製造業DX化の鍵となる「社内人材の多様性」と“人”の発想を組み合わせる「集合知」とは。

ものづくりはひとづくり。「遊休資源」の活用がDXの成否を分ける

 DXという言葉の過熱気味な広がりとともに、多くの日本企業がデジタル技術の導入に力を入れている。しかし、DXが広がるにつれ、デジタル技術自体の重要性に加えて、技術を扱う「人」の重要性が増してきている。とりわけ、それは製造業においてより顕著に表れつつある。「ものづくりはひとづくりの上に成り立つ」と強調する立命館大学 経営学部 教授の善本哲夫氏が、製造業におけるデジタル技術活用のポイントを語る。

※本コンテンツは、2022年4月21日に開催されたJBpress主催 製造・建設・物流イノベーションWeek「製造業人事DXフォーラム」の基調講演「集合知創発の思考モードと人材マネジメント〜製造業DXと可能世界の創見〜」の内容を採録したものです。

社内人材の持つ発想に目を向けることが、DXによる差別化成功の鍵になる

 デジタル技術の普及に伴い、昨今は誰もが望みさえすればその恩恵を受けることができる時代だ。デジタル技術は、制約や条件が一度克服されると、指数関数的に進化し、急速に広まっていくという特徴を持つ。また、それらを利用するためのコストやハードルが下がるにつれ、デジタル技術そのもので差別化することは難しくなっていく。その結果、これまで以上に問われるようになってきているのが、デジタル技術を扱う「人」の役割である。人材育成こそが、デジタル革命時代の鍵を握っているといえよう。

 DXの実現に欠かせない要素であるデータの活用に関しても同じことが言える。デジタル技術を駆使して業務改善やサービス開発を行おうと試みても、どの企業も同じデータを収集し、同じアプローチでデータを扱っていたのでは、差別化は到底、難しい。

 その点、データをどの角度から見るか、それぞれのデータにどのような意味付けをするのかといったアプローチは、見る人の発想に左右されるところが大きい。従って、DX推進においてまず目を向けなければならないのは、社内の人材がどのような視点でデータやデジタル技術を捉え、解釈しているかという「内なる多様性」であると善本氏は話す。

「多くの企業でオープンイノベーションが活発化している中で、時には新たな情報や資源を外部に求めるのもよいでしょう。しかし、まずは社内人材が秘めているポテンシャルに目を向け、活用しようとする意識が大切です。『このデータから、こういうことが分かるのではないか』『このデータには、こういった活用方法もあるのではないか』など、現場で働く社内人材がデジタルの新たな可能性に気付いているケースは少なくありません。アイデアの種は思わぬところに潜んでいます。彼らに積極的に働き掛けて、これまでになかった発想を引き出してあげることが重要です」(善本氏)

つくり手と使い手の思いの結合が「ナラティブものつくり」を実現する

 多くの人の知識や知性の蓄積を「集合知」と呼ぶが、異なる知識や経験を持った者同士が意見を出し合い、組み合わせることで、より優れた発想につながることも珍しくない。善本氏は、この集合知をいかにして生み出せるかが、DX時代のものづくりの成否を分けるのだと語る。

 ある商品を作る際、作り手は知識や経験をもとに実用性を考慮した構造や機能を考えるが、同時に「このように使ってもらいたい」という使い手に対する想いや野心、ビジョンを込めて形にしていく。一方で、使い手も「この商品を使うことで、こういう風になりたい」「こんな未来を手に入れたい」という願望を持ちながら体験する。作り手が対話を通じてこのような使い手の想いを引き出し、さらなる改善を続けることで、双方の想いが混ざり合った集合知が生まれ、そこから新たなものづくりが実現する。公益社団法人日本工学アカデミーでは、これを「ナラティブものつくり」と名付けている。

「ナラティブものつくりには、機能設計や構造面などの論理的要素だけでなく、作り手や使い手の想いという感情的要素、すなわち『デジタルな魂』が不可欠です。しかし、ナラティブものつくりの概念自体まだ未成熟で、どのように応用すればものづくりをさらに発展させることができるかといった結論までは出ていません。だからこそ、ものづくりに関わる企業の皆さまと協力することで、ナラティブものつくりの考え方をより広めていきたいと思っています」(善本氏)

遊休資源に新たな価値を見いだし、根気強くチャレンジし続けることが大切

 善本氏は、ものづくりに関わる企業が今後、デジタルの領域で成長していくためのポイントは主に2点あると指摘する。

 1つ目が、「遊休資源の生産資源化」である。これは眠っている資源を活用し、新たな付加価値を生み出すことを示す。「デジタル技術を駆使して、こんなことができたら面白いのではないか」「社会にこんな便利なものを提供していきたい」といったものづくりに関わる人が内に秘めている想いやアイデアも、もちろんそれらに該当する。また、生み出したものの活用されていない知的財産や技術も大切な資源だ。これらを生きた資源として活用するためには、業界に関する専門知識だけでなく、固定観念にとらわれない柔軟な発想が何より必要となる。

 「遊休資源に新しい価値を見いだすためには、幅広い学びを得られるリカレント教育がお勧めです。その際、業務に関する学びを深めることはもちろんですが、例えば休暇を取って旅行したり、遊びやプライベートな体験から新しい発見をしたりといったことも有効です。感性を磨くことで、全く違う角度からの新たな発想が得られることも少なくないからです。あらゆる知識や経験の蓄積を通じて解釈・推論の力が鍛えられるので、社員にこういった余暇時間を積極的に与える会社があってもよいのではないかと思っています」(善本氏)

 2つ目のポイントは、「事後的合理性の受容」だ。仮に上記のようなアプローチで遊休資源の新たな価値を発見し、実用化に向け、動き出したとしよう。ところが、これが成功するかどうかは始める前からは判断できない。中には、10年後になってようやく事業化できるといったケースもあるだろう。作り手はこうしたイノベーティブな取り組みに対し、長期的視野を持って忍耐強くチャレンジし続けていく必要がある。

 もちろん、ナラティブものつくりの観点で、一度市場に出した商品をユーザーと対話しながらブラッシュアップしていくことも大切だ。加えてマネジメント側には、その過程で社員が失敗しても許容する胆力も求められる。

「この2点を意識し、社内に眠っている遊休資源を活用することができれば、これまで見えていなかったDXの新たな展開が見いだせるかもしれません。そして、それには発想を生み出す『人』の存在が不可欠です。社員が頭の中で思い描いた理想の世界をお互いに共有し合い、その実現のためにデジタル技術を活用する、また、その技術を使いこなせる人材を育成することが製造業の未来をつくることにつながるのではないでしょうか。ひとづくりを通して、日本の製造業がさらなる発展を遂げることを期待しています」(善本氏)