2050年のカーボンニュートラル実現という課題に対し、「ターコイズ水素」への期待が高まっている。課題達成の鍵を握る「水素」のなかでも、特に効率的な方法でつくられ、大気中の二酸化炭素量を減らす「カーボンネガティブ」にも寄与しうるからだ。荏原製作所は2021年から本格的に水素社会の実現に向けて歩みはじめた。次世代エネルギー事業化プロジェクトのリーダー 吉浜真也氏はメンバーとともに、荏原製作所が培ってきた技術力と、自身が抱く情熱をもって、「ターコイズ水素」技術の実用化、そしてその先にあるカーボンニュートラルの実現に挑んでいる。
「持続可能な社会づくり」の
担い手として
「自分の子どもには、“地球を守るのがお父さんの仕事だよ”って話しています。地球の問題を解決するしくみをつくっているんだと」
荏原製作所マーケティング統括部で次世代エネルギー事業化プロジェクトリーダーをつとめる吉浜真也氏は、自分の仕事のことをそう話す。
2021年、荏原製作所は水素社会実現への貢献をおこなうため、全社的に水素関連事業の創出に取り組む「コーポレートプロジェクト(CP)水素関連事業プロジェクト」を発足させた。CP水素関連事業プロジェクトメンバーでもある吉浜氏は「持続可能な社会づくり」を実現するため、「ターコイズ水素」をはじめとする次世代エネルギー事業化プロジェクトのリーダーをつとめる。水素を「つくる」「はこぶ」「つかう」プロセスのうち、吉浜氏らプロジェクトメンバーが手掛けるのは、「つくる」部分だ。
カーボンニュートラルへの
切り札、ターコイズ水素
二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量と吸収量をつり合わせて、排出量を実質ゼロに抑える「カーボンニュートラル」の実現が、2050年までの世界の大きな目標となっている。水素には様々な製造方法があるが、その中で期待が高まっているのが「ターコイズ水素」だ。水素社会、つまり水素をエネルギー源として広く使う社会を目指す動きはよく聞くところ。なかでも、原料に天然ガスや一般ごみ、汚泥、畜産糞尿などから出るバイオガスを使う水素は「ターコイズ水素」とよばれ、有望視されている。
「グリーン水素」は、再生可能エネルギーで水を電気分解してつくられるので環境に優しいが、エネルギーコストがかさむ。また「ブルー水素」は、化石燃料を使ってつくられ、生じた二酸化炭素は分離回収して地下に貯留するというものだが、貯留場所の確保がむずかしい。エネルギー効率の点でも、製造場所の点でも、「ターコイズ水素」に利があるとされる。
さらに「ターコイズ水素」には、二酸化炭素の排出量を吸収量が上まわる「カーボンネガティブ」に貢献する可能性もある。バイオガスを原料とするターコイズ水素をつくればつくるほど、原料ガスに含まれる炭素が固体炭素として固定化されるので、原理的には大気中の二酸化炭素量は減っていくことになるのだ。
「荏原の技術力を活かせる」
という確信
荏原製作所は新規事業のひとつである水素に関連するビジネス創出に力を入れている。吉浜氏は、社内の研修で行われたプレゼンで発案し、きっかけをつくった一人だ。現在、「ターコイズ水素」をつくる技術のプロジェクトをリードする。
「もともと新卒で就職した企業から荏原製作所に出向していたのですが、荏原の技術力の高さに魅力を感じていました」と吉浜氏は話す。在籍していた会社を一度退職し、大手重工メーカを経て、10年前に荏原の正社員として戻ってきた。「趣味のダイビングで自然と接したり、発電関連の仕事を経験したことから、環境・エネルギーというものの大切さを強く感じていました。一社員ながら、荏原の事業との親和性の高いエネルギー分野で、社会課題の解決につながる事業ができないかと考えていたところ、研修で新規事業を提案するチャンスがありました。荏原は水素をやるべきと社長を含めた経営層の前で発表したところ、世界的な脱炭素化の潮流の高まりもあり、ちょうど社内でもその機運が高まっていきました。現在はマーケティング統括部の一員として、水素をはじめとする次世代エネルギー分野のマーケティング・事業立案に関わっています」
