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イノベーション
2018.11.14

「MOOC」がライフシフト実現のカギとなる理由
IoT時代、<学習の動機と手法>が変わる

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コーセラ(Coursera)創立者、スタンフォード大学コンピューターサイエンス学部教授のダフニー・コラー(Daphne Koller)氏(左)と、アンドリュー・ウ(Andrew Ng)氏(右)。(2012年7月撮影、写真:The New York Times/アフロ)

 2012年のTEDカンファレンス*1

 脳科学者・茂木健一郎が日本人として初めて登壇したことが話題になったこの年の世界的な講演イベントで、大きな爪痕を残したのがダフニー・コラー(Daphne Koller:以下コラー)である。

 コラーはスタンフォードのコンピューターサイエンス学部で「機械学習」を担当する気鋭の大学教授。プレゼンテーションのわずか2カ月ほど前、同僚のアンドリュー・ウ(Andrew Ng)准教授とともに、大規模オンライン講座「コーセラ(Coursera:以下コーセラ)」をリーン・スタートさせていた。

 最高水準の教育は、限られた場所で経済的に恵まれた学生にのみ特権的に与えられるのではなく、世界中の向学心の高い人々に対して(しかも無料で)解放されるべきである(“Universal access to the world’s best education”)、というのがコーセラの崇高な理念である。

 コラーはTEDのステージの高みから、世界中の高等教育に関わる大学、機関、その他ステークホルダー(スポンサー候補のIT系企業、VCなど出資者含む)に対して、コーセラの活動への参加と支援を熱く訴えたのである。

【参考】ダフニー・コラー「オンライン教育が教えてくれること」(https://www.ted.com/talks/daphne_koller_what_we_re_learning_from_online_education?language=ja


 現在、コーセラのようなタイプの大規模オンライン講座は「MOOC(ムーク、Massive Open Online Course:以下MOOC)」と呼ばれ、下の表のように「ユーダシティ(Udacity)」「エディックス(edx)」など運営母体になる大学や機関の違いで、いくつかのグローバルMOOCプラットフォームが存在する。

代表的なMOOCプラットフォーム。
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 2018年を迎えた現在、すでに百花繚乱の感のあるMOOCだが、筆者がこのタイミングで取り上げるのには理由がある。

 なぜならMOOCの潮流は、喫緊の社会的課題になりつつある、長寿社会を前提にした「ライフシフト」(生き方の革新)に対して、キー・ソリューションになるのではないか、という予感が最近、確信に変わったからである。

 今後、大規模オンライン講座MOOCの恩恵を受けるのは(コーセラの初期の理念に記された発展途上国の教育機会に恵まれない若者はもちろんだが)、むしろ先進国で自らのキャリアの次のステージを見出そうと格闘する、「迷える子羊たち」に違いない。

 IoT時代、<学習の動機と手法>が変わる。

*1:毎年、カナダのバンクーバーで5日間にわたって開催されている講演会。文字通り、技術(Technology)・エンターテインメント(Entertainment)・デザイン(Design)の分野を代表するスピーカー70名が登壇し、人類最先端の問題についてプレゼンテーションを行う。インターネットで無料配信も行われている。

『ライフシフト』に不可欠なキャリアの「リ・クリエーション(再創造)」

 人生100年時代、我々がいかに生きるべきかについて興味深い示唆を与えてくれる本が、MOOC元年の2012年から4年後の2016年に出版された。それが、『LIFE SHIFT(ライフシフト) ― 人生100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)である。

 著者のリンダ・グラットン*2(以下:グラットン)、アンドリュー・スコット(以下:スコット)は、ともにロンドン・ビジネススクール教授。

 この本の主張は(やや過激と感じるかもしれないが)明解である。

(1)寿命の長寿化は世界的な傾向である。これからは100歳の寿命で80歳まで働き、残り20年が老後になる「100/80の関係」が当たり前になる。

(2)引退後には最終所得の50%の年間資金が必要だが、人生100年時代にこれを貯蓄と公的年金だけで賄うのは非現実的(年金財政の逼迫は何も特定の国だけのローカルな課題ではない)。

(3)したがって「人生100年時代」の戦略は「ライフシフト」、つまりタイプの異なった「マルチステージの人生」を展開しながら長く働き、引退期間をできるだけ短くするよう努力すべき。

「マルチステージの人生」とは、自分らしさを追い求め、積極的にあるべきライフスタイルを模索し、生涯に2つもしくは3つ以上のキャリアを持つこととされる。

 これは、教育→仕事→引退、と誰もが同じような時間軸で人生を送っていた「3ステージの人生」と対照的な概念である。

 キャリアのロールモデルの例として、本の中で紹介されているのは、自らの志を探索する「エクスプローラー」、専門性を武器にフリーランサーとして活躍する「インディペンデント・プロデューサー」、多様な仕事や活動を組み合わせる「ポートフォリオ・ワーカー」の3タイプの生き方だ。

 そして、これらの生き方を組み合わせて「マルチステージの人生」を生きるための条件として、タイプの異なるキャリアの節目節目に、自分自身への投資と「リ・クリエーション(再創造)」の機会を増やすことが不可欠だ、とグラットンやスコットは言う。

