日本の水産業を世界に誇れる産業に!
京都大学発スタートアップと作る
「海を休める」陸上養殖

COMPANY: Ebara Corporation / Regional Fish
Hiroki Matsui / Tadanori Umekawa
Sponsored by 荏原製作所

「海を休ませる」。そんなコンセプトのもとに行っている荏原製作所の新規事業の1つが「陸上養殖」事業だ。京都大学発スタートアップのリージョナルフィッシュ株式会社(以下、RF)と組み、同社が開発する「ゲノム編集」によって生まれた魚、いわば食用に特化した魚を陸上の養殖施設で育てる。海や水産業の課題解決を見据えた事業だ。その裏には、プロジェクトに関わる荏原のチームと、RF共同創業者で代表取締役社長を務める梅川氏の熱意がある。

「世の中の役に立つことを
やるのが荏原のDNA」

 荏原製作所は、2019年7月から新規事業開発プロジェクトを進めている。そのひとつに陸上養殖事業がある。同社にとっては30年以上ぶりの新規事業として期待されており、プロジェクトに携わるメンバーは社内公募で募集された。

 このとき、陸上養殖に携わりたいと手を挙げたのが、荏原製作所 マーケティング統括部 次世代事業開発推進部 マリンソリューション課の松井寛樹氏だ。入社以来、主に人事畑を歩んできたが、新規事業への挑戦を決意。そこにはこんな思いがあった。

「日本は世界第6位のEEZ(排他的経済水域)を持ち、魚や貝・エビなど水産物を主に食べてきた国です。これほどポテンシャルが高く、世界で最も魚をおいしく食べられる国でありながら、産業としての水産について良いニュースを耳にする機会は少ないです。報じられるのは、高齢化による後継者不足、魚価の低迷、漁獲高減少、海洋汚染といった課題ばかり。数ある社会課題の中で、最も興味のある分野で自分も何かできないかと考えていたときに、陸上養殖のプロジェクトの公募があり、手を挙げようと決心しました」

 人事とまったく違う領域、それも新規事業に挑むのは、もちろん勇気のいる決断だった。それでも彼の心を掻き立てたのは「世の中の役に立つことをやるのが荏原のDNA」という思いだった。

「荏原の事業は、決して目立つものばかりではありません。ただ、大雨や台風の中で必死にポンプ設備のサービス担当者が現場で対処している姿を見たり、産業インフラの根幹に製品が使われていたりと、世の中の役に立つことをやるのがこの会社だと実感してきました。もし社会課題があるなら、その解決にアプローチするのが荏原のDNA。陸上養殖は、まさしく海や水産業の課題解決につながる事業です」そして、プロジェクトのメンバーに選ばれた松井氏の挑戦が始まった。

荏原製作所 マーケティング統括部 次世代事業開発推進部
マリンソリューション課 課長 松井寛樹氏

環境負荷の低い
「閉鎖型陸上養殖」を目指して

 まず、陸上養殖とは何なのか。魚類の養殖は、海の一角に生け簀を設置して魚を育てる「海面養殖」が一般的だ。それに対して、水槽を陸上に用意して魚を飼育するのが陸上養殖だ。

 RFの梅川氏は、陸上養殖のメリットを次のように説明する。

「海面養殖の場合、海水の温度や水質まで完全にコントロールできません。温暖化による海水温の上昇や、赤潮の発生を防ぐのは難しい。しかし、陸上養殖ならコントロール可能です。魚が育つために最適の環境を作ることができます」

 松井氏も「魚が育つ環境として『海がベストか』と言われれば、決してそうとは言えません」という。もっと良い生育環境を与えれば、より早く、健康な魚が育つ可能性がある。それが陸上養殖を行う1つの理由だ。

 そして何より、陸上養殖は「海の課題解決」につながる。その想いは、荏原がこのプロジェクトで掲げる「海を休ませる」という言葉に込められている。

「私たち人間はこれまで海をたくさん利用してきました。世界中で海面養殖が進み、ほぼ適地は無くなってきている状況です。もはや “海のキャパシティ”を超えつつある中で、私たちは、陸上養殖によって海を休ませることができれば、と思っています」(松井氏)

 海面養殖は、面積の問題のほか、魚を飼育する生け簀の下にフンや餌がたまり、それが海の環境を変えるという危惧もある。

 一方で、世界の食糧事情に目を移すと、タンパク質危機という別の問題がある。世界の人口増加などに伴い、今後、タンパク質が不足するとの予測がある。良質なタンパク質の確保に向けて、魚の重要性もより高まってくる。荏原が「E-Vision2030」で掲げる「水や食べるものに困らない世界」を実現し、社会に貢献するための具体的な取り組みとして、陸上養殖は経営目標にも合致している。

 荏原とRFが取り組む陸上養殖のシステムに触れておきたい。梅川氏は「陸上養殖にはいくつかの方法がありますが、私たちが目指すのは、もっとも環境負荷が低い閉鎖循環式陸上養殖です」という。

「可能な限り水を施設内で循環し、魚から放出されるアンモニアなども濾過して水質を保つ方式です」

 水質の保全に加え、水温やpH値、水に含まれる酸素濃度などをつねに管理。AIやIoTを駆使した「スマート陸上養殖」であり、魚にとって最適な生育環境を維持することが可能だ。

 松井氏は「荏原はポンプ事業をはじめ、水などの流体を管理する、動かす、きれいにするといった技術を培ってきました。そういった要素技術が陸上養殖で活用できます」と話す。

