~パーキンソン病の予防のための概念実証研究~

順天堂大学大学院医学研究科神経学の服部信孝 教授、パーキンソン病病態解明研究講座の今居 譲 先任准教授らの研究グループは、パーキンソン病モデル動物ショウジョウバエのミトコンドリア機能を向上させることにより、パーキンソン病で見られる運動機能低下やドーパミン神経細胞死の予防に成功しました。本研究では、光照射でプロトン(水素イオン)駆動力(*1)を高める仕組みをミトコンドリアに導入したハエを作製し、ミトコンドリアの機能を高めることで神経変性が抑えられることを見出しました。本成果は、ミトコンドリアのプロトン駆動力の制御がパーキンソン病の効果的な予防・治療法の標的となることを示しています。研究成果はNature姉妹紙Communications Biologyに、2019年11月22日付けで発表されました。

【本研究成果のポイント】

光照射でミトコンドリアの機能を向上させるパーキンソン病モデル動物(ショウジョウバエ)を作製

ミトコンドリア機能を高めることによりモデル動物の運動機能の改善と神経変性の抑制に成功

ミトコンドリア機能を回復させることによりパーキンソン病を予防できるという概念を実証

【背景】

パーキンソン病は、運動機能や認知機能に障害が及ぶ難治性の神経変性疾患です。生活の質を大きく左右する運動機能の障害は、脳内のドーパミン神経が変性することから起こり、ドーパミンの原料を補充する治療により症状は一時的に改善します。しかしながら、パーキンソン病の発症を予防する方法はまだありません。

2015年に私たち研究グループは、ミトコンドリアで働く遺伝子CHCHD2(*2)をパーキンソン病の原因遺伝子として世界で初めて報告しました。2017年にはCHCHD2変異を導入したパーキンソン病モデルハエを作製し、ミトコンドリアの機能低下とともにヒトと同様に運動障害が起こることを発表しています(*3)。さらに本年、CHCHD2に変異のあるパーキンソン病患者さんの脳やiPS細胞、 CHCHD2変異ハエでα-シヌクレイン(*4)が顕著に凝集することを見つけ報告しました(*5)。 α-シヌクレインの凝集はパーキンソン病の原因の一つであることが分かっています。

本研究は、 「CHCHD2変異で低下したミトコンドリアの機能を回復させることができれば、α-シヌクレインの凝集やドーパミン神経変性が阻止できるのでは」という仮説を実証する目的で実施しました。

【内容】

CHCHD2に変異があると、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体(*6)から電子が漏れ、活性酸素種(*7)が発生します(図1) 。また電子が漏れることにより、細胞のエネルギーの源であるATPの産生効率も低下します。この状態が恒常的に続くことにより、CHCHD2に変異をもったショウジョウバエは、加齢とともにパーキンソン病でみられる運動機能障害、神経変性の症状を示します。さらに、このハエではパーキンソン病の特徴であるα-シヌクレインの凝集化も見られました。

図1 CHCHD2が働かないと電子が漏れ活性酸素種が発生し、効率よくエネルギーが作れない

今回研究グループは、光を当てるとプロトン(水素イオン)を運ぶという働きを持つデルタロドプシン(高度好塩菌*8がもつタンパク質)に注目しました。2013年、共同研究者の静岡県立大学の原清敬准教授と早稲田大学の澤村直哉教授らは、デルタロドプシンを培養細胞のミトコンドリアへ導入することにより、パーキンソン病との関連が疑われているミトコンドリア毒物(*9)による細胞死が緩和することを見い出しました(*10)。そこで本研究では、デルタロドプシンをショウジョウバエのミトコンドリアに組み込むことを試み、ミトコンドリアの機能を高めたモデル動物を作製しました。

モデルショウジョウバエに人為的に光を照射する実験を行ったところ、光照射によって活性化したデルタロドプシンはミトコンドリア内膜の外にプロトンを運び出し、運び出されたプロトンによって活性酸素種が除去され、かつミトコンドリアのATPの産生が高まることが確認できました(図2)。その結果、パーキンソン病モデル動物ショウジョウバエの運動機能が改善し、ドーパミン神経の細胞死も抑えることができました。さらに、α-シヌクレインの凝集化も阻止することができました。これにより、パーキンソン病モデル動物の病状の進行予防に成功しました。

