理念を共有し、全社一体を目指す三菱自動車の組織改革

「従業員エンゲージメントの源泉」を見つけ、意識と行動規範の浸透へ

2000年以降、三菱自動車工業では不祥事が相次いだ。記憶に新しいのは2016年に報じられた燃費不正問題だ。車両の燃費値測定試験における不正な取り扱いが発覚。問題を受けて設置された特別調査委員会の調査報告書では「三菱自動車全体で自動車開発に対する理念の共有がなされず、全社一体となって自動車開発に取り組む姿勢が欠けていたことが本質的な原因であった」と指摘されている。2016年以降の同社組織改革について、人事本部 ビジネスパートナー人事部 教育グループでマネージャーを務める片岡都吉子氏が語った。

※本コンテンツは、2022年4月21日に開催されたJBpress主催「製造・建設・物流イノベーションWeek」の「製造業人事DXフォーラム」特別講演2「三菱自動車の人材育成、働き方改革、従業員エンゲージメント向上への取り組み」の内容を採録したものです。

MMC WAYの「全社員自分ごと化」を目指して

 三菱自動車工業が、2016年から着手している組織改革の礎となるのが、三菱自動車の心構え・行動を表す「MMC WAY(Mitsubishi Motors Corporation WAY)」である。このMMC WAYは、2017年にルノー、日産自動車とのアライアンスが締結された翌年に策定された。

「私たちは、これをただのお題目として唱えるのではなく、きちんと職場討議を行い、全社員に自分ごと化にしてもらおうと考えています。私も教育担当マネージャーとして4月に新入社員を迎えていますが、研修ではグループの根本理念「三綱領(所期奉公・処事光明・立業貿易)」、ビジョン・ミッションとともに、MMC WAYを伝え、それらを個人ワークにより自分ごと化できるように取り組んでいます。日ごろの研修(Off-JT)にもMMC WAYの向上が盛り込まれています(片岡氏)」

 さらに「事業構造改革室」を設置し、同室で、不正などの再発防止策の着実な実行を主導する「再発防止タスクチーム活動」と、開発本部を中心に社内の組織・仕組み・文化・技術の改革を柱に据えた抜本的な構造改革「Performance Revolution活動」を推進、フォローアップしている。

働き方改革をけん引する「柔軟な働き方検討委員会」

 同時に、働き方改革も着々と進めている。2019年1月、msb Tamachi 田町ステーションタワーS(東京都港区)への本社移転では、オフィスレイアウトを刷新し、フリーアドレスを導入。オフィス内には中階段が設置され、フロアごとに分担されるのではなく、自由にフロアを行き来できるオープンなオフィスになっているという。

 制度面での改革も行った。例えば、「第3金曜日もしくは20日前後の金曜日をプレミアムフライデーとして15時までの退社を推奨」「コアタイムを撤廃したフレックス制度、半日休暇の活用を推奨」「祝祭日および長期連休前後を有給休暇の取得奨励日と設定、土日と合わせて連休とするなど、休暇取得を促進」「在宅勤務の活用を推奨」「本部別に時間外労働時間、有給休暇取得実績を集計、社内に推奨を公表することで、意識改革を促進」などが挙げられる。

 これら働き方改革をけん引するための環境整備施策として、「柔軟な働き方検討委員会」も立ち上げた。同委員会は、委員長(執行役社長)・副委員長(上席執行役)・委員(上席執行役・執行役員・本部長)と関係するボードメンバーで構成されている。メンバーは柔軟な働き方にまつわるさまざまな議論を交わし、会での決定事項は委員会事務局(人事・IT・ファシリティー担当部署)を通じて各部門への依頼、従業員へ情報発信される。

