徳川家斉は第8代将軍・吉宗の曾孫。家斉が15歳で第11代将軍に就任すると、養父・家治時代に権勢を振るった御用人・田沼意次を罷免。 陸奥白河藩主で名君の誉れ高い松平定信は、若くして将軍になった家斉が成長するまでの代繋ぎとして老中首座・将軍輔佐に任命される。 松平定信が主導した政策・寛政の改革では幕府財政の建て直しが図られた。しかし、定信の強引な手法に嫌気が差した家斉は、父・治済と協力して定信を罷免。寛政の改革は終熄した。 松平定信がいなくなったことで、第8代将軍・吉宗以降「倹約」を続けてきた幕府は路線を変更、家斉は歴代将軍の中でも群を抜いた贅沢な生活を送るようになった。 大奥は3000人近くの女