 しかし、長い会社勤めが身に染み付いたミドルやシニア層の場合、言うは易く行うは難し、だろう。

 改めて次の就労に生かすための学び直し(いわゆる「リカレント教育」)のために、勤務外に社会人向けの大学院や専門コースに通ったり、ソーシャルの団体に入り込み自分にふさわしい居場所を探したりすることは、そう容易なことではない。

 強いモチベーションと持続エネルギーがなければ、到底、持続不可能だ。

 まず学び直しのための時間的な制約や金銭面の問題で出鼻をくじかれ、課題を先延ばしにしてしまう(つまり「迷える子羊」状態に陥る)に違いない。

 そのような場合、まさに「渡りに舟」となるのが、コーセラに代表されるMOOCの存在なのである。

*2:前者のグラットンは、前著『ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』(プレジデント社、2012年)出版以来、人材論・組織論の論客として日本でも注目されている。

「マルチステージの人生」に寄り添うコーセラ

 実際に、コーセラを受講した体験を学生者側(お客さま)の目線で編集した証言ビデオをYouTubeで観ることができる。

「マルチステージの人生」は、世界中のあちこちで今そこに起きている現実であり、よって学生の年齢層も非常に幅広いことがよく分かる。

【参考】“Coursera Is”:Learners Reflect on What Coursera Means to Them(https://www.youtube.com/watch?v=mnMm8RcM4M8


 コーセラは、誰でも、無料で、自分のペースで世界のトップクラスの大学・機関のさまざまなコースを受講できるだけでなく、希望する修了者には修了証を発行してもらえる(有料)ので、人生半ばで次のキャリアの扉を開こうと考えた際にアピールできる資格として役立つケースもあるだろう。

 また、コーセラの創始者コラーがプレゼンテーションの後半でも強調していたように、受講者同士がオンラインコミュニティを形成し、論文をお互いに評価しあったり、Q&Aに対応しあったりすることで、アクティブな学習姿勢が育まれて学習の度合いが深まっていくという効果も期待できる。

 コミュニティの活動を通じて、将来的に仕事に役立つ人脈を形成できるかもしれない。

「マルチステージの人生」とMOOCが出会うことで、エイジ(年齢)とステージがイコールでなくなり、異なった年代の人たちが同じ経験を共有する機会が増えて、これまでと違った創発のパターンが生まれる可能性すらある。

クリステンセンが予言していた「教育の破壊的イノベーション」

 実は、コーセラのようなMOOCが台頭することを、早くも数年前に予言していた人物がいる。

 ハーバード・ビジネススクール教授、クレイトン・クリステンセン(以下:クリステンセン)である。

 巨大企業がスタートアップ企業の前に力を失う理由を示した経営理論「イノベーションのジレンマ」を、クリステンセンが発表したのは1997年。

 その後、2008年に刊行された『教育×破壊的イノベーション ― 教育現場を抜本的に変革する』(翔泳社)の中で、ITの進化によって教育現場にも破壊的イノベーションが起きること、2015年にはコンピューターを通じた教育が大きなシェアを持つようになることを見事に看破しているのだ。

 クリステンセンの主張をざっくり整理すると、以下のようになる。

(1)教育を改良するための「手法」として、「全ての生徒に対して1つの教授方式を用いる」ことを前提にした「持続的イノベーション」と、「一人ひとりの生徒が異なる学び方をする」ことを前提にする「破壊的イノベーション」の2タイプがある。

(2)後者(教育の個別化)を前提とした製品・サービスとしてコンピューターを利用した教育「方式」があるが、最初のうちは既存の教育ニーズ(ここではリアルの学校教育でのニーズ)を満たすことはできない。

(3)コンピューターを利用した教育「方式」がその力を発揮するためには、それを「一人ひとり異なる進度と異なるプロセスで学ぶ」という「無消費」(つまり初期のオンライン講座のように、お客さまが少ないニッチマーケット)への対応として、まず活用する必要がある。

「3ステージの人生」が当たり前だった時代、学校で教育を受けるエイジやステージは若い時期に固定されており、それゆえ教育の個別化は「無消費」に近い状態であって、大規模な活用ニーズはなかった。

 ところが、長寿化社会が顕在化し、「ライフシフト」を繰り返して「マルチステージの人生」を生き抜くことが多くの人々にとっても必然となった段階において、状況は一変する。

 さまざまのエイジやステージの人々によって、自らのキャリアの「リ・クリエーション(再創造)」という強い「動機」で形成されたマーケットが急に顕在化し、教育の個別化が「破壊的イノベーション」として表舞台に押し上げられた結果、教育の中心市場(リアルな大学教育の運営)にも影響を及ぼすようになったのである。

 近い将来には、MOOCで提供される教育の個別化は、AIを本格的に導入したアダプティブラーニングへと進化していくことは想像に難くない。

 IoT時代、<教育の動機と手法>が変わる。

 最後にあえて一言付け加えるとすると、テクノロジーは所詮、手段に過ぎず、「破壊的イノベーション」の背景にあってゲームルールを支配しているのは、厳然としてマーケティングであるという事実だ。

 クリステンセンの予言から10年の期間で成立した、MOOCと「ライフシフト」の、切っても切れない関係を考える時、マクロ・ミクロの環境変化を読み解き、発想の収束と拡散を繰り返しながら、中長期的な視点でモノゴトを考えるアプローチの大切さを再認識せざるを得ない。

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