平岡円四郎が一橋家に出仕したのは、嘉永6年(1853)12月であった。実はその半年前の6月、幕末の動乱の火ぶたを切るペリー来航という大変事が出来していた。その僅か10日後の6月22日、第12代将軍の徳川家慶が急死し、第13代将軍として家定が後を継いだ。