DXやフィンテックの必要性が声高に叫ばれる中、金融領域ではさまざまな技術、サービスが圧倒的なスピードで展開している。この流れを的確に捉え、新たな金融サービスや業務効率化を実現するために、金融機関、フィンテック事業者、IT関連企業に期待されることは何か。また、それらを金融庁はどのような施策で推進し支援していくのか。金融のこれまでと現在、そして将来像を金融庁総合政策局参事官の柳瀬護氏が解説する。

※本コンテンツは、2022年8月23日に開催されたJBpress/JDIR主催「第3回 金融DXフォーラム」の特別講演2「DXに向けた金融セクターへの期待」の内容を採録したものです。

動画アーカイブ配信はこちら
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72622

金融セクターは他の業界に先駆けてデジタル技術を活用してきた

「金融セクターにおいて、デジタル技術の活用は新しいチャレンジではありません。むしろ、他の業界に先駆けて経験し実現してきたことです」と語るのは、金融庁総合政策局参事官の柳瀬護氏だ。歴史を振り返れば、これまでも金融機関はITや暗号技術等の最先端技術を活用しながら、業務効率化やサービス向上を図ってきた事実が分かるという。

 1960~1970年代の高度経済成長期、国民所得や企業業績が拡大して金融取引が増加し、金融機関は業務効率化の必要に迫られることになった。そこでまず、本支店間の勘定をオンラインシステムに接続した「勘定系システム」の前身が構築された。ATMが登場したのもこの頃である。その後のATMの高機能化は、先端技術を活用し顧客サービスの利便性向上を図る取り組みが、この時代から始まったことを示している。

 1980~1990年代には、コンピュータやネットワークの利用が拡大し、パソコンの普及とともにインターネットが急速に浸透した。金融システムや金融サービスの在り方も大きく変わり、オープンネットワークでのセキュリティを確保するための暗号技術が必須となった。他業種に先駆けて1988年に稼働開始した日本銀行金融ネットワークシステム(日銀ネット)では回線暗号化が実現され、ATMやクレジットカードでも暗号技術が活用されるようになった。また、1990年代以降には、インターネットバンキングなど、金融サービスのオンライン化が進んだ。

 さらに2000年以降には、スマートフォン、クラウド、AI、ブロックチェーンといった新たな技術が登場・発展し、加速度的に金融サービスが変化してきた。埋め込み型金融に見られるように、非金融事業者による金融サービスへの参入も進み、金融と非金融の境目が曖昧になりつつある。またWeb3と呼ばれる、いわゆる分散型の「次世代のインターネット」も構築されつつあり、その中で金融がどのような役割を果たすべきか、議論が始まっている。

 こうした時代の変化に合わせて、金融インフラも整備されてきた。1973年には全銀ネット、1980~1990年代には日銀ネットやほふりシステムが稼働を開始し、資金、証券の決済システムが効率化されてきた。さらに最近では、株券の電子化や電子手形交換所など、電子化の動きが顕著だ。

 これらの事例を示して柳瀬氏は、「社会全体の利便性を高めるために、官民一体となって最先端のデジタル技術を実装し、金融インフラの高度化にまい進してきた努力の結晶」と評価する。金融庁でもイノベーション促進、利用者保護という観点から、銀行法の改正、資金決済法の制定・改正など、環境整備を行ってきた。今後も社会のニーズに合わせて、機動的に事業環境を整備していくという。

「金融セクターは、時代ごとの最先端のデジタル技術をフル活用して、お客さまへのサービスや自らの業務・組織を柔軟に適応させてきました。今、直面している新たなチャレンジも乗り超えられるはずだと、自信を持っていただきたい」

金融機関自身のDXに加え、中小企業・地域のデジタル化支援を期待

 柳瀬氏は金融セクターへエールを送る一方で「21世紀のデジタル技術・サービスの進展は、過去と比較にならないほど速い」と注意を促す。AI、クラウドなどの技術革新を背景に、さまざまな技術、サービスが圧倒的な速度で開発され、展開されている。金融機関の経営層には、その流れを的確に捉えて、スピード感をもって対応していく姿勢が強く求められているという。

 そのためには、これまで以上にフィンテック事業者やIT関連企業などと協働し、利便性の高い新たな金融サービスや業務効率化を実現する必要がある。実際に、金融機関の中にも先端的な技術を活用して、自身のDXを推進している先進事例がある。例えば、顧客接点をスマートフォンで完結させるバンキングサービス、チャットボットAIを活用したコールセンターなどだ。金融庁としても、金融機関のITガバナンス等に関する調査の実施、経営陣の関与やIT人材の育成など、トピックごとに先進事例を公表し、DX推進をサポートしている。

「金融機関および地域がどのような課題を抱えていて、それをどう解決するか。そのために金融機関は何ができるのか。明確なビジョンを持ち、そこからビジネスモデルを確立し、デジタル技術を活用していくことが重要です」

 さらに金融機関には、自身のDXにとどまらず中小企業などの地場企業や地域のデジタル化支援も期待されている。金融庁で実施した企業アンケート調査では、今後金融機関から受けたいサービスとして、業務効率化およびITデジタル化への支援に対するニーズが多かったという。すでに金融機関がITベンダーと連携しながら、地元企業へのICTサービスを展開する事例は多くある。

 金融庁も、銀行の業務範囲規制の緩和など、金融機関によるデジタル化支援の環境整備を行う一方で、経済産業省とともに地域金融機関に対して中小企業のDX支援策についての説明会を実施するなど、金融機関を通じた社会全体のDXを促すための取り組みを続けていくと柳瀬氏は語る。