ウェルビーイングを評価する投資家は、企業の何を見ているのか?
情報開示と対話が投資を加速させる

GUEST シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表
取締役 コモンズ投信株式会社 取締役会長 
渋澤 健氏
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昨今、多くの企業が事業成長に向けた取り組みに加えて、ウェルビーイング実現に向けた施策にも注力している。では、そうした取り組みは、資本市場からどのように見られているのだろうか。企業がウェルビーイングと向き合うことの意味、そこで求められる視点や具体的な取り組みについて、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役、コモンズ投信株式会社 取締役会長を務める渋澤健氏に話を聞いた。

ウェルビーイングの実現は
「社員の自己実現」と
向き合うことから

――渋澤様は経済産業省が主導される「健康経営銘柄」の基準検討委員会の委員を務められているほか、ウェルビーイングについて数多くの講演やインタビューでも論じされています。企業が自社の価値向上を目指そうとするとき、ウェルビーイングをどう捉えればよいとお考えでしょうか。

[渋澤氏] ウェルビーイングな企業という意味では「従業員が自己実現に近づけるかどうか」が重要な観点だと思います。慶應義塾大学教授の前野隆司氏(以下、前野氏)が提唱する「幸せの4因子」でも、その一つ目に「自己実現と成長」を挙げられていますよね。私もこの考えに共感しています。

例えば、社員一人ひとりが「自分はこれを実現したいんだ」と明るく健康で働いている会社と、社員を見るといかにもやらされ感が出ている会社があったとしましょう。長期投資家であれば、前者のほうが長期的に価値を生み出し続け、成長すると考えるはずです。

そして、「企業が目指す方向性」と「社員の自己実現の方向性」が一致している会社こそ、ウェルビーイングに近づくことができるはず。その状態をつくるために大切ことは、経営者が自らの声を直接現場に届けたり、現場と対話したりする仕組みを持っていることです。そういう意味では、やはり経営者が意識して動かなければ、ウェルビーイングな企業はつくれませんよね。

――上場クラスの企業規模にもなると、経営層が現場と対話する機会はなかなか少ないように思えます。実際に、経営者が現場社員と対話しているような企業はあるのでしょうか。

[渋澤氏] 100年以上の歴史を持つ、日本の某大手食品メーカーの例が挙げられます。コロナ禍が到来した2020年、同社の社長とオンラインで意見交換をしました。その時、上場企業の経営者がオンラインを通じて投資家などの社外とつながりを持ち、日々情報を集めていることに驚いたものです。

そして、同社の社長は社外だけでなく自社の社員ともオンライン上で度々対話の場を設けているという新聞記事を読み、感銘を受けたことを覚えています。ウェルビーイングを経営のテーマに掲げる企業ともなると、経営トップ自らが現場の声を聞きながら、自らの声も直接現場に届けているわけです。

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ウェルビーイングな
組織であることが、
投資を促すことにもつながる

――投資家の視点から考えると、ウェルビーイングな組織であることはどのような意味を持つのでしょうか。

[渋澤氏] 長期投資家の視点で考えると、投資しようとしている組織がウェルビーイングな状態にあるかどうかは重要なポイントです。企業が長期的に持続可能な価値をつくるうえで、社員の心身が健康であることは欠かせないからです。

しかしながら、これを実施すればウェルビーイングな組織づくりが実現できる、という特効薬のようなものは存在しません。そうした意味では、人間の健康維持と同様に、ウェルビーイングに向けた取り組みも日々の積み重ねといえます。

――具体的には、どのような取り組みが求められるのでしょうか。

[渋澤氏] 前野氏が述べる「幸せの4因子」の一つ「つながりと感謝」にあるように、組織内で誰かとつながっている、ということがヒントになります。目の前にいる自分の上司だけではなく、経営層といった組織の意思決定者と対話を続け、社内の風通しを良くすることがウェルビーイングにも寄与していきます。

情報開示をきっかけに
「走りながら考える」

――2021年6月にはコーポレートガバナンスコードが改訂され、そこにはウェルビーイングに関する記述も加えられました。企業は今後、どのようなアクションを行うことが必要でしょうか。

[渋澤氏] 企業のウェルビーイングに関する取り組みについて、今後も市場からの要請が続くことでしょう。その中で重要視すべきは、やはり「情報開示」です。多くの企業はデータを集めて公開する過程を負担に感じるかもしれませんが、対話を促すツールとして開示しているという意識を高めるべきです。

情報開示を行うことで投資家と企業内部で対話を行うきっかけにもなりますし、その開示されている情報によって「うちの会社はこういった取り組みをしているのか」と自社に対する理解も進みます。

――ウェルビーイングへの取り組みがまだ道半ばの企業の場合、情報開示にハードルを感じることもありそうです。

[渋澤氏] 開示する情報には正解があるわけではないので、開示すること自体を一つのきっかけと捉えることも大切です。正解探しをしてしまうことは、日本社会の一つの課題のようにも思えます。そもそも正解を求めることの先に、今の時代に必要とされている「イノベーション」が生まれることは考えづらいので、思考を切り替えることが必要です。

そういった意味では、企業がウェルビーイングを目指す上では「走りながら考える」といった姿勢があってもよいのではないでしょうか。情報開示することで投資家や社外のステークホルダーとの間に対話が生まれるわけですが、企業はその対話を恐れてはいけないのです。

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情報開示の目的を「対話」と位置付ければ、対話を通じてウェルビーイングの取り組みを一歩前へと進めることができます。ウェルビーイングの取り組みを加速させるためにも、情報開示を通じて投資市場とのコミュニケーションを進めることが重要です。

まずはアウトプット(結果)を
開示することから

――ウェルビーイングに関する取り組みの多くは、目に見える形で成果が出るまでに時間を要すると思います。そうした背景もあり、「健康経営優良法人」といった制度でもインプット(健康管理の取組施策や体制整備)を評価対象としているはずです。投資家の方々は、ウェルビーイングに関する取り組みの具体的な内容まで評価される傾向にあるのでしょうか。

[渋澤氏] 投資家の視点から見ると、多くの場合はアウトカム(結果の外部評価)として判断を行います。ここでいうアウトカムとは、取り組みの結果として生じる企業の将来的な経済的・社会的・環境的リターンを指します。

もちろん、適切なアウトカムの判断は、十分なアウトプット(活動の取り組みの結果)があってこそ成り立ちます。だからこそ、企業としては自社の視点からウェルビーイングの取り組みの情報開示を行い、絶えず投資家とコミュニケーションしながら試行錯誤を重ねることが大切だと思います。

――最後に、ウェルビーイングに取り組む企業の経営者や人事部門のリーダーに向けて、メッセージをお願いします。

[渋澤氏] ウェルビーイングについて考えるとき、企業が社員をどう捉えるかが鍵になります。例えば、「人財」という言葉。人を材料や資材ではなく財産と捉えるために「人財」という言葉を使う企業があります。しかし、「財」というと企業の保有物のようにも聞こえてしまうため、私は違和感を抱いています。

そこで提案したいワードが「人的資本」。企業のバランスシートとこの言葉を照らし合わせたとき、社員は左側の「資産」に位置づけられるのではなく、右側の「資本」に位置づけられます。つまり、社員も株主同様に、企業価値をつくるためのステークホルダーの一員であり、一緒に価値をつくっているパートナーとなるわけです。

これからの時代は社員をパートナーとして位置づけ、社員の自己実現と向き合い続けることが、企業価値をつくるうえで重要となってくるはずです。

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