと29歳である。三國連太郎の、低音で太く響く「ほほう」という口調を聞け。また石浜朗が竹光で切腹するときの、三國の表情を見よ。

 その他、脇を固める役者陣の面貌を見よ。さすがは丹波哲郎で、ふてぶてしい侍役が適役。また青木義朗や中谷一郎など、いかにも侍役にうってつけの風貌で、黒澤が「時代劇が撮れなくなった」と嘆いたのは、こういう役者がいなくなったということなのだろう。

 この当時、仲代の義理の息子役の石浜朗は27歳。仲代と2歳しかちがわないのだ。三國連太郎は39歳で、丹波哲郎は40歳である。仲代のほうが断然、全員よりも年上に見える。仲代達矢にとっての最高傑作だが、それにとどまらず日本映画史に残る傑作であるといっていい。

『切腹』でカンヌ国際映画祭に出席した仲代達矢(写真:ZUMA Press/アフロ)

3 『逃亡地帯』(1966、134分) アーサー・ペン監督。マーロン・ブランド、ロバート・レッドフォード、ジェーン・フォンダ、アンジー・ディッキンソン。アーサー・ペンは『俺たちに明日はない』(1967)の監督だ。

 アメリカ南部のとある町。日常に退屈したミドルクラスの白人たちの退廃。パーティでバカ騒ぎをやらかし、その子どもたちもおなじで男女とも遊びまくっている。そんな住民たちが鬱屈している町で、保安官をやっているマーロン・ブランドの冷静さと太々しさが頼もしい。だが多くの市民は、カルダー保安官は町の有力者の手下ぐらいにしか思っていない。一部のバカ市民にとっては煙たい存在だ。だがここまでは、まだ町は動き出さない。

 町民たちが旧知の囚人ババー(ロバート・レッドフォード)が脱獄し、町にやってくるとの知らせがもたらされる。町は一気にお祭り騒ぎになる。カルダー保安官は、ババーの居所を知っているという黒人を白人たちから守るため保安官事務所に留置する。カルダーを憎む欲求不満の中年会社員3人組が、留置された黒人をリンチをしようと事務所に乗り込んでくる。

 かれらは暇つぶしなだけのバカ正義に立ち、真の正義に立つカルダー保安官はやられる。かれの殴られっぷりがいい。さすがはマーロン・ブランドで、これほどリアルな格闘シーンはめったにない。人間の退廃と勇気を描いて一級の作品である。

4 『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』(1992、157分) マーティン・ブレスト監督。ボー・ゴールドマン脚本。アル・パチーノ、クリス・オドネル、ガブリエル・アンウォー、フィリップ・シーモア・ホフマン。

 盲目の退役軍人フランク・スレード中佐(アル・パチーノ)と苦学生チャーリー(クリス・オドネル)をめぐる物語。ちょっとだけ出ているガブリエル・アンウォーが世にもまれな可愛さだった。