「ドラッグストアビジネスから地域コネクティッドビジネスへ」をビジョンに掲げるサツドラホールディングス。北海道を地盤とする同社は、従業員のウェルビーイング(心身の健康や幸せ)に着目した健康経営に取り組み地域をリードしている。その狙いや推進のポイントとは何か。サツドラホールディングス代表取締役社長兼CEOの富山浩樹氏に、健康管理システム「Carely(ケアリィ)」を開発・提供するiCAREの山田洋太代表取締役CEOが話を聞いた。
健康経営なき成長戦略は
ありえない
[山田氏] 従業員の心身の健康や働きがいを支援する企業は年々増えています。そもそもなぜサツドラホールディングス(以下、サツドラHD)は、健康経営の取り組みを始めたのでしょうか。
[富山氏] 北海道に約200店舗のドラッグストアを構える地域のヘルスケアカンパニーとしても、企業経営の観点からも、向き合うべき重要な経営課題だと考えたからです。
本格的な健康経営の取り組みは、前中期経営計画(2017年5月期~2021年5月期)からスタートしました。そこでは「活躍しつづける人材育成」や「多様性のある組織づくり」を組織戦略の基本方針として、その基盤となる従業員の心身両面の健康やエンゲージメント向上、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)、女性活躍の推進などに取り組んできました。そうした基本的な考えは現在の中期経営計画にも踏襲し、さらに取り組みを深化させています。当社の健康経営は成長戦略に位置づけられるものであり、取り組まないという選択肢はない、と考えています。
[山田氏] 企業にとって体制と人材は事業の持続可能性を左右する要因であり、価値発揮の手段として健康経営に取り組まれているわけですね。従業員の健康は1年単位で結果の出るものではありません。その意味で、中期経営計画のように中長期視点で推進していくことが健康経営を成功に導くポイントといえます。
この機会にぜひ富山さんに伺いたかったのが地域との関わりです。地域に根ざして事業を成長させていくことに、健康経営はどう寄与するとお考えですか。
[富山氏] やはり「北海道」には思い入れがあります。3年前から「ドラッグストアビジネスから地域コネクティッドビジネスへ」という新たなビジョンを打ち出していますが、当社が健康経営の実践から得たノウハウを地域全体の健康にも生かし、貢献していきたいです。さらに言えば健康経営だけでなくD&Iや多様な働き方までも含め地域の率先事例となるのが、おこがましいですが当社の目標です。
北海道という地域のはたらきやすさや人材競争力を高めることは、回り回って必ず当社に恩恵をもたらします。地域のステークホルダーとの共創は、地域経済の好循環を生むものでもあります。自社と地域を切れ目のない「面」と捉え全体を向上させること、その取り組みのひとつが当社の健康経営であると考えています。
[山田氏] 事業ビジョンとして北海道という地域の活性化や価値最大化にコミットする、そのための健康経営でもあるわけですね。
組織や従業員の健康課題を
見える化する「Carely」
[山田氏] 実際に、健康経営の取り組みを始めてどんな変化がありましたか。
[富山氏] 2019年度に専任の保健師を配置したことで、現場が主体となって健康施策を進める土台ができました。また、定期検診では検査できる項目の充実を図っており、2020年度には子宮頸がん・乳がん検診を追加。すでに、いくつか乳がんを早期発見できた事例があり、その意義を実感しています。そのほかにも、定期健診の受診率や保健指導実施率100%と従業員のヘルスリテラシー向上も認められました。やはり健康経営の基本は、従業員の健康診断や社員の健康管理ですから、大きなことだと思います。
[山田氏] 素晴らしいですね。現在、強化している取り組みは何ですか。
[富山氏] 「①喫煙率の低下」、「②貧血改善」、「③運動習慣のある人の割合の増加」を2022年度の最重要取り組み項目としています。「①喫煙率の低下」では、「禁煙ダービー」という施策にも取り組みました。参加は任意で、喫煙者である従業員が3カ月の禁煙にチャレンジする企画で、ゲーム要素や、投票という形で禁煙を応援できる仕掛けにして、従業員の巻き込みを図っていきました。こうした取り組みを進めるにあたって基本となるのは、医療者である保健師と従業員の対話であり、そのコミュニケーションや、健康課題の「見える化」に健康管理システム「Carely」が非常に役立っています。
D&Iや多様な働き方という観点では、一人ひとりの健康管理や把握が欠かせません。「Carely」は、障がい者雇用、育児時短勤務などタグ付けして従業員の生活背景や健康状態を見える化でき、その把握に役立っています。さらにクロス集計にもタグ付けは活用でき、組織全体の健康リスクの見える化や課題抽出にも貢献しています。特にタグ付け機能は保健師をはじめ、現場から「欲しかった機能が追加された!」と大好評です。