図2 デルタロドプシンの導入によりCHCHD2の変異で起こっていた問題を解決

以上の結果から、プロトンをミトコンドリア内膜の外に運び出し、プロトン駆動力を高めるとミトコンドリアの機能が回復することが明らかになりました。つまり、ミトコンドリアの機能を回復させることでパーキンソン病を予防できるという概念を実証しました。

【今後の展開】

ミトコンドリアは、エネルギーを産生するだけでなく、脂質代謝、炎症反応、細胞死シグナルと多彩な機能をもっていることが分かっています。さらに、ドーパミンの代謝に関わる酵素も持っており、パーキンソン病の薬の効き具合にも影響する大切な細胞内小器官です。パーキンソン病でのミトコンドリアの機能低下はこれまでにも指摘されてきましたが、それを回復させる画期的方法はありませんでした。本研究は、ミトコンドリアの機能を高める一つの手段を提示しました。今後研究グループはヒトでの応用を目指し、ミトコンドリア機能を回復させる研究を進めていきます。

【用語解説】

*1 プロトン駆動力:膜を隔てたプロトン(水素イオン)の濃度差によって生じる電気化学ポテンシャル。

*2 CHCHD2:パーキンソン病原因遺伝子として、2015年にLancet Neurologyにて発表。

*3 CHCHD2モデルハエ:CHCHD2によるパーキンソン病様症状が再現できるハエモデルとして、2017年にNature Communicationsに発表。本研究で、 CHCHD2が呼吸鎖複合体の機能を制御することを示した。

*4 α-シヌクレイン:神経シナプスにあるタンパク質。α-シヌクレインの凝集化がパーキンソン病の神経変性の原因の一つである。

*5 CHCHD2の変異によるα-シヌクレインの蓄積:病理標本、iPS細胞にてα-シヌクレインの蓄積を確認し、2019年Human Molecular Geneticsに発表。

*6 呼吸鎖複合体:糖質や脂質を材料にプロトンと電子を動かしてATPを作る一連のタンパク質複合体。図1も参照。

*7 活性酸素種:活性酸素種はタンパク質や遺伝子を破壊し脂質膜を酸化させるため、老化やがんの原因となる。ミトコンドリアでは、呼吸鎖複合体から漏れ出た電子が酸素と結びつくことで生じる。

*8 高度好塩菌:塩湖、塩田など塩分濃度の高い環境にすむ微生物。

*9 ミトコンドリア毒物:ここではミトコンドリア呼吸鎖複合体Iを阻害するロテノン、MPTPのことを指す。これらのミトコンドリア毒物は、パーキンソン病モデル動物を作るためにも使われる。

*10 デルタロドプシンを導入した光駆動ミトコンドリア: 2013年にScientific Reportsに発表。

【原著論文】

本研究成果は、Nature姉妹紙Communications Biology に2019年11月22日付けで発表されました。

論文タイトル:Light-driven activation of mitochondrial proton-motive force improves motor behaviors in a Drosophila model of Parkinson’s disease

日本語訳:光照射によるミトコンドリアプロトン駆動力の活性化は、パーキンソン病モデルショウジョウバエの運動機能を改善する

著者名: Yuzuru Imai, Tsuyoshi Inoshita, Hongrui Meng, Kahori Shiba-Fukushima, Kiyotaka Y. Hara, Naoya Sawamura, and Nobutaka Hattori

著者(日本語表記):今居譲1, 井下強1, 孟紅蕊1, 柴-福嶋佳保里1, 原清敬2, 澤村直哉3, 服部信孝1

所属機関: 1順天堂大学, 2静岡県立大学, 3早稲田大学

DOI: 10.1038/s42003-019-0674-1

本研究はJSPS科研費(JP17H04049, JP16K09679, JP16K19525, JP15H04842)、JST未来社会創造事業 (JPMJMI17EJ)、 武田科学振興財団、 住友財団、大塚製薬の研究助成などを受けて実施されました。

企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