出所:共同通信イメージズ
日本企業の収益性はなぜ低いのか? その理由を解明するヒントとなるのは、早稲田大学大学院商学研究科教授の井上達彦氏が研究する「ビジネスモデル」だ。収益性の本質を考える上で、事業の成り立ちをどう整理すればよいのか。ROSとROAを高めるビジネスモデルとはどんなものか。Japan Innovation Review主催のセミナーに登壇した井上氏の講演を基に、企業が収益性を高めるための現実的な解決策を探る。
ビジネスモデルを図解化して捉え直す
井上氏はこれまで多くの機関投資家やファンドマネージャーらとの対話を繰り返してきた。その過程で、企業のビジネスモデルに注目するようになったという。「プロの投資家が財務データを見る際、まずその企業のビジネスモデルを分析する。PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)を見るのはその後だ」と話す。ビジネスモデルを見なければ、その企業の本質は分からないということだ。
例えると、ビジネスモデルは木の根に相当する。根から吸い上げられた養分が、枝葉として表れるのが売上げや利益だ。高収益で、一見、枝葉が茂っているように見えても、根が細ければ持続的な成長は見込めない。逆に、現状は利益が出ていなくても、強固な根を持っていれば将来の成長が期待できると考えられる。
当然、経営においてもこの視点は重要だといえる。だが、ビジネスモデルを的確に理解するのは意外と難しい。一般には、有価証券報告書などに事業系統図が掲載されているが、様式が統一されていないなど、分かりやすいとはいえないのが実情だ。
そこで井上氏が提唱するのが、ビジネスモデルの図解化だ。企業と顧客の立ち位置や製品、サービス、キャッシュの流れなどを一定のルールで可視化し、その事業がどのように成り立っているかを一目で分かるようにした。
そもそもビジネスモデルとは何か。定義が多様ではあるが、井上氏は「多くのビジネスパーソンは、マネタイズの方法と混同しがち」と、根本的な認識の違いを指摘する。
どういうことかというと、仮にワンショットのビジネスがあるとする。そのビジネスを手掛ける企業が、ある日突然「明日から継続課金にします」と打ち出したら、顧客が付いてくるはずがない。継続課金に値する商品やサービスを提供して、初めてビジネスとして成立するはずだ。
継続課金の例では、米国動画配信大手のネットフリックスが分かりやすい。豊富なタイトルやランキング、続きが気になるオリジナル作品といった価値が継続することで、継続課金が成り立っている。
つまり、井上氏が考えるビジネスモデルの定義は「どのように価値を創造し、顧客に届け、自らも収益として獲得するかを論理的に記述したもの」ということになる。価値の「創造」と「獲得」の2つの軸があってこそ優れたモデルといえる。
まずは9つのパターンを理解する
井上氏はこのビジネスモデルを、9つの基本パターンに分類している。「化学の元素記号のようなもので、9つのパターンを応用すると、世の中の複雑なビジネスモデルが読み解けるようになる」と説明する。
9つのパターンは、「価値の創造(横軸)」と「価値の獲得(縦軸)」のマトリクス(図1)で分類可能だ(詳しくは、井上達彦監修・会社四季報業界地図編集部編集『もうけの仕組み: ビジネスモデル大図鑑 404社を徹底検証!』東洋経済新報社)。
図1拡大画像表示
横軸は、優れた製品・サービスが持つ機能や魅力である「単体の力」、需要と供給を結び付ける「引き合わせる力」、収益性が異なる複数の製品・サービスを組み合わせる「組み合わせる力」の3つに分類される。縦軸は、シンプルに直接売る「価値連鎖」、時間をかけて売る「リカーリング」、第三者を介して売る「三者間市場」の3つである。
この分類に基づくと、同じ業種でありながら異なるビジネスモデルを持っているような企業の特徴も的確に分類できるようになる。
例えば、スターバックスとドトールは、客側から見ればどちらもコーヒーショップだ。だが、スターバックスは直営店、ドトールはフランチャイズを展開している点で、価値の獲得の部分が異なる。
スターバックスは、魅力的な商品やくつろげる場を提供するなど、製品・サービスに力を入れる「①製造販売モデル」といえる。一方でドトールは、フランチャイズのパッケージの企画やオーナーのサポートに力を入れる「④継続モデル」となっている。
もしドトールの経営を他社と比較する場合、スターバックスと比較してもあまり意味がない。ドトールと同様のフランチャイズ展開を強みとする企業と比較するべきだ。
井上氏は「売っている製品・サービスなどの表層の部分ではなく、製品やサービスの価値を支える仕組みである深層の部分に注目する必要がある」と強調する。
収益性と資産効率はモデルごとに異なる
9つのビジネスモデルごとに収益性も異なる。井上氏が、各モデルのROS(売上高営業利益率)とROA(総資産利益率)を比較したところ、モデルによる明確な差があることが分かったという。
