臨月だった妻が突然、産気づいた。ウクライナのある街でのことだ。いっしょに自宅にいた夫は、医者を呼びに家を飛び出した。慌てたことだろう。同時に子どもが生まれてくる喜びも、彼を急かせたことだろう。妻とまだ見ぬ子どものことで頭がいっぱいだったはずだ。玄関ドアを開けて、外に出た。そのわずかあとの出来事だった。夫はロシア兵に狙撃されて絶命した。それから妻は無事に子どもを生んだ。だが、その子の誕生日は父親の命日になった。父親が子どもの顔をみることも、子どもが父親に抱かれることもなかった。