高市内閣は日本成長戦略本部を設置した(写真提供:共同通信社)
高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に就任し、日本初の女性首相が誕生した。市場は高市内閣の成長戦略を好感し、日経平均株価は10月27日に初の5万円台を突破。内閣支持率も高水準を記録している。11月には「日本成長戦略本部」を設置し、AI・半導体から防衛産業まで17の戦略分野を掲げた。高市内閣の改革は、日本経済をどう変えるのか。
高市内閣の改革政策に期待が高まる
高市早苗自民党総裁が第104代内閣総理大臣に指名された。女性の首相が誕生するのは日本の憲政史上初めてである。
高市総理誕生に対して、その政策を不安視してネガティブな反応を見せたオールドメディアもあったが、株式市場は高市総理の積極的な成長戦略が日本にとってポジティブだと理解して上昇に転じ、トランプ大統領が来日した10月27日の終値は5万512円と初めて5万円台に乗せた。高市内閣が今後行うであろう従来の常識を打ち破る改革政策への期待の表れである。
高市内閣の内閣支持率は極めて高い。例えば、JNNが11月1日と2日に行った調査によると内閣支持率は82.0%となり、2001年以降の政権発足直後の内閣支持率としては小泉純一郎内閣(88.0%)に次ぐ2番目の高さであった。
読売新聞が10月21日と22日に実施した世論調査では、「若年層」の支持が急増しており、特に18~39歳では石破茂内閣の15%から80%になったとの報道もあり、いかに多くの日本国民が改革政策に対して期待を寄せているのが分かる。これは支持する理由のトップが「政策に期待できる」である点でも明らかだ。
高市内閣の現実的な経済政策提案や防衛力強化などがすでに評価されており、政策実現でスピードを重視する姿勢などが従来にない新鮮なものとして受け入れられている点も高評価の要因だ。高市総理の明快なリーダーシップが極めて高い共感を呼んでいるのも確かである。
高市内閣で最重課題が成長戦略の実践
高市内閣は11月4日に日本成長戦略本部を設置して初会合を開いた。成長戦略の要の部門としてこの本部が担う重要性は以前のものとは比べ物にならない。特に「危機管理投資」を挙げ、官民連携の戦略的投資を促進するとしている点が重要だ。
具体的には17の戦略分野と8項目の分野横断的な課題を定め、成長のための重点投資を行うとしている。
17の戦略分野は、①AI・半導体、②造船、③量子、④合成生物学・バイオ、⑤航空・宇宙、⑥デジタル・サイバーセキュリティー、⑦コンテンツ、⑧フードテック、 ⑨資源・エネルギー安全保障・GX、⑩防災・国土強じん化、⑪創薬・先端医療、⑫フュージョンエネルギー、⑬マテリアル(重要鉱物・部素材)、⑭港湾ロジスティクス、⑮防衛産業、⑯情報通信、⑰海洋である。
8項目の分野横断的な課題は、①新技術立国・競争力強化 、②人材育成 、③スタートアップ、④金融を通じた潜在力の解放、⑤労働市場改革、⑥介護、育児等の外部化など負担軽減、⑦賃上げ環境整備(中小企業等の生産性向上・事業承継・M&A等 )、⑧サイバーセキュリティーである。
戦略分野では、防衛産業というキーワードが出ているが、AI・半導体、造船、航空・宇宙などは防衛産業との関連性が極めて高い。防衛力強化に難色を示していた公明党が連立から去ったことで、思い切った政策転換ができたのはよかった。
今回の注目点は、民生技術の軍事転用や逆の軍事技術の民生転用を可能にするデュアルユースの産業強化戦略の実行が可能となった点で、日本経済にとっては極めて大きな進歩である。国家戦略としてこれを存分に進めてきた米国や中国などに日本が後れを取ったネックがなくなり、日本もようやく同じ土俵に乗ることができる点で大きな意味がある。
無形資産投資の拡大を進めて、知的財産立国を目指すべき
今回の成長戦略では、横断的分野の最初に「新技術立国・競争力強化」が挙げられている。しかしながら、新技術という狭い範囲の認識では時代遅れだ。
米国の最近の経済発展の原動力は、AIや情報産業だが、ここでは有形資産投資よりも人材やブランドや知的財産などを含めた無形資産投資が圧倒的に大きい。
日本でもようやく、従来の有形資産を中心とした設備投資も重要だが、それ以上に無形資産投資が重要だという機運が高まってきた。日本は長らく自動車などの製造業が経済を支えてきたため、設備投資を中心とする有形資産投資が成長の源泉であった。しかしながら、経済の情報サービス化が進んでいる米国では、無形資産投資が企業価値の源泉になっている。
日本は今まさに新たな産業革命を起こして経済成長を成し遂げねばならない。そのためには、無形資産投資の重要性を経営者が認識する必要があるが、まだ認識は浅い。
特に重要なのは、技術をその一部として含んでいる知的財産に対する認識を改めることだ。企業価値を高めるには自社特有の商品やサービスの販売拡大が必要だ。それを現実化するための手段が技術である。
川上の技術開発だけではなく、低コストで安定量産化するための生産技術が必要で、最終的には高く売るためのブランド力を構築する営業面の販売技術なども重要になる。この流れの中で最も重要なのはそれらを現実化する人材であり、その育成力なども企業価値創造の源泉になる。
