アレルギー性鼻炎のうち、花粉を原因とするものは花粉症と呼ばれ、国内で約4000万人が罹患しているといわれている。アレルギー性鼻炎は直接生命に関わるものではないが、仕事での集中力を削ぐ要因になり、仕事の効率を求めるビジネスパーソンには無視できない。アレルギー性鼻炎と向き合い、正しい治療を受けるためにも、原因アレルゲンを調べるアレルギー検査を受けることが望ましい。アレルギー性鼻炎が及ぼす経済的な影響や検査方法、治療方法などについて、専門医に話を伺った。
スギ花粉症患者の経済的損失は年間約39万円
花粉症の時期になると、くしゃみや鼻水で仕事に集中できないという人は珍しくない。この症状は、アレルギー性鼻炎によるものだ。アレルギー性鼻炎とは、花粉やダニなどのアレルギー物質に対して鼻で起きるアレルギー反応のことをいう。
アレルギー性鼻炎の症状が直接生死に関わることはないため、「我慢してなんとかやり過ごそう」と考えてしまいがちだ。しかし、国際医療福祉大学成田病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 教授の岡野 光博氏は、「アレルギー性鼻炎によって労働生産性が大きく低下することが分かっています」と話す。

アメリカでの調査1)では、疾患別に労働の損失費用を計算したところ、うつや片頭痛よりもアレルギー性鼻炎による損失費用が高いことが分かった。アメリカでは、アレルギー性鼻炎による欠勤は年間約3.6日だが、発症日には一日あたり2.3時間の労働時間が障害されたという。これは、アレルギー性鼻炎で会社を休むことはあまりないが、勤務中の労働生産性が大きく低下していることを意味している。
この結果を日本のスギ花粉症に当てはめる2)と、アレルギー性鼻炎の患者は一人あたり年間で約39万円の経済的損失を被っていることになる。岡野先生は、「現在の日本ではスギ花粉症の就業者は約2600万人と推定されます3)。単純計算ですが、日本全体で1年間に10兆円規模の損失が生じていることになります」と、経済的損失の大きさを表現する。アレルギー性鼻炎は、企業や国家全体の生産性にも関わる重要な問題だ。
アレルギー性鼻炎の市販薬や処方薬が数多くあり、最近では眠気の少ない薬も登場している。ところが、重症スギ花粉症を対象に岡野先生らが行った治験のデータ4)では、抗ヒスタミン薬と鼻噴霧用ステロイド薬による治療を受けても、労働能率は約35%低下することが分かった。さらに、子どもの勉強能率は約60%も低下することが判明した。アレルギー性鼻炎の症状の一つである鼻詰まりによって夜に十分な睡眠が取れないことも、日中の労働や勉学に影響を与えている可能性があると岡野先生は指摘する。
重症化すると鼻の症状だけでは済まなくなる
アレルギー性鼻炎の主な症状は、くしゃみ、鼻水、鼻詰まりの三つで、鼻のかゆみもよくある症状とされている。ところが、鼻以外で症状が現れることも珍しくない。アレルギー物質が気道に入ると咳や喘息などの呼吸器症状、皮膚に付着すればかゆみなどの皮膚症状が出ることもある。アレルギー性鼻炎は副交感神経を活発にさせるため、倦怠感や頭痛を訴える患者さんもよくいるという。
花粉症の場合、花粉のアレルギー物質と似た構造を持つ成分が特定の野菜や果物にも含まれており、一部の野菜や果物に対する食物アレルギーを誘発する可能性がある。
アレルギー性鼻炎は、重症化すると生活の質(QOL)も低下することが、岡野先生らの研究5)から明らかになっている。アレルギー性鼻炎は、「口呼吸が1日のうちかなりの時間ある」または「くしゃみ発作や鼻かみが1日に11回以上ある」と重症と診断される。自分はどれくらいの重症度か、そして仕事や勉強のパフォーマンスにどれくらい影響しているのかは、岡野先生も所属する日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が推進する「花粉症重症化ゼロ作戦」のウェブサイト6)で簡単にチェックできるので、ぜひ試していただきたい。
原因アレルギー物質を特定する血液検査
岡野先生は、「一度重症化すると、治療を開始しても治りにくくなります。QOLだけでなく、労働生産性や勉強の効率を考えると、症状が軽いうちから治療を開始して重症化を防ぐのがアレルギー性鼻炎では重要です」と話す。アレルギー性鼻炎の代表的な症状であるくしゃみ、鼻水、鼻詰まり、かゆみなどの症状があり、生活に支障が出るような場合は、早めに医療機関を受診してほしいと岡野先生は呼びかける。
特に、頭痛や倦怠感など、鼻以外で症状があると重症化しているだけでなく、他の疾患の可能性もあるため、耳鼻科の受診を勧めている。中には、鼻詰まりの患者を診察したら鼻の中に腫瘍が見つかった例もあったという。
耳鼻科での診察では、患者が訴える症状と鼻の粘膜の状態から、アレルギー性鼻炎を診断する。これらの典型的な症状や所見がない場合は、アレルギー反応が起きているかどうか判断するためにアレルギー検査を受けることになる。アレルギー検査は、鼻汁好酸球検査と血液検査が現在ではよく行われている。鼻汁好酸球検査では、アレルギー反応が起きているときに増える好酸球が鼻水にどのくらい含まれているか数を調べる。好酸球が多い場合にはアレルギー反応が起きている可能性がある。
もう一つの血液検査は、特定のアレルギー物質に対するIgE(免疫グロブリンE)抗体*の量を測定し、その結果を抗体価やクラス0~6の7段階で示す。
*アレルギー反応の原因となる抗体
「血液検査は、アレルギー性鼻炎の原因を知りたいという患者さんに勧めています。原因となるアレルギー物質を除去したり回避したりすれば、基本的にアレルギー反応は起きません。環境を整備するために、アレルギー物質を特定する検査は大切です」(岡野先生)

