オーストリア連邦首相府は迷宮のような建物で、曲がり角を1つか2つ間違えると、たまに記者会見に使われる小さな部屋に行き着くことがある。 今となっては、あの会議が開かれた輝かしい過去をうかがわせるものは豪勢なカーペットときらきら輝くシャンデリアしかない。 ここには1814年9月から1815年6月にかけて、ナポレオンの戦争によって乱れた欧州大陸の秩序を修復しようといろいろな国の皇帝や君主、大使がやって来ていた。 ウィーン会議は9カ月間に及ぶ仮面舞踏会と贅沢な晩餐会になり、その合間に外交のおしゃべりが時折挟まれるという有様だったが、ライバル間の勢力を巧みに均衡させたことから、欧州ではその後ほぼ1世紀に
ロシアの親友オーストリアがトラブルに直面
帝国の栄華はどこへやら、架け橋になれない小国
2023.5.17(水)
The Economist
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