商業施設への出店では、不動産関連の契約や煩雑な手続きなどEC販売にはないさまざまな制約がある。そうしたハードルを乗り越える難しさから、不慣れな事業者は出店を断念するケースも多かった。この課題解決に取り組むのが、商業施設マルイ・モディを運営する丸井グループだ。2022年に、出店相談から契約までをオンラインで行える出店サービス「OMEMIE(おめみえ)」を開始。2023年3月には大幅リニューアルを実施し、出店希望者からの問い合わせが右肩上がりに増加している。成功の鍵はリニューアルに先駆けて丸井グループ内部の意識変革に取り組んだことだった。OMEMIE運営に携わるキーパーソンたちは、サービスを進化させるためにどんな取り組みを行っているのか。当事者たちへのインタビューを3回にわたってお届けする。
誰もが気軽にリアル店舗に挑戦できる仕組みを
――「OMEMIE」は商業施設への出店相談から契約までを行えるオンラインサービスです。リアル店舗で対面販売を行ってきた丸井が取り組んだ狙いは何ですか?
清水将貴氏(以下敬称略) 丸井グループには長年培ってきたリアル店舗での売場運営のノウハウがたくさんあります。しかし、出店を検討されるのはそういったノウハウをもつ事業者ばかりではなく、出店までのハードルが非常に高いという問題がありました。
私たちとしては、地方の事業者も、EC販売をメインとする小規模事業者も、誰でも簡単にリアル店舗にチャレンジできる風土を作りたいと考えていました。いわば「小売の民主化」をOMEMIEで実現したかったのです。
オンライン商談なら地方事業者でも参加しやすくなりますし、出店を検討段階の方でも気軽に問い合わせができます。
また、対面販売をしてきた私たちだからこそ、当事者も気付かないニーズを見つけることができます。例えば、出店希望者から「有楽町、新宿(のマルイ)に出店したい」と言われても、ブランドの客層を考えると志木店の方がふさわしいという場合もあります。分かりやすい例で言うと、アパレルのフロアに飲食テナントがポツンと出店するよりも、食が集まったフロアの方が集客はしやすくなります。土地勘や対面での販売経験をもつ私たちが、そうした知識の部分でサポートにあたっています。
サイトリニューアルのために、あえて意識変革から始めた
――OMEMIEは2022年から運用を始め、今年、大幅なサイトリニューアルを実施しています。なぜリニューアルを行ったのでしょうか。
清水 OMEMIEを立ち上げた当初は「丸井 出店」とキーワード検索してもなかなかサイトが出てこない状態でした。お問い合わせの8割が初めて商業施設へ出店されるお客さまということもあり、出店形態や何ができるのかがよく分からないという方が多かったと感じています。
そこで、イベントでの短期出店と常設での長期出店の違いをはじめ、商業施設へ出店したことがないお客さまでも契約から出店までの流れが分かるようにサイトをリニューアルしようと考えました。
――どのようなリニューアルを行ったのでしょうか。
中村紘也氏(以下敬称略) 実際のリニューアル作業は、丸井グループとMuture、グッドパッチの3社で行いました。Mutureは、丸井グループのDX推進を支援する目的で設立された、丸井グループとデザイン会社グッドパッチのジョイントベンチャー(共同出資会社)です。
丸井グループはリアルの小売・店舗事業が強みである一方、デジタルでの経験が十分ではないため、一から新規のウェブサービスを立ち上げようとするとコストも時間もかかります。そこでサイトのUXやUI観点も含めてMutureとグッドパッチがサポートすることになりました。
大きくリニューアルした点は3つあります。1点目は、OMEMIEのトップページです。丸井への出店を考えて検索でサイトにやって来た人が、自分の知りたい情報を迷うことなく入手できるようトップページを設計し直しました。
2点目は、サイト内のデザインや文言のガイドライン整備です。誰が運営してもサイトのクオリティが変わらないように、デザインや文言を追加・修正する際のガイドラインを細かく設けました。
3点目はOMEMIEを運用しながら改修していける形式への切り替え。エンジニアへ要望を伝え実装を待つ運用ではどうしても時間がかかるため、フロントシステムはノーコードツール※を使って企画担当だけでサイトを改修できるようにしました。
※プログラミングの知識がなくてもアプリやウェブサービスの開発ができることによって、短期間で開発ができるようにすること。
――かなり大幅なリニューアルですが、その際に重視したことは何ですか。
中村 Mutureでは、まず組織内部の意識変革から始め、メンバーがサイトリニューアルの理由を自分自身の言葉で説明できるようにしました。リーダーから言われた通りに作業することは一見早く進んで望ましいように見えますが、次につながりません。「OMEMIEをリニューアルする」というチームとしての目標もありますが、同時に、OMEMIEのプロジェクトに関わる各社員が個人としてOMEMIEをどんなサイトにしたいのか、そのために自分はどうありたいのかと思いを持つことが不可欠だと考えました。
清水 中村さんの言う通りで、言われたことを形にするだけでは、なぜやるのかの部分を自分で考えていないので、うまくいかなかったときに理由を説明できません。しかし、自ら考え、仮説を立てて取り組めていれば、うまくいかなかった際にも、なぜ駄目だったかの理由が語れます。
DXも同じで「デジタル化で作業のやり方を変える」など結果に注目しがちですが、本来は「何のためにその作業を変えるのか」というところが重要です。例えば、「OMEMIEにこんな機能がほしい」といった要望を、言われた通りに作ることが正解とは限りません。「この人は新しい機能を欲しがっているけれど、つまり〇〇ができるようになりたいのだろう。それなら今ある機能の見せ方を変えれば代替できるのではないか?」など、事業者の声をもとにした仮説を実際のプロダクトに実装して検証することこそが、DXにおいて重要だと思うのです。
とはいえ、“言うは易く行うは難し”で、最初は私の「このような仮説があるから実装したい」と、現場からの「こういう理由でできない」という意見のぶつかり合いから始まりました。