初めての上京で目にした東京は、自分の想像をはるかに超えていた。しかしながら百聞は一見に如かず。故郷に戻ってからの富太郎は、東京で植物学の研究に勤しむ自分と、あくまでもひとりの植物愛好家として佐川で岸屋(※)の経営を引き継ぐ自分を現実的に比べることができた。祖母の浪子の期待通りに岸屋を選ぶか、それとも郷里も岸屋も捨てて、東京に出て植物研究の道を邁進すべきかの二択である。 富太郎がその選択に悩む一方で、祖母の浪子は彼の結婚を考えていた。相手は、従妹の牧野猶(まきの・なお)。いうまでもなく、彼に岸屋を継がせるためである。富太郎を郷里に留め置く方法は、これ以外には考えられなかったのだろう。 結婚が成立