稲盛和夫氏が今年(2022年)8月に亡くなった。90歳。老衰だったという。大往生、といっていい。 稲盛といえば、あるエピソードを思い出す。 かれは中学受験に二度失敗し、大学も希望校には入れず、かろうじて鹿児島大学工学部に滑り込んだ。卒業後も、希望する会社には次々と落ちつづけ、恩師の斡旋でやっと京都の碍子製造会社に入社した。しかしこの会社は、オーナー一族のもめ事が絶えず、社員の士気も低く、労働争議が頻発する劣悪な会社だった。 稲盛も一度は転職を考えたが、腹をくくるとひたすら仕事に邁進した。なかには立派な技術をもった先輩たちもいた。だが、正しいと思ったことは口にする稲盛は、自分たちの権利ばかりを主