このような一連の価値創造の連鎖は単なる技術ではなく、重要な資産として認識されるべきである。これを包括したものを知的財産として考えると理解しやすいだろう。その知的財産を含むさらに大きなくくりが無形資産であり、知的資産と人的資産との親和性は極めて高いというのは自明の理であろう。
高市内閣の成長戦略では、このような観点から新技術立国ではなく「知的財産立国」を目指すと明記してもらいたい。
イノベーションボックス税制の抜本改定が、日本を知財立国に導く
持続的な経済成長には、従来の財政政策や金融政策だけに頼らない工夫も必要になる。高市首相が言及した「複数年度にわたる予算措置のコミットメント」もその一つであり、従来の単年度主義の短所を補い大胆な投資ができるメリットは大きいだろう。
加えて、従来の常識では成し得なかった改革も可能になったと考える。それは、高市自民党総裁が最初に着手した自民党内の抜本的改革で、自民党税制調査会の従来の常識では考えられない人事異動が起こったからだ。
8年間にわたり会長を務めた旧大蔵省出身の宮沢洋一元経済産業相に代わり、小野寺五典前政務調査会長が新たに会長に就任した。財政規律派中心だったメンバーも大幅に刷新され、高市カラーが色濃い人事で斬新な税制改正が可能になったと考えてもよいだろう。
自民党税制調査会に対して最も期待するのが、知的財産の見える化を実現するために必要な「イノベーションボックス税制」の本格的な改定である。
イノベーションボックス税制は、2001年にフランスで初めて導入された。2000年代から欧州各国で導入され、最近ではアジアなどの地域でも導入が進んでいる。フランスの法人税率は25.8%だが、イノベーションボックス税制の対象となる所得税率は10%まで下がる。イギリスでも25%が10%になる。
2024年度の税制改正大綱で日本でもこの制度が創設された。日本のイノベーションボックス税制は、研究開発の成果として国内で生まれた知的財産から得られる所得のうち、一定割合を課税所得から控除する仕組みであり、企業のイノベーション投資への意欲を高め、研究開発を促進することを目的としている。
具体的には、企業が国内で研究開発を行った知的財産の譲渡所得や、国内外から得るライセンス所得について、課税所得から30%を控除することが認められている。
イノベーションボックス税制の抜本的改善点
しかしながら、日本のものは先行する欧州などに比べて適用範囲が限定的であった。日本では、特許権と著作権で保護されたソフトウエアなどだけに限られているからだ。欧州などではこのような制約はなく、より広範囲な知的財産に適用されている。
また、実務面での改善課題も多い。現在の制度では手続きが複雑であることが実務面での妨げになる。この制度を使わせたくないために、複雑な手続きと制限を設けたのではないかと言われてもしかたない。このように現行制度は改善すべき課題が山積みだ。
国内だけに適用を制限している点も改善する必要がある。日本における研究開発を優遇したいというのは分かるが、グローバル企業は世界中で研究開発をしており再考を要する。
また、研究開発を手掛ける子会社が関与するケースについても基本的には適用対象外になるという制限も、現実の会社経営にそぐわない措置であり、早急な見直しが必要だ。
最も重要な改善点は、利益への適用である。イギリスでは、企業の知的財産が生み出す利益を適用範囲に含めており、そこから得られる税額控除のメリットは極めて大きい。日本でも、イギリスなどが認めているような知的財産から生じる利益を対象に含めるべきだが、導入段階の議論ではこの点が見送られた。
その理由として、諸外国の税制執行体制の違い、日本の税務当局における体制整備の遅れ、国際ルール(移転価格税制など)との整合性が挙げられ、状況に応じ見直しを検討するとされた。もっとも、「体制が整っていないから見送る」というのは、制度設計への意欲の欠如とも受け取られかねない。
企業も知的財産の見える化に注力すべし
知的財産が生み出す利益を適用範囲にすると、企業にとってのメリットは大幅に増大し、この制度の活用によって日本の知的財産経営は躍進するだろう。遅れた知財経営で世界に追いつくトリガー(引き金)になるはずだ。
企業側の課題は、知的財産が生み出す付加価値(商品やサービスの売上高や利益など)の「見える化」である。従来は、このような税制上のメリットがなかったので、企業が知的財産を具体的に示す実例はほとんど見られなかった。しかしながら今後は、所得税減税という具体的なメリットが得られるようになり、状況は大きく変わるはずだ。
投資家との対話にも知的財産の見える化は極めて有効な手法として活用できる。企業価値分析をする上で、投資家が十分に把握していなかった企業価値の源泉を示すことで、企業評価が高まる可能性があるからである。また、知的財産が財務指標として数値化されていくと、日本企業の課題になっている無形資産投資が拡大する可能性も高くなる。
しかしながら、知的財産の見える化を実践するのはかなり難しいのも事実である。この課題をどのように解消するかを議論し研究する場として、知財・無形資産ガバナンス研究会が設立され、分科会活動や研究会、研修などで、知財経営力を高めるのに必要な人材育成などを行っている。今後の知財人材を育成したいという企業にはぜひ活用してもらいたい。