水素事業は、荏原製作所の長期ビジョン「E-Vision2030」で掲げる重要課題のうち「持続可能な社会づくりへの貢献」「環境マネジメントの徹底」に合致している。いかにカーボンニュートラルに寄与していくか。吉浜氏はメンバーとともに、ビジネスパートナー、業界団体、研究機関など考えられる相手先にくまなくヒアリングをした。結果、「ターコイズ水素」の効率的な製造技術を研究開発している物質・材料研究機構(NIMS)と連携し、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の水素製造プロジェクトに参画することが決まった。
参画の背後には、「荏原の技術力を活かせる」という確信があった。バイオガスから水素をつくるには、触媒反応を利用し、熱や圧力をかけるなど複数の高度なプロセスが必要だ。吉浜氏は、特に二つの点で、荏原の強みを活かせると見ている。
一つは、祖業のポンプ、それにコンプレッサやタービンなどの「風水力」とよぶ事業の強みだ。「液体や気体などの流体をただ移送させるだけでなく、流体解析・材料・分析などの基盤技術をベースに、最適に制御することができる。荏原のこの技術は、水素製造技術の開発にも大いに活かすことができます」
もう一つは、さまざまな要素技術・コンポーネントを有機的に結びつけるシステムエンジニアリングの強みだ。「たとえば、発熱反応で出た熱を、別工程の吸熱反応に使い、ムダのないプロセスを実現するといったことも可能になる」
メンバーの“熱意”を、
ひとつの形にしていく
これまでにない新しいことに取り組むための、社内外での連携と調整。未知に挑むやりがいと難しさを感じながらも、カーボンニュートラルという社会課題解決への貢献に向けた熱い思いが吉浜氏を突き動かす。
NEDOのプロジェクトで、荏原製作所は「ターコイズ水素」技術の実用化、つまり商業ベースに乗せる役割を担っており、民間企業の代表者として共同研究者の研究所、大学、他企業のメンバーらとやりとりしている。実用化に向けて今後の鍵となるのが、パートナー企業の開拓だ。特に開発中の技術が実現すると、水素とともに生じる固体炭素をさまざまな形や性質につくり分けられるようになり、固体炭素の広い用途が考えられる。そのため炭素メーカにも技術開発に加わってもらうことが実用化には重要となる。「炭素メーカがつくりたいものを、そのメーカとともに実現していきたい」と吉浜氏。すでに複数の企業から問い合わせも入っているという。
社内的には、メンバーそれぞれがもつ“熱意”を受けとめる。「新規事業では敷かれたレールがあるわけではありません。皆がそれぞれやりたいことがあり、信念がある。意見の相違があっても、メンバーには納得感をもって着地点を見出してもらいたい。そこをリードするのが私の役目です」
「2050年」まで
残された時間は短い
「ターコイズ水素」をつくる優れた技術を社会に出して広めたい。実用化のめどを2026年に定めている。プロジェクト開始から5年内での実用化は、一般的にはスピーディでハードルの高い目標だ。
「2030年までにどこまで社会が前進しているかが、その後とても大事になると考えています。カーボンニュートラル目標年の2050年というと、かなり先という感覚がもたれがちです。でも、2030年になれば残り20年。物事は20年でそう劇的には変わりません。いまのスピードではペースが遅いという危機感を自分としては持っています」
荏原製作所は1912年の創業以来、社会課題の解決に貢献することを事業そのものにしてきた。水インフラの整備という課題にポンプの技術で応じてきた。経済と都市化の進展に伴い深刻化するごみの問題に環境プラントを開発、また半導体の需要増加に製造装置の開発で応えてきた。そしていま、カーボンニュートラルの実現という課題に社会は直面している。
「ターコイズ水素が普及すれば、かならずカーボンニュートラルを実現する技術のひとつになる。荏原の水素事業の取り組みが、社業を発展させるとともに、社会貢献にも直結するという思いでやっています」
環境やエネルギーに関わりたい。その夢を荏原で実現した吉浜氏。「カーボンニュートラル実現に向けた取り組みをさらに加速させていきたい」と語る。「地球を守る」自負と気概をそこから感じ取ることができた。