図2(※)を見ると、多くの日本企業が採用しているのは「製造販売モデル」だ。このモデルは、ROSもROAも低い傾向にある。比較的多くの企業が採用している「②流通小売モデル」も同様で、「価値連鎖」型に分類される企業はパフォーマンスが良くないといえる。井上氏は「ワンショットの取引は、毎期ゼロから売上げを積み上げなければならないなど、営業効率が上がりにくいと考えられる」と指摘する。
※大企業はビジネスの多角化が進んでいるため、ここではROAをセグメントごとに算出している。
図2拡大画像表示
対照的に、ROSとROAが高いのは「リカーリング」型と「三者間市場」型である。
リカーリングは、ストックビジネスとして売上げが階段状に積み上がるため、将来の収益予測が立てやすく、計画的な投資が可能になる。CAC(顧客獲得単価)を長期間で回収できるため、利益率も高めやすい。
三者間市場は、自社で在庫や設備を抱える必要が少ない「持たざる経営」が可能であり、資産効率が高い。「ネットワークの経済」が働く点も重要だ。利用者が増えれば増えるほどCACが低減する傾向にあり、強力な特性といえる。
大企業の変革は進んでいるのか
こうした分析結果を踏まえた上で、井上氏は「ここ数年は多くの企業でDXが推進されているが、大企業などの伝統的な企業において、ビジネスモデルの転換は進んでいるのだろうか」と疑問を投げかける。
図3と図4は、日経225採用企業を対象に、2006~2008年と2022~2024年のビジネスモデルの強さを調査したデータだ。結果を比較してみると、15年以上の期間が経過しているにもかかわらず、あまり変化していない。ROSとROAの変化が少ないだけでなく、依然として製造販売モデルが大多数を占めるなど、モデルがほとんど変わっていない点も特徴的だ。井上氏は「大企業の変革は進んでいないのではないか」と指摘する。
図3拡大画像表示
図4拡大画像表示
スタートアップ企業との比較もある。グロース市場に上場する企業のデータ(図5)を見ると、その構成は図4とは大きく異なる。図5では、継続モデルやマッチングモデルの比率が高い。強いビジネスモデルを実装する企業は、着実に育っているのである。
図5拡大画像表示
ビジネスモデル転換の鍵は「組み合わせ」
井上氏によると「企業がビジネスモデルを転換するに当たり、有効と考えられる施策がある」という。特に大企業ともなると、全社的なモデルを一気に入れ替えるのは現実的ではない。対して井上氏がさまざまな分析結果を基に、仮説として推奨するのが「既存のモデルと強いモデルとの組み合わせ」である。
典型的な成功例の1つは米アマゾンだ。同社は書籍のネット通販という流通小売モデルからスタートした。在庫リスクを負うなど収益性が高いとはいえないモデルであり、創業当初は赤字が続いた。
しかしその後、個人や法人の出品者を募るマーケットプレイスを展開し、元の流通小売モデルにマッチングモデルを組み合わせている。さらに、事業規模が拡大する中で自社利用のために構築したITインフラをクラウドサービスのAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)として外販し、「補完財プラットフォームモデル」へと進化していった。
アマゾンは、弱いモデルの上に強いモデルを組み合わせることで、世界屈指の高収益企業へと変貌を遂げたのである。井上氏は「テック系企業の成功事例には、収益性が低くても着実なモデルで事業を拡大し、徐々に強いモデルを組み合わせる事例が多い」と話す。
日本企業で高収益を維持している企業にも「組み合わせ」がみられる。例えばソニーグループは、祖業であるハードウエアの製造販売モデルに加え、ゲーム事業(プレイステーション)における補完財プラットフォームモデルや、音楽や映画、金融事業で継続モデルを組み合わせている。
ビジネスモデルの組み合わせの有効性は、比較分析の結果からも明らかだ(図6)。
図6拡大画像表示
「弱いモデル単体」で事業を行っている企業のROSの平均は10.8%、ROAは同7.3%にとどまる。しかし、「弱いモデル×強いモデル」の企業では、ROSが同14.4%、ROAが同12.4%まで向上する傾向が見られた。
分析結果からは、弱いモデル同士を組み合わせても、経営指標の改善効果はほとんど見られないことも分かっている。井上氏は「重要なのは、単に自社になじみのあるモデルを増やすのではなく、意図的に強いモデルを取り入れること」と説明する。
井上氏は「自社だけで変革を行うのが難しい場合、M&Aも有効な手段となる」とも助言する。自社の既存事業の屋台骨を維持しつつ、いかにして強いビジネスモデルを組み合わせ、収益構造の重心を移していけるか。これが、日本企業がROSとROAを高め、再成長するための現実的かつ有効な処方箋となるだろう。
