1991年8月19日。テレビのスイッチをつけたソビエト連邦の国民は、緊急事態が起きていることを察知した。どのチャンネルもクラシック音楽をかけっぱなしにしたり、バレエ「白鳥の湖」を繰り返し放送したりしていたからだ。実際、この数時間前にクーデターが試みられ、ミハイル・ゴルバチョフ氏が身柄を拘束されていた。