[山田氏] お役に立てて何よりです。「見える化」もですが、「従業員の巻き込み」は健康経営の推進にあたり課題になりやすいポイントです。「禁煙ダービー」の取り組みは、解決のヒントになりそうですね。
【サツドラHDでの「Carely」活用例】
同社の健康施策では「Carely」があらゆる場面で活用されている。その取り組みの中から一例を紹介する。
①健康診断の管理
受診者のデータを「Carely」に取り込み、同社基準で精密検査者を抽出し保健指導や受診勧奨を実施。経年で受診データを確認できるようになり、保健指導・特定保健指導の際も経年変化を踏まえた指導が可能になった。
②過重労働の管理
疲労蓄積度チェックの対象者を「Carely」で抽出、メールで配信。対象者はシステム内で回答。従来のExcelや紙ベースで行っていた頃に比べ、担当者の作業負担の軽減につながっている。
③面談記録の一元化
保健指導・特定保健指導に留まらず休職・復職、労務管理上の相談記録も「Carely」に一元化。対応方法をスムーズに検討できるようになった。また、産業医による復職判定もシステム上で実施できるため、個人情報保護の強化も実現した。
健康経営の推進における
課題の乗り越え方とは
[山田氏] 2021年からは、CHO(健康経営最高責任者)も設置されていると伺いました。
[富山氏] 当社では、成長戦略の“HOW”に健康経営を位置づけCHOやD&I委員会を設置し、グループ全体で健康経営の推進に取り組める体制の整備を進めています。現在、CHOを務めるのは、サツドラHDの常務取締役でサッポロドラッグストアーの陣頭指揮を執る役員です。経営陣が健康経営のコミットメントを示すことや、経営陣と従業員の橋渡しとなるCHOという存在があることで、プロジェクトの進み方は大きく変わります。実際に当社でもCHOが指揮を執る形になり、従業員の健康に対するアクションは活発化しています。代表である私からの発信もですが、別のアプローチで経営層の「本気度」を示すことが、従業員の態度変容には有用だと考えています。
[山田氏] 当社が2022年に実施した「健康経営の認知度調査」で健康経営を推進する上での“課題”を尋ねたところ、「会社の本気度と、社員一人ひとりが取り組もうとする気持ちがあるかどうか」「経営陣と従業員の意識に温度差があること」といった課題が挙げられました*。経営層がコミットメントを示す、CHOを実効性ある取り組みにするといったことは、抑えておきたい大事なポイントだと思います。つくづく御社の取り組みは素晴らしいと思うのですが、パイオニアゆえ地域で直面する難しさはありませんか?
[富山氏] それが意外となくて、地方で健康経営に取り組むことはポジティブなことの方が多いと思います。経営者同士「地域」という共通テーマがあるため物事を進めやすいですし、私自身、地域のコミュニティと積極的に関わり情報交換を行っています。例えば、僕が発起人となって立ち上げた「えぞ財団」という一般社団法人では、地元企業が参加するオープンスクールを開き、若手人材の育成に取り組んでいます。ちょうど前回は「D&I」をテーマに、自社や地域で広げるために必要なことをディスカッションしたのですが、こういった取り組みも機運の醸成につなげられています。
*iCAREによる「健康経営の認知度調査」での問い「健康経営を推進する課題」へのフリーテキスト回答より(2022年4月)
“物差し”を手に入れることが
健康経営の第一歩
[山田氏] これから健康経営を始めようという企業も多いと思います。もし、そういった方に健康経営についてアドバイスするとしたら何を伝えるか、最後にお聞かせください。
[富山氏] まだ当社も取り組みの途上段階ですが、健康経営は終わりのない取り組みであり、何よりも継続することが大事だということは確かです。
新たに健康経営に取り組むみたいという方の第一歩は、やはりデータ収集による「見える化」です。「ダイエットの近道は体重計に乗ること」と世間ではいわれますが、「見える化」できなければ改善もできません。まずは、健康経営の指標になる“物差し”を手に入れることから始めねばなりません。
そのうえで、経営層はマイルストーンを示し健康課題を重要課題として取り組む姿勢を従業員に見せること。従業員に対しても一方的に押し付けるのではなく十分に取り組みの意図を伝え、目的と施策のすり合わせを行いながら取り組んでいけると良いのではないでしょうか。
[山田氏] 今日お話を伺って、企業としての成長戦略と健康経営、それが自社だけでなく、地域の発展を見据えているといったところに大変感銘を受けました。当社としても、クラウドシステムだけでなく専門的知見の面でも健康経営に取り組む皆さんを支えていきたいと思います。本日は、ありがとうございました。