 例えば2020年、同社においても在宅勤務が始まり、ITやファシリティーの改善を余儀なくされた。新型コロナウイルス感染症の急拡大による想定外の事態への対処だった。それが一段落した後に見えてきたのは「整備された環境の上で働く社員たちの課題」だったという。柔軟な働き方検討委員会でも人材育成に特化した「人材育成分科会」が立ち上がり、新しい時代の働き方についてさまざまな意見が交わされた。

「そのとき挙げられた課題の多くの原因は、コミュニケーション不全に起因するものです。一例を挙げれば、2020年度入社の新入社員は入社式に参加できず、いきなり在宅勤務がスタートしています。人間関係をオンラインから始めなければならないことに苦労し、悩んでいました。このときの反省を生かし、翌2021年度には『クロスメンター制度』を導入しました。もともと当社はメンター制度を取り入れていましたが、クロスメンター制度では直属のメンターだけでなく、隣の部署・グループのメンターにも気軽に相談できる仕組みです(片岡氏)」

従業員エンゲージメント向上のためのサーベイ分析

 近年の働き方改革の鍵は「従業員エンゲージメントの向上」とも言われている。各種施策から会社に対する愛着心・思い入れを高めてもらうことが、「働きやすい職場」ひいては「生産性向上」に直結する。

 同社においても10年以上前から従業員サーベイに取り組んでいるが、最新2021年度版サーベイの分析からは、「三菱自動車社員のエンゲージメントの源泉」が見えてきたという。

 同社従業員サーベイは「数十の設問」で構成されるが、特にエンゲージメントに関係する設問は「当社で働くことへの誇り」「自発的な取り組み意欲」「会社からの動機付け」「他者への推奨意欲」「継続勤務意欲」の5項目である。

 片岡氏が所属する人事本部の別のグループにて、これらの5項目に対して統計処理を行い、キードライバー(影響力の高いアイテム)をリストアップした。その結果、同社従業員のエンゲージメントの源泉は「経営方針・経営理念、人事関連項目と密接に関わっている」ことなどが分かったという。

「例えば5つのエンゲージメント設問の1つ『自発的な取り組み意欲』のキードライバーは『MMC WAYの実践』でした。MMC WAYを実践できている人はエンゲージメントも高く、さらに、MMC WAY(組織を越えて協力する、状況を明らかにして分かりやすく説明する、外に出て外に学ぶ、必達目標を定量的に約束する、価値創造のために自ら困難な仕事を引き受ける、スピード感をもって具体的な成果を上げる)の中でも、当社の強みとして表れていたのが、クロスファンクショナル(組織を越えて協力する)でした。当社にはかねてCFP(クロスファンクショナル・チーム)により横同士の関係性を築いてきましたが、その活動がうまく機能しているようです(片岡氏)」

 反対に「弱み」も垣間見えた。エンゲージメント水準の背景には、自信が持てない組織風土、変化の激しい事業環境・構造改革、社員にとって身近な国内市場シェアの縮小、自社ブランドに対する自信喪失、仕事のやりがい・興味提供機会のバラつきなどが挙がった。

「今後は、業績回復・経営方針への共感、自社製品・サービスに対する自信、自社ブランドの浸透、ビジョン・ミッションに対する理解と共感、社員の活躍・キャリアパスの提示など、各方面で施策を打つことでエンゲージメント向上を図る計画です(片岡氏)」

 最後に片岡氏はこう続けた。

「人材育成の側面からエンゲージメント向上に寄与できることは3点あると考えます。1点目は『製品・サービスに対する誇り、自信を持つためのインプット』。当社社員が自社の製品・サービスに触れ、学ぶ機会を提供することが必要だと考えます。2点目は『ビジョン、ミッション、ブランドの浸透と実践促進』。具体的には社員のビジョン策定スキル、未来逆算思考力アップが該当します。3点目は『人事評価制度運用を正しく行うためのインプット』。部下への的確なフィードバック促進も必要だと考えています。こうして構築した従業員エンゲージメント向上施策を運用してPDCAサイクルを回し、継続的に向上させていきます(片岡氏)」