血液検査は、一回の採血で一つのアレルギー項目を調べる方法以外にも、複数項目を一度に調べるスクリーニング検査もある。採血は医療機関で行うが、分析は別の解析施設で行うため、採血してから結果が判明するまで1〜2週間かかることが多い。そこで、多忙で何回も受診するのが難しい、早く原因を知りたいという場合には、当日に結果が分かる検査もある。いずれも保険が適用できるため、主治医と相談しながら自分に合った検査を受けていただきたい。
根本的な治療が期待できる舌下免疫療法 早期受診が肝心
アレルギー性鼻炎の治療は、基本的にはアレルギーを引き起こす原因物質の除去や回避だ。花粉症なら花粉を吸い込まない、ダニアレルギーならほこりなどを丁寧に掃除することが必要になる。
その上で、薬による治療(薬物療法)、免疫療法、手術療法を選ぶことになる。
「多くの場合は薬物療法を勧めます。一般的にくしゃみや鼻水には抗ヒスタミン薬、鼻詰まりにはロイコトリエン受容体拮抗薬、粘膜で炎症が起きているときには鼻噴霧用ステロイド薬を処方します。最近では、IgE抗体に結合して症状を和らげるオマリズマブという抗体製剤も保険が適用されます。ただし、妊娠初期や妊娠を予定されている方には使えない薬もあります。その場合や、構造的に鼻詰まりを起こしやすい患者さんには手術を行うことがあります」(岡野先生)
薬で症状が改善しない、根本的な治療を望む患者に提案するのが、舌下免疫療法である。舌下免疫療法とは、アレルギー物質が含まれている錠剤を舌の下で溶かし、最後に飲み込むという方法だ。岡野先生は、「口の中には、過剰な免疫を抑える調節性の免疫細胞が含まれています。口の中でアレルギー物質に対して過剰反応しないように学ばせるわけです」と、仕組みを解説する。
舌下免疫療法は、現在はスギ花粉症またはダニアレルギーと診断された場合のみ受けることができる。一日一回の服用を続けると、数カ月で効果が出てくるとされている。長く続ければ続けるほど効果が上がり、3〜5年ほど継続すると一度治療終了しても効果が続くといわれている。5歳以上から保険が適用できるが、事前にアレルギー検査を受けて陽性であることを確認する必要がある。また、ダニアレルギーに対してはいつでも治療開始してもよいが、スギ花粉は花粉の飛散が終了した5月下旬以降がよいとされている。具体的な手順は主治医と相談するのがよいだろう。
アレルギー性鼻炎は「自分がちょっと困るくらい」にとどまらず、仕事のパフォーマンスに影響することから、企業として対応する必要があることを経営者や管理職は肝に銘じるべきだろう。子どもの学習効率にも関わるため、家族全員が協力してアレルギー物質の除去に努めることも大切だ。仕事や勉強の効率を下げないためにも、早期の受診と治療を心がけてほしいと、岡野先生は呼びかける。

参考文献
- 1)Charles E Lamb, Paul H Ratner, Clarion E Johnson, et al. Current Medical Research and Opinion 2006, 22(6):1203-1210.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16846553/ - 2)岡本美孝「鼻閉を伴うアレルギー性鼻炎に係わる経済的損失」. 医療ジャーナル 2014, 50(3):983-991.
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201402297545607438 - 3)松原篤, 坂下雅文, 後藤穣, 他. 鼻アレルギーの全国疫学調査2019(1998年,2008年との比較): 速報―耳鼻咽喉科医およびその家族を対象として―. 日耳鼻2020,123,485-490
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/123/6/123_485/_pdf - 4)Kimihiro Okubo, Mitsuhiro Okano, Norio Sato, et al. Add-On Omalizumab for Inadequately Controlled Severe Pollinosis Despite Standard-of-Care: A Randomized Study. The Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practice 2020, 8(9):3130-3140.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32422373/ - 5)Hiroshi Kumanomidou, Kengo Kanai, Aiko Oka, et al. Mapping naso-ocular symptom scores to EQ-5D-5L utility values in Japanese cedar pollinosis. Allergology International 2022, 71(2):207-213
https://www.jstage.jst.go.jp/article/allergolint/71/2/71_207/_article/-char/ja/ - 6)一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「花粉症重症化ゼロ作戦」
https://kafunsho-zero.jibika.or.jp/
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