日本経済にとって
「今日よりもいい明日を」

 陸上養殖事業への参入を決めた荏原とRFは、紹介を通じて知り合った。

 RFを創業した梅川氏自身も、興味深い経歴の持ち主だ。彼はもともと京都大学で経営を学び、経営コンサルティングファームや政府系の企業投資ファンドに身を置いた。

「私が20代前半の頃、日本経済は『失われた20年』と言われていたのですが、今日よりも悪い明日が来るなんて嫌だなと。この流れを何とかしなきゃいけないと思っていました。日本の中小企業の技術力は高いのに、経営機能が弱く、世界で戦えていないという見方がありました。そこで、コンサルティングファームで日本企業の経営に携わろうと考えました」(梅川氏)

 その後、政府系ファンドでM&Aの案件に従事する中で、実際に企業の技術力を分析していると、「日本の技術は、中国、韓国、台湾などのアジアの国々にすでに遅れを取っている」と感じるように。そこで梅川氏は、いま日本にある世界最高峰の技術で事業を行い、勝負しようと決意する。

 梅川氏は自身が文系出身であることから、技術系の人と組めないかと考えていたときに出会ったのが、おもに魚のゲノム編集を研究する京都大学農学研究科の木下政人准教授だった。木下氏は、マグロの完全養殖で知られる近畿大学水産研究所とも共同研究を行っている。

「日本にとって水産業は大事な産業なのに衰退していっています。そして技術の力で、水産業と水産業をやっている地域も一緒に何とかしたい。日本は完全養殖に必要な部分において、世界をリードする技術を持っています。そこにゲノム編集技術を乗せて、ゲノム編集+陸上養殖の事業を行えば、世界で戦える勝ち筋になるかなと」(梅川氏)

 こうして梅川氏はRFを創業することとなった。

 ゲノム編集という言葉は耳慣れないものだが、RFが取り組むのは欠失型と呼ばれるもの。具体的には、狙った遺伝子の一部を切り取って特定の機能を失わせる。それにより、食に適した魚を生み出すのだという。

「たとえば病気につながる遺伝子を切り落としたり、筋肉の発達を抑える遺伝子を落として可食部を増やしたりということが可能になります」(梅川氏)

 その説明のために、取材当日、欠失型ゲノム編集で生まれたマダイの模型を梅川氏が持ってきた。通常のマダイよりも身(可食部)が大きく発達するため、頭が小さく見える。また、体内に占める骨の比率も平均より30%ほど低下しているという。さらに将来的には、人間にとってのアレルギー物質を抑えるといったことも技術的には可能だという。

ゲノム編集したマダイの模型を手に説明する
リージョナルフィッシュ株式会社 代表取締役社長 梅川忠典氏

「食用に品種改良を進めるほど、生物が自然環境を生き抜く力は弱くなっていきます。例えば、糖度を上げた野菜や果物を畑で育てたら、すぐに虫に食われてしまうでしょう。骨の比率が下がるのも体が弱くなることにつながりますし、調理のしやすさからウロコの少ない魚をつくった場合、自然の海では生きられません」(梅川氏)

 従って、陸上養殖の中でも、育てる魚によって水温や水質など、それぞれ異なる環境制御が求められる。つまり、水の管理が生命線となるのだ。だからこそ、荏原の技術は梅川氏にも魅力的に映った。

 松井氏も、RFの研究を初めて見たときに「これは世界を変える技術だ」と感じたという。そして、「快適な水環境を作るのは、人も魚も同じ。荏原がやってきたことを必ず活用できると思いました」と振り返る。

この事業の成功が、
荏原という会社を熱くする

 こうして取り組んでいるプロジェクトでは、すでに可食部が1.2倍に増えたマダイや成長性が1.9倍になったフグを育てている。この技術を高め、いつの日か「日本が世界に誇る産業として陸上養殖を海外に展開したい」と松井氏は話す。日本の産業分類においても、漁業のカテゴリに「陸上養殖が入るときが来れば」と力を込める。

 もちろん課題もある。現状、陸上養殖にかかるコストをペイするには、より規模の大きな施設を作り、生産量を増やす必要がある。大規模な投資と仲間づくりが必要だ。

「養殖の魚に対する消費者の意識変革も必要です。品質や味は、天然に劣るものではないということを認知していただかなければなりません」(松井氏)

 養殖魚を普及させるにあたってのハードルもあるが、2人はいたって前向きだ。そのモチベーションはどこから来るのか。社会課題の解決になることはもちろん、梅川氏は「この事業が勝ち筋だと思うから」とはっきり言い切る。食文化が充実し、世界を見渡しても、これほどおいしい魚が当たり前に食べられる国は見当たらない。だからこそ、この事業で勝負していくのだ。

 松井氏はその言葉に同意した上で、荏原の一員という視点から、こんな思いを口にする。

「荏原はチャレンジを認め、評価してくれる会社です。それは社長の浅見も強く発信しています。ただし、チャレンジするには会社を納得させる“熱”が必要です」

 そして、松井氏は続ける。

「この点において、私は全く心配していません。荏原の創業の精神は、熱意と誠意。従業員も、熱い想いを持つ人ばかりです。産業機械メーカの荏原が魚を育てるなんて突飛かもしれませんが、私たちの挑戦が、皆が内に秘めた火を大きく燃やすきっかけになってほしいと思っています」

 そして、梅川氏は次にように付け加えた。「松井さんをはじめ荏原のような大企業の方が、僕らスタートアップと同じ熱量でこの事業に向き合ってくれるのが嬉しい」。

 その言葉通り、陸上養殖に挑むメンバーの心には、確かな熱がみなぎっているのが感じられた。

TOPページに戻る
TOPへ