荏原製作所は、長年にわたり培ってきたポンプなどの回転機械技術の強みを生かし、航空宇宙分野への参入を決めた。宇宙への「夢」をそれぞれに抱く社員たちの出会いと再会、そしてチーム結成などを経て、航空宇宙技術グループが発足した。リーダーの藤枝氏は、「企業として、宇宙分野で広く頼りにされる存在になっていきたい」と話す。
社内コンペでの
提案から始まった
「荏原は宇宙にロケットを飛ばせます!」
2020年6月17日、荏原製作所で初めて実施された新規事業アイデアコンペティション「E-Start2020」の最終プレゼンテーションで、チームリーダーの藤枝氏は、浅見正男社長をはじめとする審査員たちの前でこう言い切った。荏原が航空宇宙技術分野への参入を検討するきっかけとなるプレゼンテーションだった。
「新規事業に向けたコンペティションなのだから、プレゼンでは攻めようとメンバーと話していました。ロケット技術のなかでも特に難しい課題の1つとされるエンジン用のポンプ技術を荏原は持っている。荏原の技術でロケットを飛ばせると提案しました」(藤枝氏)
大学時代からの夢を経て
チーム結成へ
宇宙事業の構想を提案したチームの中心はリーダーの藤枝氏と、中村氏である。チーム結成の原点は二人の「再会」にあった。
二人は大学時代、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の前身、宇宙開発事業団(NASDA)主催の「種子島宇宙センタースペーススクール」に参加し、そこで出会った。その後、藤枝氏は2006年、大学院修士課程を修了し、「宇宙につながる仕事をしたい」と荏原に入社。中村氏は博士課程を経て2009年、「専攻の流体機械の知見を生かせる」と荏原に入社した。
スペーススクールの同窓会で交流する機会はあったものの、荏原に入社後は、異なる部署で接点のないまま10年以上が経過。そして2019年、日本機械学会の講演会で、学会の委員だった中村氏が藤枝氏の部署に講演を打診。当日、登壇した藤枝氏に、懇親会の場で「藤枝さん、お疲れさまでした。中村です」と声をかけたのだ。
「最初、『あの中村さん』だと気づいてませんでした」(藤枝氏)
再びつながった二人。宇宙への夢は持ち続けていた。程なくして、社内公募制の新規事業コンペティションE-Start2020実施の告知が流れた。「荏原で宇宙の夢を叶えるには、この機会しかない」と藤枝氏と中村氏がタッグを組んだ。チーム誕生の瞬間だ。
かねてより荏原は、外部機関とロケットの開発で技術協力をしてきた経緯がある。そんな荏原の技術力の高さに企業としての魅力を感じ、偶然、同じ荏原に入社した2人だったが、このようなかたちでチャンスが訪れるとは思ってもみないことだった。
2021年8月、
航空宇宙技術グループが発足
E-Start2020の最終プレゼンでは、ロケットエンジンのポンプを中心に、ロケットの運用全体に貢献する事業をしたいと大きな構想を提案した。
「人類が生活圏を地球以外に広げていくことを考えると、どう移動するかが鍵です。われわれはロケットのコア技術の1つであるエンジンのポンプで貢献できる。さらに、月などでの生活でも水などを流すのに荏原のポンプ技術が重要となる。地球のために荏原がしてきたことを、宇宙でもできるのではないかと提案しました」(藤枝氏)
藤枝氏の熱意が審査員に届き、チームは入賞を果たした。荏原製作所がE-Start2020を実施したのは、当然ながら将来性のある事業提案を新規事業の創出につなげるためだ。入賞者発表の直後、藤枝氏らは勢いあまって、リモートで開催されていた審査会場に別室から駆け付け、審査員にあらためて熱意を伝えた。入賞の興奮は会場全体に伝わり、結果として藤枝氏の意気込みは社長の浅見氏にも強く印象づける形となった。
チームによるフィージビリティスタディの結果などを踏まえ、荏原は2021年8月、「コーポレートプロジェクト(CP)水素関連事業プロジェクト」のもと、航空宇宙技術グループを発足させた。その間、チームで社内の勉強会でプレゼンしたり、興味がありそうな社員を誘ったりして、新しいメンバーたちもグループに加わった。
最初のターゲットは
超小型人工衛星用ロケット
2023年度までの大きな目標の一つが、インターステラテクノロジズ社(IST)と室蘭工業大学が2019年から取り組んでいる共同開発の支援だ。2機関は「超小型人工衛星打上げロケットZERO」のエンジン用ターボポンプの共同開発に挑戦している。航空宇宙技術グループ発足1か月後の2021年9月から、メンバー2名が室蘭工業大学に常駐し、ZEROの「心臓部」ターボポンプの開発支援にあたっている。
支援体制の動機となったのは、宇宙市場を盛り上げているISTや室蘭工業大学への共感がある。宇宙事業本格参入の最初のステップとして、ポンプメーカの立場から協力できる範囲で貢献しつつ、宇宙市場で必要な見識を得ることができると考えた。
ターボポンプは、推進剤とよばれる燃料や酸化剤をタンクから燃焼器に送りこむ役割を果たす。共同開発支援では、ポンプの性能を確かめるため、3機関での「水流し試験」をおこない、ポンプの効率や昇圧性能などの必要なデータを得るなど、着実に歩みを進めている。
「エンジンシステムにとってターボポンプは回転を伴う一部品ですが、回転機械はそれ自体がシステムとして成立する必要があるため、開発難易度が非常に高い部品です。回転機をつくってきた荏原は、その技術を生かすことができます」とチームのメンバーの一人は話す。
一方で、ロケットエンジンのポンプだからこその挑戦的な課題もある。その一つが、回転スピードだ。一般的な産業用ポンプでは1分あたり速くても1万回転ほどだが、ZEROのターボポンプでは、1分で数万回転といった速さが必要になるという。それに加え、コンパクトさや軽さを追求する必要があり、開発において苦労が多いポイントなのだという。
共同開発が順調に進めば、2023年度中にZEROの打ち上げとなる。
「共同開発をフォローしつつ、私たちが勉強させてもらえる部分も多分にあります。荏原の宇宙事業を発展させるために、この経験を糧にしたい」(中村氏)
宇宙への夢を
膨らませていく
メンバーそれぞれが抱く「宇宙」への夢
「宇宙分野でも荏原の知名度を上げて顧客開拓し、最終的に宇宙開発に貢献できればと思っています」(渡辺氏)
「宇宙機の各製品には極限的な技術が求められます。技術者として技術力を高めるのに素晴らしい領域で仕事をさせてもらっています」(向江氏)
「プロジェクトチームに入って、自分の進む方向が定まった気がします。幼少時代から宇宙に憧れがあり、月面に行くという夢を抱いてきました」(テジャス氏)
E-Start2020で提案したロケットの運用全体に貢献するというリーダーの藤枝氏の思いは今も変わらない。
「当面はエンジン用ポンプに焦点を当てていきます。けれども、ポンプだけにとらわれず、それ以外の重要パーツでも貢献していければと考えています。宇宙分野では“ポンプの荏原”を超えて、広く信頼される存在になっていきたい。そして宇宙開発で地球の課題を解決することをまじめに夢見て、その夢を叶えていきたい」(藤枝氏)
宇宙への純粋な夢がもたらしたメンバーの出会いから始まり、いま、荏原の新しい航空宇宙チームが歩みだしている。ロケットボーイズたちの心は、みな宙の彼方に向けられている。